2-6「緑眼の鈴」

「私は、菜乃羽ちゃんに、決闘を申し込むよぉ」


 そう言うが否や、私の返事を待たずして地面に置かれる機械。

 瞬時に展開される結界バリア。屋上にちらほらいた生徒は、何事かとこちらに視線を向けてくる。


「ちょっ……はぁ?! そんなの聞いてないんだけど!!」

「言ってないからねぇ」


 当たり前でしょ? とでも言いたげな表情でそう言う鈴代。

 これまたイラッと来た……けど、ここで頭に血を昇らせてもしょうがない。


「っ……少なくとも、今受けるのは無理。私、武器持ってきてないし……」

「ふぅん。ま、断ってもいいよぉ。その場合、このお財布はありがたく使わせてもらうけどねぇ」


 見せびらかすように、私の財布をひらひらと振ってくる鈴代すずよ


 あぁ、コイツ……最初から決闘に持ち込むつもりで呼び出したな……。

 丸腰も同然の私を、ボコる気満々で……。

 財布は、私を誘き出したり、逃げにくくしたりするための餌ってわけか……。


「そんな……そんな卑怯な真似して……恥ずかしくないの?」

「ふふっ、菜乃羽ちゃんには言われたくないなぁ」

「っ…………」


 ダメだ……正論すぎて何も言い返せない。


 ……コイツに……鈴代には大した実力なんてない。

 ただ、鈴を動かしたりできるだけ。タイマンには明らかに不向き。


 だけど、武器のない私よりかは……流石に強い。

 武器のない私なんて、鈴代からしたらただのマトだろう。

 逃げては鈴を撃ち、逃げては鈴を撃ちを繰り返すだけで、いずれは勝利を掴める。


 ……なるべく戦闘は避けるべきだ。相手の要求次第では、どうにか回避できるかも……そんな淡い期待を抱きながら、私は口を開く。


「要求は、何?」

「うーん、そうだなぁ……どうしよっかなぁ……」


 わざとらしく悩む素振りを見せる鈴代。

 とっくに決めてあるだろうに、白々しい……。


「じゃあ、前みたいに有紗ちゃんにしーっかり従ってもらおうかなぁ。有紗ちゃん、魔法少女ちゃんのこと嫌いだし、もうまともに会えなくなるかもねぇ」


 そして、しばらく考えるフリをした後に言ってきたのは……そんな、到底受け入れられないようなものだった。


 ……有紗に従う? 朱星と会うな? ……何でコイツが、わざわざそんな条件を……?


