4:一旦チルタイム
ソードとケーキを食べながら軽く打ち合わせた後、一度出掛けたカナタはホテルに戻って早々、リュックを降ろしダウンジャケットや帽子を脱ぐ。
保温力抜群のダウンジャケットたちのおかげで身体はほこほこだが……登山まですると汗だくになる。
早めに乾かしたり、シャワーだと風邪をひくのでお風呂にゆっくりとつかりたい。
そんなカナタは妖刀の事など二の次で部屋の浴槽にお湯を張り始める。
「おい! 早くカバンから出してくれ! 息がつまってしょうがない!!」
「……刀って息をするんだっけ?」
「気分の問題だったりする!」
「じゃあしばらくそうしてて、今からお風呂入るから……もう夜なんだから静かにしてよね」
上着のシャツをベッドに脱ぎ捨てカーテンを手早く締めた。
この時期の宿は連泊していればいつでも部屋は暖かくしてくれているので、よほど窓全開とかのポカをやらかさなければ全裸でも問題はない。
「……ドキドキ入浴生ASMR」
「……窓から捨ててもいい?」
「はい、黙ります」
「よろしい……さて」
じゃばじゃばとお湯が満たされていく浴槽の隣に腰かけて、スマホをチェックする。
その連絡先から『御師様』と書かれた番号に電話をかけた。
数秒間の無音の後、電子音の呼び出しが鳴り始める。
「まだ工房にいてくださいよ……と」
スマホの表示にあるスピーカーのボタンを押してしばし待つ、部屋の中に鳴り響く電子音が10回を超えた辺りで妖刀が発言した。
「留守じゃないのか?」
「いや、普段は数分鳴らさないと出ないから……まだ早い」
「数分?」
「刀打ってる時は居ても無視される」
「無視?」
なら留守番電話でも設定すればいいのに、と至極真っ当な事を思い浮かべる妖刀。
しかしそのまま待つしかない。
数分放置される呼び出し音の内に、浴槽のお湯はなみなみと満たされた。
「ダメか、また今度かな……お風呂入ろうっと」
諦めてカナタはベッドにスマホを放り投げ、下着を脱ぎ捨ててお風呂に籠る。
「いいのか? 折り返して来たら……」
「絶対折り返されないから大丈夫ー」
ちゃぽん、と肌を刺す熱に満たされながらカナタは肩まで湯に浸かった。
このホテルの売りはなんといっても個室のお風呂にまで温泉が配管されている、身体に染みる暖かさに思わず喉から声にならない声が紡がれた。
「ぎもぢいい……」
「なんちゅう声だ……」
お風呂の外で……と言うかリュックの中で妖刀が何か言っているが、このお風呂の心地よさには誰も勝てないんだとカナタは思う。
腕を撫でればさらさらと流れるお湯に、肌の張りが戻っていく気分。
ただでさえ重たい荷物を抱えて登山した後なのだ、肩も凝っているし腰だってほぐしたい。
「人間は温泉で生き返るの! ごちゃごちゃ言わない」
ぴしゃりと浴室に反響する自分の声が、思いのほか大きい事に目を丸くしてカナタは口を閉じる。
「吾輩も入ったことがあるぞ……油の湯じゃ」
「それ、焼き入れの時でしょ? 覚えてるの?」
「いや? 知らんが」
「何それ……」
「人間だって自分の生まれた時の事は覚えておらんじゃろう? なんか動画サイトで吾輩の仲間が真っ赤に火で炙られた挙句に金槌でこれでもかとぼこぼこにされ、挙句に水に突っ込まれて削られる姿を見た時は……3年ほど眠れんかったな」
「……刀目線、そうなるわよね……うん。なんか悪い事をしてないのに申し訳なくなるわ」
人間目線から見たら初手で撲殺の後に即火葬である。
「でもお主、そうなったら迷いなく吾輩を火にくべて叩いて沈めて削るのじゃろう?」
「言い方……せめて熱く燃える火でテンション上げて身体を叩き上げて冷やして整えてる……と言い換えてくれない?」
「種族の壁は越えられんもんよなぁ……サウナかよ」
「そんな吐き捨てる様に言うな!? なんで私が仕方ないやつみたいになってるのよ!?」
むしろ妖刀が人間の文化に染まりすぎてる、しかもあんまり良くない形で。
神主さん、どうやら聖職者としては相当に尖っていたようである。
「それにしても……あんた、と呼ぶのも不便ね……何か呼び名を考えなきゃ。ソードでいいと思うのに……面倒くさい」
カナタはクリーム色の天井に目を向けて湯気の中で視線を彷徨わせた。
曲がりなりにも妖刀だ、伝承やうわさ話では聞いていたがまさか駆け出しの自分が出会う事になるとは思ってもみない。
それに、連れだしてというか妖刀が持って行かないと呪ってやるぅ!! と大騒ぎしたので持ち出して来てしまったのだ。
怪しまれない様に刀と分からない様な名前を付ける必要がある。
「妖刀って……英語でもソードなのよね……あんた、好きなものは?」
「絶賛ソロキャン実況配信か切り抜きまとめ動画とか……」
「……聞いた私がばかだった。そうだ……柄の部分に銘が彫られてるかも」
「ぬ、脱がすのか吾輩を!?」
「脱がすも何も……変な事は言わないでくれる?」
声は男性、それも初老のお爺ちゃんの様な声だからなんとなく男だと判断しているカナタだが、そもそも刀に性別はない。
「それにしても銘か、言われてみればわからぬ。鏡でも無ければ自分の身体なんぞ見えんしな……研ぎの時は心地よくてすぐ眠ってしまっていた」
「何て呼ばれてたのよアンタ」
「そりゃあ御神刀とだけ……」
「ひねりもなんもないけど、手掛かりなしか……いっそ妖刀だけにヨトとでも呼ぶ?」
「お主、犬にシロとか猫にタマとか名付けるタイプじゃろ。吾輩理解した、自分で決める!!」
湯船の中で、カナタは思う……なら最初から考えて置いて名乗ればよかったんじゃ? と。
「まあいいや、なんか今日は疲れた」
「警察の事情聴取も無事に終えたしな……感謝する」
「どういたしまして、今日はのんびりしよう……」
「そうだな……」
これからのこと、すべてを色々置き去りにして一人と一振りはなんでもない雑談が途切れる頃……意識を闇に落としたのだった。
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