レベルダウン先は包丁希望の妖刀旅話
灰色サレナ
1:吾輩は妖刀である、名前は今考えている。
「ふう、喰った喰った……吾輩満足である。無事かな少年?」
大きなヒグマの背中に突き立つ一本の刀。
その刀はヒグマの血を吸い上げて刀身が真っ赤に染まる。
「……きゅう」
――ぱたん、本作の主人公である『カナタ』は血を見たせいで貧血を起こしてぶっ倒れた。
…………
……
話が進まねぇよ。
「……困ったのである。吾輩刺さってしまうと動けぬ。とりあえず吸えるだけ吸うか」
力が弱すぎて深々と刀身が地面に刺さると、自分の力では引っこ抜けない。
ひたすら吸血するくらいしかできなくなるのだ。
「おい! 少年!! 起きるのだ!! せっかく危機を脱したのにこのままでは新たな危機がダイレクトに少年をアタックする羽目になる!! おーい!! 起きてくれ!!」
それからたっぷり三十分、叫び続けたおかげで何とかカナタは目を覚ます。
「おおおおおお、さすがだ少年!! 吾輩は信じていた、いかに地味そうでド近眼丸出しの暗い眼鏡と薄汚れた服だとしても! きっと起きてくれると信じて……おや? なぜ踵を返す? おい! ちょっとぉ!?」
散々な言われようのカナタはこめかみに血管を浮き上がらせたまま……無言で山道を引き返し始めた。
「ええと、野良のヒグマに襲われてなんでか知らないけど刀がしゃべるんです。これじゃいくら何でもおかしい人認定だよね」
「そうだな、吾輩がしゃべってると言うか少年がどうして吾輩を裸で持っているのかと警察が問い詰めるのは間違いなかろう」
「いっそ、ここを通らなかった事にしようかな……もともとお参り目的だったけどなんか変な事になってるからノーカンで……」
「聞いてくれてない!? 吾輩結構音量マックスで叫んどるはずなんだが、少年もしかして今流行のノイズキャンセルイヤホンでもつけてますかぁぁ!?」
「決めた、僕はここを通らなかった。 大人しく戻って今日はホテルでのんびりしよう。そうしよう」
カナタはそのまま石狩市内のホテルにタクシーで移動……美味しい石狩鍋を食べて温泉に入り、暖かいベッドでゆっくりと一泊した。
とてもとてものんびりした一日だった。
「……ヤヴァイのである……このままだと吾輩、警察とやらに回収されて廃棄処分なのでは!? 頼む少年!! しょうねーーーーん!!」
――数日後
「少年!! 吾輩信じておった!! きっと勇者は戻ると!!」
「……夢じゃなかったか」
「え? 二度目は酷いって!! 吾輩もうヒグマの血は飽きたのである!! しょうねーーーん!」
――さらに一週間後
「……お願いなのである。話を聞いてくれなのである」
「……いったいどこから突っ込めばいいのか。もう煩い事言わない?」
「飽きたのである。知りうる限りの歌を歌い、宮沢賢治の 雨ニモマケズを朗読するのも飽きたのである……」
「意外と博識!? 暗記できてるの!?」
もはや刀のどこかにスピーカーでも仕込んであって、誰かがいたずらでカナタに話しかけてるとしか思えなくなってきた。
しかし、現実は無常で……周りのどこを見渡してもカメラはおろか、取り出したスマホの電波は『圏外』表示。
「常識であろう?」
「うっわ……腹立つ」
なんとなくドヤ感が半端ない自称、妖刀が嫌いになったのでカナタは踵を返す。
その様子でまた置き去りにされる未来が想像できたので精一杯騒ぎ立て始めた妖刀。
「え? このシナリオ選択肢間違うと一発やり直しなのであるか!? 待って待って!! 吾輩悪かった!! もう一回選択前から!! ロードで!! ロードでぇぇ!!」
流石に、三回目は自分的にも飽きてきたのでカナタは若干干からびたヒグマの墓標になっている刀の前にしゃがみこむ。
まだ五月で北海道……しばしば試される北の大地とか呼ばれるこの地の風は冷たい。
何せ幹線道路にすら雪が残ってるんだもん。