「……それで、あんたに……何の得があるの」

「んー? ……菜乃羽ちゃんが嫌がりそうなことして楽しんでるだけだよぉ」

「……」


 シンプルに最低すぎる発言を、軽くウィンクしながら言う鈴代。


 表情だけは、お淑やかな雰囲気と相まって良い感じになっている。

 おかげで、余計にウザい。


「なんとでも言いなよぉ。負け犬の遠吠えほど気持ちいいものはないからねぇ」

「はぁ……? 何負け犬扱いして……まだ、受けてさえ……」

「じゃあ、受けてくれるのぉ? ここで逃げ出すのは、負けも同然だと思うんだけどなぁ」

「…………」

「ま、逃げるのも無理はないかぁ。嫌だよねぇ、こんな負け確の勝負でぇ、だーい好きな魔法少女ちゃんと会えなくなっちゃうのはぁ」

「……別に……朱星ちゃんがくっついて来てるだけだし……」


 つい、そんなことを言ってしまう私。


 ……『また一緒に食べれる?』って……そう聞いたのは私だったのに……しょうもない体裁ばかり繕う自分に、嫌気が差してくる。


 私がそんな自己嫌悪に浸る中、鈴代は「ふぅん……」と、少し口角を上げながら言った。


「——私達といた時はそんな顔見せてくれなかったのに」

「っ……?」

「有紗ちゃんの言葉だよぉ。……面白いよねぇ、あの子がそんなこと考えてたなんてぇ」

「……どうでもいいし、アイツのことなんて……」

「えぇ、ひどいなぁ、菜乃羽ちゃんがそんなこと考えてたなんてぇ」

「……白々しい……もう気づいてんでしょ、私が有紗ちゃん……いや、有紗のこと嫌いだって」


 じゃなきゃ、有紗の下に戻ることを決闘の要求に含むわけがない。


 そんな風に睨みつけてみても、鈴代は「ふふっ、まぁねぇ」と涼しい表情。


「まぁ、有紗ちゃんのことがどうでもいいのは同感だねぇ。今重要なのは、菜乃羽ちゃんが『朱星ちゃんといる時だけやけに楽しそう』ってこと」

「……そうだとして、それがなんだっていうの」

「気に食わない」

「は?」

「だから、気に食わないんだよねぇ。菜乃羽ちゃんも、私達と同じ、負けた側の人間……クズについていって落ちぶれた惨めな人間なのにぃ……何で自分だけ得してるの?」


 鈴代は、私を見つめてくる。睨む、とかではなく、その目でじーっと見つめてくる。

 綺麗な緑色の瞳の奥には、どこかドロドロとした……妬みとか、羨望とか、そんなものが含まれているようだった。


「……何、得するって……私は——」

「魔法少女ちゃんと楽しく過ごす時間は……どう考えてもだよねぇ?」

「そう……だけど……」

「……でもさぁ、クズはどこまで行ってもクズなんだよぉ。菜乃羽ちゃんだって……いや、菜乃羽ちゃんが一番分かってるよねぇ? ——自分が魔法少女ちゃんの側にいていい人間じゃないって……」


 そう言われた瞬間、私は硬直してしまった。

 図星を突かれた。その言葉がそれほど似合う状況もそうそうない。


「…………」

「あぁ〜あ、すっかりダンマリかぁ。ちょ〜っと図星過ぎたかなぁ?」


 そんな私の様子を見て、嘲笑い煽ってくる鈴代に、もはや何も言い返せない。

 実際、全くもって言う通りだったから。私が思っていたことそのものだったから。


『私は朱星の側にいていい人間じゃない』。……もう何度も繰り返した自問。

 朱星が良いって言うならいいか!と、雑に片付けた自問。

 それでも尚私の中で燻り続けていた自問。


 優柔不断。

 結局結論を出せないでいる。……あれほどの時間があったのに。


 魔法少女部も、朱星との関係も、ずっと流れに身を任せてるだけだ。


 なんだ、鈴代の言う通りじゃないか。環境が変わっても、私は何も変わっていない。


 …………。


 ああ……でも……もし、一つだけハッキリとしていることがあるのなら……。


『朱星と一緒にいたい』。これだけは、間違いなく私自身の意思。


 だって、朱星といる時間は楽しいから。

 朱星と話してる時の感覚、あの暖かくて、ぽかぽかするような感覚。


 ……ここ一週間、あんなに嫌がらせが続いても、それほど応えずに済んだのは……きっと、朱星がいたからだ。


 毎日朱星と食べるご飯が美味しくて……幸せで……。


 それに、何より……。



 ——『菜乃羽ちゃんのこと大好きだもん!!!』



 ……そこまで言われたらちょっとは期待に応えれるようにならないと、罰が当たるよね。


「……悪いこと言わないからぁ、さっさと諦めなよぉ。大人しく降参すればぁ、財布の中身返してあげよっかなぁ。3割くらいはぁ」


 こちらを見下したような降伏勧告に、返事はしない。


 その代わりとばかりに、懐からペンを取り出し、構えた。


「……何のつもりぃ?」

「決まってるでしょ。その決闘、受けたげる」


 頭の冷静な部分が、財布なんか捨てて逃げた方がいいと言っている。

 勝てない勝負なんて挑むべきじゃない。財布程度置いて逃げるべきだ。また有紗の下に戻るよりも、朱星を悲しませるよりも……ずっと良い。

 そんな主張が、頭の中で何度も何度もこだまする。


 きっとそれは、安全で、堅実で、そう悪くない選択肢なんだろう。


 ……けど、そんなの知ったことか。


 ここで逃げたって、きっと何も解決はしない。有紗達の企みは……私を、そして朱星を貶めようとするような計画は、続いているんだから。


 ……なら、断つべきだ。今、この場で……!


「私が勝ったら、財布は返してもらうし、有紗の計画ってやつも詳しく教えてもらうから」

「……へぇ。そんなチンケな武器で勝てると思われてるのぉ、私ぃ」

「あんたには十分でしょ?」

「……言ってくれるねぇ」


 一気に、場の空気が張り詰めていく。

 戦闘が始まる。そんな空気感を、お互いに感じ取っていた。


 そして鈴代もまた、自らの武器である鈴をポケットから取り出してきた。

 ……ビー玉くらいの大きさの、小さな鈴だ。それが、手からこぼれ落ちそうなくらい大量に握られている。


「菜乃羽ちゃんはもっと賢明な子だと思ってたんだけどねぇ」

「分かったように言わないでよ、気持ち悪い。馬鹿だよ、私は、昔っから」

「ふぅん……そ」


 私の返答に、つまらなさそうな表情をしながら、鈴を頭上に思い切り放り投げる鈴代。

 様々な方向に弧を描きながら散らばった鈴は、その軌道の頂点に達した辺りで静止。そして瞬く間にテニスボールほどの大きさまで拡大した。


 これが、鈴代の能力。鈴の大きさを自在に変え、高速で飛ばす。

 シンプルでありながら、強力な能力だ。


「……ま、助かるよぉ、受けてくれてぇ。おかげで、たーっぷり菜乃羽ちゃんを痛めつけられるしぃ」

「痛い目見るのはそっちだよ。……結構ムカついてんだからね、ここ一週間のこと」

「口だけは達者だねぇ。……これも、魔法少女ちゃんの影響なのかなぁ」


 そう言いながら鈴代は、話は終わりとばかりに手を上げる。


「——じゃ、堕ちて」


 そして、手が振り下ろされるのと同時、大量の鈴が一斉に動き出した。


 リンリンという音色が何重にも重なり、辺りに響き渡る。


 あまりの騒々しさに思わず顔をしかめながらも、私は地面を蹴り、駆け出す——!


 長期戦になれば不利なのは私だ。なら、短期決戦に持ち込むしかない。

 だからこそ、雨霰あめあられのように降り注いでくる鈴を前にしても、前進。

 とんでもない物量に足が竦みそうになるが……止まったらそれこそ餌食になるだけだ。だから、必死に避け、避け、避け、それでも避けきれないものはペンで弾き、ひたすらに前進し続ける……!


「っ……ほんとにすばしっこい……ゴキブリか何かなのぉ、菜乃羽ちゃんはぁ」


 面白くなさそうに呟く鈴代。

 けど、向こうが優位なのは変わらない。


 ペンは……短すぎて星幽力アストラルが上手く纏わせられていないのか、既に亀裂が走り、あと数発弾けば折れてしまいそう。

 それなのに、接近しても、接近しても、鈴代はすぐに距離を取ってきて……まともに近づけない。


 このままじゃジリ貧……なら、やるべきことは一つ。ボロボロになったペンを、鈴代に向けて投げつける……!


「っ!?」


 流石に予想外だったのか、鈴代は慌ててペンを回避。

 ……そう、大した威力もないペンを、回避してしまった。


「かかったっ……!」


 止むことのなかった鈴の弾幕に、一瞬だけできる隙。

 その機を逃すまいと、疾走! 一気に距離を詰め、肉薄——


「かかったのはそっちだよぉ……!」


 ——した瞬間、頭上から降ってくる影が見えた。

 それは、バスケボールくらいはある大きな鈴。

 仕込んでおいたんだろう、事前に。私に接近された時の、最後の保険として。


 あれに当たるのは……絶対にまずい……!

 どうにか……どうにか避け——


「っ……!」


 ……いや、このまま突っ込む……!

 有り合わせの武器さえ投げたんだ。避けたところで先なんてない。

 これが……一度きりで最後のチャンス。

 なら、ここでやるしかない……!


「ひっ……!?」


 鈴代の目が、驚愕と恐怖に見開かれる。

 慌てて追加の鈴を取り出そうとするが……私の拳が、無防備な腹部を捉える方が早かった。


 鈍い音とともに拳がめり込み、ふっ飛ばされる鈴代。

 そのままバリアに叩きつけられ、呻き声を上げながら倒れ込む。

 そして同時に、私の背中にドゴォッ!と大きな鈴が直撃、私もまた倒れ込んだ。


「っぐ……はぁっ……」


 鈍くて強烈な痛みが走る。……けど、まだ勝負がついたわけじゃない。

 どうにか気力を振り絞って立ち上がる。


「……私の勝ち……だよね?」

「っぁ……のは……ひどっ……こひゅっ……」

「…………」


 お腹を抑えながら、必死で呼吸する鈴代。

 ……返事は聞くまでもなさそう……というか、まともにできなさそうだ。


 取り敢えず、筒状の機械ことバリア発生装置をOFFにし、鈴代に近づく。


「……あー、取り敢えず、財布返してくれない?」

「わたっ……ひゅぁっ……さっひ……たべた……ばっ……かなのにぃ……おひるぅ……うぷっ……」

「……は?」


 突然、口の辺りを抑え出した鈴代。

 ……なんだか……とんでもなく、嫌な予感がする……。


 危険を感じた私は、思わず飛び退き——直後、鈴代が胃の中のものをリバースさせた。


「…………」


 うん……ちょっと……可哀想なことしたかも……。


 雨が降り始めた屋上に、なんだか気まずい空気が流れていた。

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