愛弟子を守るために

ズマ

愛弟子を守るために

「私は最初から君のことが嫌いだったよ」

「お、お師匠……?」

 レンガ造りの散らかった作業部屋に、思ったよりも無機質な声が口をついて出る。

「嫌い、と。そう言ったんだ。だってそうだろう? 私が所有する森の中に、薄汚い人間の赤子が捨てられていたから拾っただけさ。魔力を持っていたからね。弱い人間だって、少しは利用価値があるかもしれないだろ? まあ、結局は時間の無駄だったけれども」

 薄ら笑いを浮かべながら小首を傾げれば、すっかり私よりも大きくなった少年が怒りに顔を歪める。

「嘘だ! 嘘だ嘘だ! 俺のお師匠はそんなこと言わない!」

 彼が七歳の誕生日に私が贈った、持ち主とともに成長する魔法の杖。木でできた杖が折れそうになる程強く握りしめた手からは薄らと血が伝っている。

 思わず駆け寄って、治癒の魔法をかけてやりたくなるのを必死に抑えた。

「しつこい。私の気が変わらない内に立ち去れ。お前はもう、私に必要ない。目障りなんだ。それとも、今ここで殺してしまおうか?」

 早く、早く遠くに。人間の住む大国に逃げてくれ。あそこなら、これからこの地を侵略してくるだろう魔物から守ってくれる。あそこに逃げてくれるなら、私が盾となりこの森より先に魔物たちを通さないと誓うから。

 手のひらに魔力をこめ、得意な氷魔法を発現させる。熱くなる目頭、つんと痛む鼻、震える足。それらに気づかぬフリをして、片手をそっと、目の前の愛しい弟子に突き出した。

「わ、分かった! 何かの冗談なんだろ? なあ、おししょ——」

 短い詠唱。顔の横すれすれを通過させ、弟子との思い出が詰まった部屋の一部を破壊する。

「……私は、お前を弟子だと思ったことはない」

 逸らしたくなる目をなんとか合わせ、目の前の傷つき歪んでいく顔を眺める。

 大きくなっても未熟なままの少年は、双眸からぼろぼろと涙をこぼす。腕で顔を押さえ、今まで丁寧に開けていた扉を殴るように荒々しく開け放てば、人間の街がある方向へ走り去っていった。

 振り向いてくれることない後ろ姿をぼんやりと眺めたまま、出かけたため息を飲み込んだ。

「……なんて、なんて酷いことを言ったんだろうな」

 成人もしていない、まだまだ子供で優しい子。自らの手で傷つけた彼に向ける顔などもうない。

 足元に転がっていた、ヒビ割れた木の棒に触れる。べとりと付着した鮮血を撫でれば、堪えきれなくなった涙がぼたぼたと床にシミを作っていった。

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