2-7「山麓の喫茶で」

 しっとりとしたジャズ、砂糖をたっぷり入れたコーヒー、アンティークな内装。

 学校からかなり西、山の麓にある喫茶店。

 雰囲気だけでもリラックスできるような、ほどよく落ち着いた環境だ。

 そんな素敵な場所に、私はいた。


「ん〜! このカステラぁ、超美味しいぃ……!」


 ……このバカうるさい鈴代とかいうのと一緒に。


 そもそも、何でわざわざこんな場所まで来ているのか。

 その理由を説明するには、少し過去に遡る必要がある。


 ーーーーーーー


 決闘に勝利したあと、最初にしたことは……鈴代の介抱だった。


 ……正直、仕掛けてきた向こうが悪いと思うし……財布だけ取り返して、さっさと逃げようとも思ったけど……あの惨状を前にしてそれは……流石に気が引けた。


 だから、痛む体を動かして、嫌々後処理をし、保健室まで連れて行って……私もついでに治療してもらって……。

 それで、有紗が何を企んでるのか聞きだそうとしたんだけど……。


「……ここ」


 返事の代わりに見せられたのは、喫茶店がマークされた地図。


「……? そこで、有紗が何かしようとしてんの?」

「違う……有紗ちゃんのこと聞きたいならぁ……放課後ここまで来てぇ」

「はぁ……? あんた、自分の立場を分かって——」

「好きなだけ飲み食いしていいよぉ。全部奢ってあげるからぁ」

「…………」

「……疑ってるのぉ?」


 ……何だか胡散臭い。そうは思ったけど……地図に表示されるおしゃれな喫茶店の写真を見たら……まあ、行ってみてもいいかな、なんて思ってしまった。


 ーーーーーーー


 そういうわけで、今はコイツと放課後ティータイムを過ごしてるわけだけど……。


「で……そろそろ、有紗のことを……」

「あぁ、もうちょい待ってねぇ」

「さっきもそう言ってたよね……」

「こういうのはのんびり待つのが大事なんだよぉ」

「…………」


 この通り、有紗のことを全然話そうとしない。

 コイツ、私に負けた上吐くとこ見られてんのに……どれだけ神経図太いんだか……。


 ……まあ、いいや。コイツを急かしても無駄そうだし……それよりも、今はこの最高の場所を楽しもう。

 そんな風に思いながら、片手に砂糖をたっぷり入れたコーヒーを持つ。

 角砂糖を7個も入れた贅沢仕様。

 軽く啜ると、甘苦い感じの風味が口に広がる。最高。


 コーヒーも良いけど、窓から見える景色も良い。

 しとしとと降る雨が大きな葉っぱに雫を作っている。

 ……場所が場所だからか、道がかなり細いけど……こういうのも『秘密の喫茶店』みたいな趣があって……ちょっと、テンションが上がってくる。


 そうして景色を楽しんでいる中、目に留まったのは道を歩いてくる人影。

 銀髪ツインテールに、ドクロの髪飾り。そしてその表情は、どこか気だるげだ。

 ……明らかに見覚えある風貌なんだけど……あれは、確か……。


「あっ、ようやく来たぁ」


 ガタッ!と椅子から立ち上がると、カステラにフォークを突き刺したまま放置し、入り口の方に向かう鈴代。

 そして、その人影に近寄ると、嬉しそうに声を弾ませた。


「やっほぉ英理数えりすちゃん! 遅かったねぇ」

「鈴代の呼び出しが急すぎるからでしょ!! 全く……ゲーム中断してまで来たんだからね? 感謝してよ?」

「うん、ありがとぉ」

「ん……」


 霧ヶ宮きりがみや英理数えりす

 口が悪くて、ビビリで、鈴代と仲が良い。

 同じ有紗の取り巻きだったから、一応覚えてる。

 ……こんなイかれたキラキラネーム、忘れようがないし。


「ま、取り敢えず座りなよぉ。そうだ、カステラちょっといるぅ?」

「アンタほんとカステラ好きだね……ここ来た時いっつもそれ頼んでない? ま、あたしも好きだけど」


 なんだかんだ言いながらも楽しそうに歩いて来る英理数えりす

 その表情は……私を視界に入れた瞬間硬まった。


「——っ!? な、菜乃羽っ!? 何で、アンタがここに!?」

「私が呼んだからだよぉ」

「はぁ……?! 鈴代……アンタ、菜乃羽のことボコすって……」

「返り討ちにされちゃってぇ……まあ、一旦座ろぉ? 話すと長くなるからぁ……」


 そう言って自分も座り直した後、鈴代は昼休みのことを語りだした。

 私を屋上に呼び出したこと、決闘を仕掛けたこと、私に負けたこと。


 ……普通に話せば短く済むはずなんだけど……コイツら、どういうわけか話が脱線しまくる。

「鈴代とあたしどっちが強いかな〜」だの……「そんなに鈴あるならちょっとちょうだーい」だの……「そういえばこの前やったゲームがさ〜」だの……。

 最後のに至っては、脱線しすぎててもうめちゃくちゃ。


 最初の方で長くなることを確信した私は、ゆっくーりとコーヒーを飲んでいたんだけど……。

 気づけば半分、そのまた半分、そしてついにはすっからかん。

 ……2人の話は、まだ続いている。長すぎ。


 ……真面目に聞いててもしょうがないし……なんか追加で頼もうかな……。

 そう思いメニュー表の適当なページを開くと、真っ先に目に留まったのはデカデカと載せられている抹茶パフェの写真。

 ……『季節限定!黒みつ抹茶パフェ』って名前らしい。


 ……ジュルリと、思わずよだれが垂れてきそうだった。……いや、そんな下品なこと絶対しないけど……。


 こんなの見たら……食べるしかないよね……! というか、食べない方が失礼な気がする……!

 値段はかなり高めだけど……まあ、払うのは私じゃないし、いっか。


 そんなわけで、早速「すみませーん」とウェイトレスさんを呼び、注文。

 この店、今時珍しいことに注文から配膳まで全部人間がやっているらしい。


 レトロな雰囲気を重視してるのかな?

 ……ま、金がないだけかもだけど。

 今だって、私達以外に一人しか客いないし。


「……ってわけでねぇ、屋上でぶちまけちゃったんだけどぉ、意外なことに菜乃羽ちゃんが介抱してくれてぇ……」

「はぁ? 流石に嘘でしょ。菜乃羽みたいなクズがそんなことするわけないじゃん!」


 そんなことを考えていると、隣からド失礼な言葉が聞こえてきた。

 ……内容はともかく……ようやく、私に負けた〜って部分まで行ったようだ。内容はともかく。


「嘘じゃないよぉ。ま、私もびっくりしたけどねぇ。菜乃羽ちゃんのことだから、面倒くさそうな顔してどっか行っちゃうのかなぁ……って思ってたしぃ」

「あー、分かるわそれ〜。あれだよね、菜乃羽ってさ、いっつも楽しくなさそうな顔してるよね! あははっ、仏像かなんかですか〜っての!!」

「……私が……本人が隣いるって分かって言ってる?」


 半ギレ気味に睨みつけてみるが、当の英理数えりすは「ごめんごめん……ぷっ……ふふっ……」と笑いを堪えきれない様子。

 ……コイツ、マジで……一回痛い目見て欲しい……。


「……そもそも、何で英理数えりす……ちゃんのこと呼んだの? いい加減、有紗のこと話して欲しいんだけど」

「あぁ……言ってなかったねぇ。有紗ちゃんのこと話してもらうためだよぉ。……私より英理数えりすちゃんの方が詳しいからぁ」

「詳しい……?」


 思わず首を傾げてしまった。

 だって、英理数えりすの方が詳しいなんて言われる理由が分からない。

 有紗と特別仲良しってわけでもないし、ものすごい記憶力が良いとか、頭が良いとかでもない。

 なのに、鈴代よりも詳しい? 一体どういうことなんだ……?


「ま、そこら辺も英理数えりすちゃんが話してくれるよぉ。ねぇ?」


 そう言いながら、英理数えりすの方に目を向ける鈴代。


 対する当人の答えは……


「え、めんど……」

「んえぇっ……!?」


 その返事は想定外だったのだろう。鈴代は素っ頓狂な声を出しながら、表情に戸惑いを浮かべる。


「な、なんでぇ……?」

「いや、何でって……そのまんま、めんどいからだけど……」

「で、でもぉ……いつもは私の頼み事聞いてくれるじゃん……。ほら、昨日だってぇ……何ちゃらオンライン?でレア武器集めるの手伝ってくれたしぃ……」

「いやぁ……アンタ相手ならともかく……菜乃羽のためにわざわざ動きたくないってゆーか……そもそも、情報渡すこと自体リスクじゃん」


 有紗にバレたらどーしてくれんの? と、少しジトーっとした目で鈴代を見つめる英理数えりす


「……別にもういいでしょ、有紗ちゃんに知られてもぉ……あの子はぁ、もう……」

「……そうだとしても! そもそも、菜乃羽に手を貸すのが癪なんだよ!! 鈴代だって、気に入らないから嫌がらせしてたんでしょ?!」

「まぁ……うぅん……」


 その言葉に、鈴代は押し黙ってしまった。


 ……考えてみれば、コイツの行動もよく分からない。

 どのくらい詳しい情報持ってるかとか、そんなの私は知りようもない。

 適当に、知ってる範囲だけ喋ればそれで済んだだろうに。


 そんな風に、他人事のように目の前の光景を眺めていると、突然、英理数の紫の瞳がこちらに向けられた。


「……ねぇ、菜乃羽。アンタさ、有紗が何企んでるか知ったとして、どうするつもりなわけ?」

「っ……それは……」

「答えて。内容によっちゃ、有紗の情報洗いざらい吐いてあげる」


 英理数えりすの視線が、私を貫くかのように鋭い視線が、じっと私を見つめてくる。

 見定められているのか、ただの嫌悪の感情を向けられただけなのか……どちらにせよ、心地良いものではなかった。


「…………」


 コイツを……この性格悪い意地っ張りを納得させられるような答え……そんなのあるか……?

 私自身……どうするべきかなんて……まだ、迷ってるのに……。


 ……でも、答えなきゃ話は進まない。

 私は……私がするべきことは……。


「私は――」

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