5:外出するにもアンタは目立つ
「何じゃこれ……」
テーブルに広げられたワイヤレスイヤホン、透明のスマホケース、黒い製図用の運搬用の筒……朝一番でカナタが百円均一で揃えてきたものばかりだ。
そのカナタはと言うと、旅の道具を入れているリュックからメジャーを取り出している。
「ソードの運搬グッズと会話してても怪しまれない様にと思って。ワイヤレスイヤホン付けてればしゃべってても通話相手と喋ってるように見えるし、スマホケースは携帯のストラップとしてスマホと入れていればバレないし、普段の長さでも直刀のソードなら製図用の筒の中に納まるでしょ?」
一応間違えてたら嫌なので改めて鞘に収まるソードを測り直す。
「刃が……あれ? 60cmちょうど? 茎(なかご)が13cmだったから……少しサイズ的にはソード小さいんだ」
「ほっとけ……しかし、この品々は高いのではないのか?」
「全部で1000円、百円均一って知ってる?」
「ああ、なぜか300円のものとか500円のものなども売ってる百円均一ではない百円均一の店だな?」
「回答に悪意が混じっているのは気のせい、だよね」
誰もが思うその真実に、遠い目をするカナタさん。
大半が100円だもん、いいじゃん百円均一で! と師匠とケンカしたこともあったのは懐かしい思い出である。
「それで、この大きな黒い筒に入ると外が見えないが……どうするのだ?」
「それを今から工作するの、ソード……後でカッターナイフくらいに小さくなってくれない?」
「なるほど、覗き穴か……」
「そうそう……僕は見た目が外国人だからよっぽど何かしない限り『あいきゃんとすぴーくじゃぱにーず』で追及されないし」
「悪い女がここにいます!! お巡りさんこいつです!」
「見た目の恩恵は全力で活かすのが家訓! 偶に観光客と間違われて試食いっぱい貰えるし!」
「で、英語は?」
「でぃすいずあ、ぺん」
「絶句するほど発音日本人」
「黙れ妖刀、お前に英語が喋れるのか!?」
「どこかの有名アニメで聞いたな!? それと良く似たセリフ!! まったく……聞いておれ」
「はい?」
カナタの目が点になる……だって、ソードさん……超ネイティブに自己紹介を始めたのだ。
しかも英語とインドネシア語とドイツ語、ロシア語……挙句の果てにスペイン語まで流暢でカナタはぽかんと小さな口を大きく広げて呆気にとられる。
「え? えええ? ソード、何か国語喋れるの?」
「さあ、10から先は数えていない」
「無駄にかっこいい!! 今初めてリスペクト出来る!!」
「ふふん、崇めるがいい……吾輩が神だ」
「どちらかと言うと物の怪の類じゃない……ちょっと待って!? ソードが居れば僕、高校で外国語の選択科目の単位取り放題だったじゃん!!」
「そういえばお主、学生じゃよな?」
「……えと、あの。高校中退っす」
ぷい、と逸らされたカナタの横顔にきらりと光る何かがあるのは見えなかった。
見えなかったと言ったら見えないのだ、ソードは気遣いができる妖刀だった。
「に、人間は学歴だけじゃない! 吾輩知ってる!!」
「……うん、そうだね。バイトの面接落ちも慣れたもんだよ……はは」
「な、なんで刀鍛冶になったんじゃ?」
「……師匠が『ここまで勉強が苦手な奴は見た事が無い、面白いから手に職をくれてやる。1年で鍛冶師に鍛えてやるよ。あっはっはっはっは!!』って」
「お、おかげで吾輩はカナタと出会えたのだから万事おーけー! いやあ、こんな美少女と旅ができるなんて妖刀に生まれてよかったなぁぁぁ!!」
全力で人間のご機嫌取りをする妖刀、見た事ない。
テーブルに突っ伏してしくしくと泣き始めるカナタを不憫に思って、もうひたすらにソードは褒めちぎる。
心の中ではめんどくさいとかいろいろ思ってても……幸い表情が出る訳では無いので何とかなった。
「ありがとう、ソード。僕……立派な鍛冶師になる」
「そりゃあよかった……」
はふぅ、と声を出して気疲れを追い出すソード。
反対にキラキラした笑顔で夢を語るカナタ。
「じゃあ、さっそく出かけようか! もうお昼だし」
「そうじゃな……それが良いな。で。どこに行くのだ?」
山からこのホテルまでソードはカナタのリュックに入っていたので場所がわからない、何気に街に降りたのは久しぶりなのである。
テレビやネットの動画くらいでしか見たことが無かった。
そんなソードにカナタはにっこり笑い、行き先を告げる。
「札幌の中心部、札幌駅よ」
「ほう?」
「師匠と電話がつながらないからね、師匠のお姉さんに会いに行くよ」
そもそも人付き合いが得意ではないカナタの師匠、下手をすれば年単位で音信不通にもなりかねないとカナタ自身は覚悟している。
ならば外堀を埋めればいい、数少ない師匠と自分の共通の知り合いに自分が会いたがっている事を伝えておけば……会えるはずだ。
「どんな御仁なんだ? カナタの様子から察するになかなか人と接するのが苦手と見えるが」
「いや? 僕なんかよりよっぽど陽キャだよ……人見知りは僕の方。ただ、刀を打ってる時はそれ以外何もしないし……遊びに行ってたら全世界のどこに行くかわからない」
「何じゃその極端すぎる生き方は……」
「古刀を打てる唯一の現代刀鍛冶だから……めちゃくちゃお金持ちだよ。はは、あんな贅沢なウーバーイーツの使い方初めて見た」
わざわざ人里離れた山奥に呼ぶだけでも高いのに、お酒を飲み始めて追加注文を延々と始め……挙句の果てに配達員のおじさんまで巻き込んで酒宴を始める始末。
住み込みで修行しているのに数日に一回は師匠はそういう散財を良くやっていた。
「な、なかなか豪快崩落だな。ところで……古刀を打てるとは?」
「ん? そのままの意味。ソードは古刀でしょ?」
「いや、そこがそもそもわからん」
「……そっか。ソードが作られたのが刀身の作りを見る限り。多分800年くらい前から400年前までの辺りだと思うんだけど、その当時の製法はもう失伝してるというのが一般的なの」
「ほう」
「それ以降の刀鍛冶は「五箇伝」(ごかでん)って言って5つの製法が伝わってる。師匠はそれ全部を習得した上で……ソードの時代の製法にたどり着いたみたい。それぞれの代表が顔を突き合わせてもたどり着けなかったのに……すごい人だよ」
「俗にいう天才か……」
そして、ソードは自身の失敗に気づいた……カナタはどうやら師匠に心酔しているらしく。
それから数時間、師との思い出を微に細にわたってソードに語って聞かせる事になるとは夢にも思わなかっただろう。
結局、この日のお出かけの計画は完全につぶれたのであった。
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