2:改めて自己紹介

「……いくら何でも扱いが。妖刀なのに」

「妖刀の概念から根こそぎぶち壊してる時点で慈悲は無い……」

「妖刀らしく、ってなんじゃろうな? 多様性万歳」

「世の中の刀の皆さんに全方位で喧嘩売らないでくれるかな!?」


 妖刀に聞いた通りに進んだら本当に小さな穴があって、周りの草木を引っ張ったら綺麗に隠れた。

 おかげで警察の方や消防署の方を上手くやり過ごせたカナタは仕方なく妖刀を探しに戻ると……すごく落ち込んでいる。

 茂みに放り込んだのがさすがに堪えた様だが、かえって静かになったのでカナタとしては良かった。


「とにかく拾ってくれんか? さすがに自分で動けぬ」

「変な刀……」


 がさごそと茂みをかき分けると真っ赤な刀身が……なんか縮んでいる。


「あれ?」


 もうちょっと大きかった気が、とカナタの手が止まった。


「自分、縮めます」

「……最初から縮んでいたら少なくともヒグマからは抜けられたんじゃ?」

「…………!? 天才か!?」

「捨てていい? 碌な事にならなそうだから」


 なんだかなぁ……とカナタはちょっと長めのサバイバルナイフ位の大きさになった直刀を拾い上げる。

 改めてみればその作り自体は日本刀の原初ともいえる古風な作りだった。


「刃紋が無い? 血流し用の溝はあるのに……」


 まさに実戦用に作られたと言わんばかりの妖刀に目を奪われるカナタ。

 樋(ひ)が彫られている刀は現代日本刀にもある事にはあるが……波紋を目立たせるためだったり装飾の意味合いで彫る刀工もいる。


「あるようだがずいぶん薄いらしいぞ……自分では見れぬが」


 そう言われて目を凝らせばうっすらと刀身の半ばあたりにまっすぐな刃紋が見えた。


「本当だ……で、鞘は何処?」

「祠に祭られてると……思う」

「行ってみようか。ちゃんと返さなきゃ……」


 柄の部分まで綺麗に縮んでいるのが謎だが、そう言うものなのだろうと無理やり自分を納得させる。


「助かる……それと」


 声のトーンが下がる妖刀にカナタが首を傾げた。


「返す必要は無かろう……代りに頼みたい事がある」


 その神妙な声になぜか答えが返せず……


「この獣道の先に行ってほしい」


 刀の言う通り、ほんのわずかに茂みが分かれた道を上る。




 ◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆




「ここだ」


 まだ肌寒い風が吹く中、枯れ葉に彩られた紅い境内に……一人の男性が横たわっている。

 その背中には大きく裂かれた爪痕が生々しく残っていた。


「この人……」

「ここの神主だ……先日お主が襲われたヒグマにやられた」

「そう、だったんだ……」


 この時期、冬眠から目覚める熊がちらほら人里まで下りてくることは珍しくない。

 その中でも猟友会に狙われて逃げおおせたり、登山客の荷物に食べ物がある事を知った熊は人を襲う事がある。

 おそらく神主さんは即死だったのだろう……首があらぬ方向に曲がり虚ろな眼差しを虚空に向けていた。


「吾輩はどうすることも出来なかった……」

「うん、山を下りて警察に連絡するよ……でもせめて暖かい所に寝かせてあげようか」

「連絡だけで良い、下手に触ると事情聴取とやらでお主の時間が取られてしまう……」

「良いの……ごめんなさい無視して」

「いや、吾輩も怖がらせたくないとあのようにしたのだが……不勉強だったし無作法であった」


 妖刀自身、どうすれば話を聞いてくれるのか必死で考えた結論があの出会いである。

 動けなくとも神主のおかげで断片的で偏った情報ではあったが……恐れられることだけは避けれた。

 そして、カナタが最初の段階でここに連れてこられてたとしても……結果は変わっていない。

 だからこそ、妖刀は続けて声をかける。


「どうにかせねばと神主に我を使えと騒ぎ立てたのだが……声は届かぬし、無理やり圧をヒグマに当てたは良いが……向こうを見てくれ」


 ニュアンスだけしか伝わらないのに、妖刀の示す方向はなんとなくカナタにもわかった。

 その方向には乱暴に破壊されたであろう小さな社がうっすらと霜を纏っている。


 ひゅるり……と枯葉が一枚虚空をよぎり、その風にほんのりと獣の匂いが乗っていた。


「頑張ったんだね」


 カナタはその惨状を目の前にして、それしか言葉が無い。

 悔しかったんだろう、悲しかったんだろう、憤ったんだろう……その結果が、先日のヒグマ殺しだったんだろう。


「なんとかかんとか……あのヒグマだけは逃せぬと気合を入れたのだ……なんであのように一太刀報いる事が出来たのかわからぬが……お主だけでも、無事あの熊に襲われなくて良かった」

「ありがとう。そして……ごめんね」

「謝らんでいい、吾輩がもっと上手くできていれば……何が妖刀じゃ。刀使いがおらねば何もできんではないか」

「そりゃあ……刀だし。それより……先に神主さんの事運ぼう? どこか開いている建物はある?」

「うむ……社務所の鍵が開いたままのはずだ。その中なら布団などもあるだろう、頼む」


 お互い、言葉は発しなかった。

 一生懸命にカナタは社務所から布団を引っ張り出して、目を背けずに丁寧に頑張って神主さんの遺体を布団に乗せて……ゆっくりと布団ごと引っ張って……


 一番暖かいであろう社務所の居間に連れ帰った。


「ありがとう、少年……いや。すまない、遅ればせながら名前を教えてくれぬか?」


 すべてを終えて、警察に連絡を入れたカナタにテーブルに置かれた妖刀が語りかける。

 そんな妖刀に……カナタはダウンジャケットとゴーグル、毛糸の帽子を脱いで振り返った。


 流石に暑くなったのかシャツは汗ばみ、ふっくらと丸みを帯びた胸が揺れ……毛糸の帽子に収納されていたぐるぐる巻きの金髪がすとんと腰まで伸びる。


「少年少年って……声で気づかない? 僕、女だよ?」


 呆れたような声は鈍色の瞳と共に刀に注がれた。


「え?」


 声が高いとは思っていたが、声変わり前の少年だと思っていた妖刀は間抜けな声を上げる。


「何? 文句でもある?」


 腰に手を当てて、カナタは妖刀を見下ろした。


「鍛冶職人じゃよな?」

「そうだよ? 日本生まれの日本育ちの英国人。日乃本カナタ17歳、よろしく」

「……なんか思ってたのと違う!?」

「それ僕のセリフだからな!? なんだよネットに沼ってる妖刀って!!」

「生粋の英国人顔で刀鍛冶の職人ってどうなんじゃ!?」

「あーそれ多様性の否定です。炎上案件~」

「アカウントもないのに炎上できるもんならしてみろと返すが!?」


 そんな一人と一振りの自己紹介は警察が到着するまでにぎやかに続いたのだった。


 

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