7話・ツイタチさん・前編
ツイタチさん
「もし可能であれば、SNSのアカウントを削除してほしい」
村上くんから再び手紙が届いた。
宛先は以前と同じ留置所からだった。
ボールペンで撫でるように書かれた字は前回同様代筆によるものなのだろう、記憶の中の村上くんの筆跡と大分違ってた。
手紙の内容は僕への挨拶と健康を案じた書き出しで始まり、留置所の生活の様子(正座ばかりをして足がむくんだらしい)、迷惑をかけたことに対する謝罪に続き、上記の一文と、最後にワープロでSNSのアカウントIDらしき英数字が刻まれていた。
@hassaku_day0801
見覚えがないアカウントである。
村上くんのSNSアカウントはインスタグラムとXの双方を知っている。
インスタは事件の一週間前に買ったばかりの自転車の写真を最後に更新が止まっているし、Xの方は懸賞と動物の写真とイラストのRTアカウントでほぼ呟いていない。子猫のうっかりハプニング動画をRTを最後にこちらも更新が止まっている。
どちらも逮捕時に特定され今も度々、目に余る罵詈雑言の引用と共にタイムラインに流れてくる。
アカウント名は最初に決めただろう意味のない英数字の羅列だ。
グーグル検索をかけると鍵アカウントが1件引っかかった。
ユーザーネームは「八月朔日」で灰色のたまごアイコン。フォローは2件、フォロワーは0件。2019年から稼働している。
アカウントの削除を、と言われても僕はパスワードもわからなければ村上くんが普段使用しているメールアドレスも知らない。
本人の誕生日や家族の誕生日、初彼女記念日とサークル加入日程思など思いいつく限りの英数字を打ち込んでみたがどれもこれも当てはまらなかった。
スマホに向き合い、日付が変わってもログインすることは出来なかった。
「どないせぇっちゅーねん…」
ベッドに仰向けなり買ったおにぎりを頬張る。天井のシミが心なしかいつもよりはっきりと見える。
アカウントを晒し、通報して凍結させたほうが早いような気がした。
なぜ、僕を頼るのだろう。
前回、弥勒から預かって村上くんの弟の朔也くんに渡すはずだったあの不気味な招き猫。
―――――――の、中の、白い粉
一緒に赴いた村上宅で、弥勒が烈火のごとく怒り出し断固として拒否した為、叶わなかった村上くんからの依頼。
結局僕から村上くんに報告することはなかった。
村上くんの弁護士と連絡が取れなかった事もあるが、自分から村上くんへ連絡することが煩わしかった。
事件について何も話してくれない村上くんが恨めしかったし、アレが一体なんなのか、結局あの粉は覚醒剤なのか、それを弟に渡して一体どうしようというのか。
説明もなくただ手紙に綴られるだけの村上くんの依頼。
手紙をよこした村上くんは、僕が知っている村上くんではない。
得体のしれない「何か」が村上くんの皮を被って、更に誰かに代筆させて手紙をよこしている。
そんな気がしてならない。
ただ腹の奥から怒りがふつふつ湧いてくる。
ヤクザから薬物を買い、その薬物の一部を弟に盛り、残りをカルト教の施設で無償で流し、ヤクザから拷問を受けた状態にも関わらず、見張りの大柄な男を殺し、その足で弟の学校へ侵入し、同級生を殺し、臓物を喰った。
―――――人の皮を被った人でなしの男。
村上くんのフリをした怪物が、僕を利用しようとしている。
前回、僕が失敗したことを知らないはずがない。
あれから弁護士や支援団体からの接触はない。
僕から報告もしていない。このままフェードアウトしてしまいたかったからだ。
家族は行方不明のまま、弥勒の捜索をもっても見つかっていない。
何故に冤罪を主張する氷見さんではなく、僕を頼るのだろう。
僕に一体何が出来るというのか。
思い出すのはあのよくわからない招き猫。
ガタイの良い弥勒が何度ハンマーで殴りつけても傷一つつかなかったのに、僕が軽く叩くだけで簡単に割れた。
弥勒はなにか知っているようだった。僕でなければ駄目だと、言っていた。
それが誰に指示されたものだったのだろう。
やはり村上くんからなのだろうか。
このアカウントに世間に知られるとまずい何かが残されているのか。
小学校のアルバムも、卒業作文も、幼稚園の七夕すらマスコミに晒されて今更何がまずいのだろうか。
これ以上、どう罪を重ねるというのだろう。
わからない。
わからない事が多すぎる。
夜食を食べながらパスワードを考え続けるのに飽きて、同SNSでアカウント名で検索をかける。
恐らくフォローしているだろう2件のアカウントからの返事が引っかかった。
1件目には見覚えがあった。
サークルで一番可愛かった女の子だ。
アカウント名は@seoritsu_Dragon08
名前は西千鶴。吉川さんの友達で、数回会話したことがある。
仲の良い女の子グループでいつも行動し、田沼という女子が顔出しでYouTube配信をしていたのでその撮影を手伝っていると吉川さんは話していた。
女優志望で演劇サークルと掛け持ちしていた。彼女が所属するグループの女の子はみんな垢抜けて可愛かったがその中でも彼女はずば抜けて愛くるしい見た目をしていた気がする。
ゆるくウェーブがかかった亜麻色の髪、フリルが付いた服、サロンで整えられた爪、大きく潤んだ翡翠色の瞳………――――――同じ色の瞳を先日見た気がする。
吉川静江に紹介された名前とアカウント名は異なった。フォロワーは8百人弱。
「龍首瀬織」とかいて「たつかべせおり」と読むらしい。芸名だろうか。
アイコンは自撮りで、呟き内容は主に日常と、歌とダンス動画、たまに彼氏の惚気。
近い内に初配信を予定しているらしくその準備に追われている旨が投稿されていた。
彼女のフォロワー一覧を見る。だいぶ下の方に村上くんの普段遣いのアカウントと例のアカウントがあった。
好き…いや、ファンだったのだろうか。
村上くんから彼女の話題は何回か上がったことがある。男だけの酒の席で「可愛いけど好みではない」という傲慢なものだったような、それとも一回でもいいからヤリたいと品のないものだったろうか―――記憶に残るような話ではなかったのは確かだ。
村上くんと会話しているところは数回見かけたが、どれも吉川さんが一緒で、二人で話をしていると言うよりは大勢の雑談に混ざっている、という感じだった。そういえば僕も彼女と話す時は必ず吉川さんを挟んでいたのを思い出す。
村上くんへの返信は「ありがとうございます!」「頑張ります!」の二言だけで、他のファンに返しているものと全く同じ挨拶だった。
試しに彼女の本名と芸名双方のアルファベットを入力してみたがログインすることは出来なかった。
気を取り直してもう一件、やり取りをしていたアカウントを見て思わずスマホを落としそうになる。
「アイツやん。」
アイコンが、あの招き猫の写真だった。
赤い縦縞が僕が見たものより鮮やかで状態がいいことが伺える。
ヘッダーは尾道駅を背景に手が黒いマネキュアを塗った男の手が同じ招き猫を掲げた画像だった。
アカウントIDは@tsuitachi_zenchizennou、アカウント名は「ツイタチ様」、プロフィール欄には「俺神だけど座右の銘は人間讃歌」とだけ書かれていた。
フォロワーは0、驚くべきはフォロワーの数でなんと150万を超えていた。とんだインフルエンサーである。海外セレブでもそうそうここまではいくまい。
誰がフォローしているのか気になってフォロー一覧を見てみると、ざっと視界に入った限りでは青いバッチが付いた外国人の他は懸賞目当てのフォロワー稼ぎアカウントと、「あ」とか「ひ」、「れ」、「B」、「u」等と一文字だけの名前と卵アイコン。
気になって「れ」だけ覗いてみたら投稿は全部ツイタチ様のリポストのみという気味の悪いものだった。
投稿内容に目をやる。
――――――――
下から上へ時系列
11月9日
うーん今日も人間がとてもかわいい。100店満点中5億点。
11月8日
でもナミさんは駄目だわ、あのクソアマ許さん絶対に。
11月8日
俺、ぶっちゃけナギさん苦手だけど国生みだけは評価してるよ。
11月8日
人間って可愛くて賢くて最高、作ったの誰?もしかして俺?
#違う
11月8日
いや、人間ちゃんが一生懸命考えて作った法律はなにも悪くない。悪いのは理性がない俺。
11月8日
すれ違う人間にハグして回りたい。法がなければハグしている。法が悪い。
11月7日
弊神社いつもこれぐらい繁盛して~
11月7日
観光シーズンなので人間が多くて嬉しい。
11月7日
畏怖はいらない、愛だけ欲しい。
11月7日
今日はちいちゃい子供ちゃんにすれ違い際に泣かれた。やだ!笑って欲しい!でも可愛い!!
11月6日
唯一神になる準備は何時だってオッケーよ
11月6日
神、一回滅んだほうが良いよ。マジで。俺以外。
11月6日
あー――――――人間最高~~!!!可愛い!賢い!尊い!えらい!食べても美味い!
それに比べて神は本当に駄目!愚か!みんな馬鹿!
11月6日
戦争は本当にあかん、ほんまあかん。でも自分たちでちゃんと間引いて偉いね。隙がなく人間は偉いね。
11月6日
なんで殺し合うのぉ~!!?
どうせ災害や事故や病気で死ぬじゃん手間じゃんなんでなんでなぁんで????
11月6日
嫌だ、もう死なないで人間ちゃん。殺し合わないで、あんなケチ野郎のためにに争わないで!!
11月6日
戦争のニュースやーなの
11月6日
人間ちゃん可愛いねぇ、参拝していってね、俺は誰だってウェルカムよ。
――――――――
今日より3、4日程前までをざっと遡ったが、どうやら自分がツイタチ様という一柱の神になりきって投稿しているようだった。
似たようなアカウントは見たことがある。
猫になりきっていたり、キャラクターになりきっていたり、無機物になりきっていたりするものなら知っている。
外部アプリによるbotで、投稿時間や返信を登録し自動で投稿しているものもあるが、このアカウントは手動運転していた。
海外からの返信に律儀に同じ言語で返していた。翻訳をそのままぶっこんだのか言語に精通しているのかは僕が見る限りわからない。
軽いノリの投稿とは裏腹に、返信は丁寧な言葉使いをしている。
投稿ごとのいいね数とリポスト数も毎回最低50件~100件はある、それなのにここを見るまで影も形も噂も流れてこなかったアカウント。
僕は趣味ごとに4つ程SNSのアカウントを持つが、これだけの規模なら必ず引用かおすすめに流れてくるはずである。
なんとも言えない気味の悪さをコーヒーで喉の奥に流し込みながら、村上くんのアカウントと何かしら交流がないか、七月の半ばまでスクロールし八月一日の事件当日まで追ってみることにする。
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