胡蝶

黒石廉

1 はじめに

 二二四回目も二二五回目も短かった。

 二二四回目は、ネズミにかじられた。キキッと耳からかじられた。かじったのがネズミだってどうしてわかるかって? お姉ちゃんも何回も経験するとわかるようになるよ。何度も何度もかじられるとわかるようになるの。

 二二五回目のときは、くるまれて寝ていたときにちくんとして、それでおしまい。


 録音を一度とめる。

 お菓子を勧めると、年相応に喜び手を伸ばす。

 クッキーをつまむ小さな手の動きがとまったところで、私は二二六回目の物語にそなえて、レコーダのスイッチを確認する。

 二二六回目、私は息を呑む。彼女が南米の熱帯多雨林、後輩の調査地の近くに生まれ落ちたからだ。


 ◆◆◆


 日本の夏は、下手すれば赤道直下よりも過酷だ。

 年々、侵攻速度をはやめる熱気にセントラル空調のスイッチを押す事務方はなかなか対応しきれていないようだ。対応する気がないだけかもしれない。

 僕の話で寝てしまうのはかまわないけど、そのまま熱中症になられても困る。

 「暑いですし、よだれで身体の水分とばしちゃう人も結構いますからね。しっかり水分補給してくださいね」

 反応はほぼない。

 かぶりつきで聞いてくれている子だけは、笑顔でうなずいてくれる。


 呪術師たちとイニシエーションを受ける者は、共犯的に物語を織りなします。

 もちろん、ここで大きな役割を果たすのは、アルカロイドの薬理作用です。

 ただし、薬理作用自体は、いわばバイクのエンジンのようなものと考えてください。

 アクセルをふかせば、どこかへは進みますが、どこへ進むかはハンドルを握る者次第なのです。ただ無闇にアクセルをふかしても、それは不明瞭なシーンの羅列にしかならないでしょう。薬物でせん妄状態に陥るというのは、典型的な症状なのですから。

 無限に枝分かれしていく物語の中で、あるべき地へと向かうために、呪術師と新規の加入者は手をとりあってハンドルを握るのです。呪術師は、自分たちの力を誇示するため、新規の加入者は無事に儀礼を完了し、仲間に入れるように。思惑は違えども目的地は同じなのです。

 ただ、それでも、理想の物語が紡がれるとはかぎりません。

 ここでは、補助線として、人類学ではなく一九六〇年代アメリカのカウンターカルチャーで出てきた考えを用いてみましょう。


 ◆◆◆


 あの人は消えてしまった。

 そこまでは受け止められる。

 ただ、そこから先を考えたくなかった。

 だから、ずっと宙ぶらりんのままにしていた。

 それでも前に進まないといけないときなのかもしれない。

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