「……僕の頭がおかしくなったのかな? まずそこが知りたいんだけど」
ダウンジャケットにキャンプ用のギアを満載にしたリュックサック。
ニット帽子に目が雪の反射で焼けない様にゴーグルもかけた完全装備の小柄な彼の姿に、自称妖刀は厳かに告げる。
「吾輩の声が聞こえる時点で大概おかしい、そこは保証する」
「…………こういう時って、嘘でもお前は選ばれたとか言っとくと食いつく人が居ると思うよ。じゃあさようなら、頑張って」
ささやかなアドバイスを残し、カナタは立ち上がる。
「嘘嘘! 嘘だから!! お主選ばれたんだって!! 妖刀の吾輩の声が聞こえるのは鍛冶職人だけなんだって!!」
「……鍛冶職人?」
くるりと身をひるがえしたカナタは再び刀に目を向ける。
よくよく見てみれば……綺麗な直刀で……波紋が無かった。
それに……
「うむ! 吾輩そもそもこの手稲山の神社の奉納刀である」
確かに白木でこしらえた柄には擦れてて読みにくいが『手稲山なんちゃらかんちゃら』と随分と達筆な刻印が施されていた。
「……なのに妖刀?」
「最近怨念とか集まりやすいのだ。丑の刻参りとかいつの時代だ? スマホ使ってSNSで炎上させるとかもうちょっとマシな方法あるんじゃないかなと吾輩教えてやりたい」
「そもそも手がねぇよ、どうやって見てるんだよ、人化でもできるのか!?」
「人化? 創作物を鵜呑みにしすぎてはおらんか? これで吾輩キュートな女子化のルートがある訳なかろう」
「なんで創作物の賜物みたいなやつから僕は説教されてるんだよ!? 逆だろ立場!!」
酷く人間臭いというか現代に毒されている妖刀に突っ込みが止まらないカナタ、そもそも大人しいカナタはここまで会話のキャッチボールを続けるのは珍しい事ではあった。
「仕方なかろう、神主が暇なのか良く吾輩の祠の前でVTuberの動画とか見て寝っ転がっておる」
「原因は貴様か神主……仕事しろ。推し活してんじゃねぇよ」
「ASMRは良き物だな、よく眠れるし推しの声が近いのがなお良い」
「耳自体がねぇよ!?」
「骨伝導の要領で電波直接受信が得意です」
「自己完結極まれりか!?」
「お主やるな……一緒に動画デビューせんか?」
「刀にスカウトされたのは初めてだよ!!」
肩で息をする位、カナタは全力で突っ込む。
はたから見ると獣道の真ん中でヒグマの死体とそこに刺さる刀を前に、一人で叫ぶ危ない人だった。
しかもかなりの声量で叫んでいるので……
――居たぞ、通報通り子供が一人で叫んでいる!
獣道の向こうから黄色い服に身を包む誰かが叫んでいた。
「え、あ。やばい……」
「登山客に通報された様だな少年。これは逃げるしかあるまい! 吾輩と共に!」
「じゃあさようなら」
「ちょうどいい隠れ場所がありますので案内させてください! 自力で動けません!!」
「……しょうがないなぁ」
どのみちこの状況で見つかればカナタもややこしい説明とかをしなければいけない。それもこのご時世でオカルト感満載の……
やむを得ず、カナタは柄に両手をかけて思いっきり妖刀を引っこ抜く。
――すぽん
意外と軽い刀身にカナタが拍子抜けするも、無事に抜けた。
「助かった……」
「で、どこ?」
何人かの大人がこちらを見つけて声をかけてくるが、獣道の入り口が狭く分かりづらいためまだこちらには来れていない。
逃げるなら今の内だろう。
「上に、途中で白樺の木が二本立っている所を曲がればすぐ洞穴がある」
「わかった、案内して……ええと名前は?」
どう呼べばいいのか、首をかしげるカナタに……自称妖刀は……
「吾輩は妖刀である、名前はまだない」
自信満々に言ってのけやがったので、近くの藪に刀を投げ捨てて……カナタは一人で逃げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます