短編
追い剥ぎ坂
かつて、朔日村の艮の方角に追い剥ぎ坂と呼ばれる坂があった。
周囲は竹林で囲まれている。
高く伸びた竹はしなだれ、アーチ状に天を覆い隠しており昼間でも薄暗い。
街頭は3本ある中の1本は古びて点滅を繰り返している。
坂の先には古い空き家が2軒と、祠が1つ。
戦前まで人が住んでいたが今は誰もおらずがらんとしている。
ここ数十年うっかり足を踏み入れてしまうものを除いて、晦彦神社の氏子が月替りで祠を掃除しに来る以外、足を運ぶものはいない。
その坂を通るときは、必ず一人で通りらなければならない。
二人以上で通ると、誰か一人が、必ず追い剥ぎに成る。
追い剥ぎに遭うのではない、成るのだ。
まず、二人以上で足を踏み入れた時から何者かに見られているという錯覚を抱く。
竹藪の向こうから全身を強く刺すような軽蔑を含んだ視線を覚えると、途端、同行している者が持っている「何か」が欲しくなってしまう。
それが衣服であったり、金品であったりするうちはまだいい。
足を進めるごとに欲求は大きく膨らんでいく。
命や貞操まで、相手が持つ「何か」を、無性に手に入れたくなってしまうらしい。
同行人の続柄は関係ない。
親が子を、親友を、伴侶を、見ず知らずを。
どこまで本当なのか定かではないが、赤子が母親を襲っという記録が残されている。
そして追い剥ぎを行ったものは、3日以内に死ぬとも言われている。
これは完全に後付の設定なのかも知れない。
彼いわく、「だいたいは3日すぐ死んでしまう」らしいのだが、どのように死ぬのかはわからないという。
この村に伝わる他の伝承と同じく、神の御使いと呼ばれる野生動物に食われて死ぬのだろうか。
伝承に尾鰭がつくことはよくあることである。
平成に入る少し前、犬を散歩していた隣村の男が、全身の皮を剥がされた犬を抱きしめて呆然としている姿を氏子が目撃したのを最後に、その坂の噂はぷつりと途絶えた。
大雨による土砂災害で祠ごと土に埋もれてしまい、神社の関係者も氏子も、村の誰もその坂に近づく事はなくなってしまった。
いつからその坂がそう呼ばれ、いつからそのような取り決めがなされたのか。
真相を知るものは、村に残っていない。
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