第2話 ドナドナドーナードーナー
そのままパン一つ与えられずに馬車へ詰め込まれた。
いや、馬車の中に水と食糧はあった。
だが、手がふさがれたままだ。
緑髪女にはめられた魔法の施錠は解けたのだが、代わりにちゃんとした手かせをつけられた。
このままじゃ食べにくいし飲みにくい。
苦労しながらどうにか食べようとしていたが、それよりも俺と一緒にもう一人荷車に詰められた奴を見て驚いた。
獣人である。
だが、俺の想像していた獣人と違う。
熊みたいな感じの獣人男だ。
こちらをいぶかしんだ目で睨んでいる。
「言葉は通じるんだったな。どうもー、一つよろしく」
「けっ。人間なんかと話す言葉はねえな」
「おお、ちゃんと通じてる。自分、ここに到着したばかりなんですよ。少しくらい話してもらえませんか?」
「……ふん。どうせ人間なんざどいつも一緒だ。他人を利用して蹴落とし、自分の欲望ばかり追求していい思いをする。そんなことばかり考えてる連中となんざ、話したくねえな。こっちまで心が醜くなる」
言ってる意味はよく分かるしそういう人間が多いのは理解出来る。
別に信用はしなくてもいいから話が聴きたいんだよな。
そうだ、このパンを半分あげたらどうだろうか。
「何かを教えてくれたらパンを分けるってのでどう?」
「あん? おめえ、こっちの話聞いてたか?」
手かせだが上手くパンを拾い上げて熊の口にめがけて……「ちぇい!」
「ムグ……強引な野郎だし変わってんな、お前」
「それは良く言われるな。バイトのミスもごまかすのは上手かったし。いっつもフォローばっかだったけど」
コンビニの仕事なんてミスすんなって方がおかしいくらいやることが多い。
それはいいとして、牢獄の町とやらまで道のりは長いだろう。
とにかく情報を集めないと死ねる。
「俺は八神八雲っていうんだ。あんたは?」
「やが……なんだって? お前、まさか召喚者か!?」
「ん? ああそうだ。あまり大きい声を出すと気付かれるぞ」
「あ、ああ。そうか、召喚者か……なら名前くらいは名乗ってもいい。俺はグラドだ。一体何をしたか知らねえが、名前を変えた方が身のためだぜ」
「そんなもんなんだ。それじゃえーと……」
八神八雲ってのは親が付けた名前だが、友人にはどっちが名前か分からなくなるって言われてたんだよな。
どっちも八がつくし、ハチ……いやいや、犬の名前かよ。
エイト。エイトにしよう。
「それじゃ、俺の名前はエイトだ。よろしくな、グラド」
「ふん。よろしくなんかしねえって言ったろ。調子狂うぜ」
「それで、グラドは何したんだ?」
「それはおめえから話すべきだろうが」
「俺は勝手に召喚されて、魔法が一つも使えなくて、変な緑髪の美女に何もしてないのに体を触ったことにされて、ブチ切れられて牢獄の町とやらに連れてかれるらしい」
「緑髪の女? ああ、リリス・アカデミアだろう。実質この国の支配者だな」
「なぜあの女にそんなことされにゃならんのか理解出来ないんだ」
「恐ろしい女狐だ。あいつの狙いは……いや、止めておこう。しかし魔法が使えないとは不便だろうな。この世界にそんな奴がいるとは思わなかった」
「まったくだ。どうして使えないのかも分からない。なぁ、スキルってのはどうやって使うんだ?」
「自分で考えろ。どんなスキルかも分からないってのに教えられるか」
「それもそうか。それじゃステータス画面とか出せるか? やっぱあの石板が無いとダメか?」
「……はぁ。慣れ合うつもりはねえって言ったのによ。魔法が使えねえお前に出来るか分からねえがよ。リファレンスって言ってみな」
「リファレンス? ……おお。なんか出てきた」
八神 八雲
年齢 26
職業 フリーアルバイター
レベル 1
LIFE 300/300
MAGIC 490/500
STR 2
VIT 15
DEX 30
INT 8888
AGI 3
習得魔法 無し
スキル ▲▲トーク
それは石板に映し出されたものと同じように、自分の視界正面に映る。
だが、他人には見えないようでグラドはそこを見ていない。
「見えたか。そんならお前にもちゃんとマジックがあるってことだな」
「本当だ。あれ? マジックが減ってる」
「レベルはいくつになってるんだ?」
「一だよ。そーいや他のおっさん四だったのに何で俺は一なんだ」
「一? 何だよ生まれたての赤子並みじゃないか。お前そのままなら直ぐ死ぬぞ」
「まじかよ! どうすりゃいいんだ」
「レベルを上げるか、自分のステータスを活かすんだな」
「そうはいってもな。俺のステータス、INT以外全部低いぞ」
「ほう。INTはいくつなんだ?」
「八千八百八十八。バカにしてる数字みたいにみえるな。俺が八神八雲だからなのか?」
「……なんだと? レベル一でそのステータスってお前……天災級、いや、破滅級のステータスじゃねえか」
驚愕した顔をしている。これはよくない。
いつも通りごまかそう。
「ん、やっぱ見間違いだ。八が二個少なかったわ。疲れてるみたいだ。寝てないし」
ここでそんなステータス自慢しても俺には魔法を唱えることが出来ないので無駄ステータスだ。
「それでグラドさん。あんたは何か悪いことしたのかい?」
「兵士の邪魔をしただけだ」
「そりゃ十分逮捕されることだと思うが……警察の邪魔したら公務執行妨害だよな」
「偉そうにふんぞり返って道の真ん中を歩く兵士がとことん気に入らねえ。ましてや子供を邪魔だと弾き飛ばしやがる」
うわあ……この国、そんな腐った国なんだ。
やだやだ、どっか人里離れた場所でゆっくりAI生成でもして生きていたいよ。
このままいくと、牢獄の町で犯罪者扱いされて不自由な生活だよな。
ある意味死刑より重いんじゃないか?
「なぁグラドさん。あんたのやったことは悪いこととは思えないし、俺も悪いことはしてない。良かったらここは一つ……」
「お断りだね。最初に言っただろ。人間なんざ信用出来るわけねぇ」
「さいですか……」
そこからは一言も会話出来なかった。
過去に何かされて、人間に恨みがあるのだろう。
俺としてはそのもふもふな感じの毛を触ってみたかったんだが、怒らせて二度と話をしてもらえなくなったら困る。
この世界に来て初めてまともに情報を聞けた相手だ。
どんな客ともコミュニケーションが大事。
嫌な客でも適切なコミュニケーションが取れれば上客へと早変わりだ。
そうやって俺はコンビニバイトを乗り切ってきた。
相手が人じゃないってだけで言葉は通じてるみたいだから上手くやれるはず。
それにしても……「腹減ったなぁー」
移送されて数時間くらいは経過したか?
国外れの牢獄って言ってたけど、そんなのいつ到着するんだ?
このまま待ってたら干からびるわ。
そう思って外の景色を覗くと、どう見てもおかしな場所に向かってるじゃないか。
グラドは全く気にしてない様子。
そして……急に景色が変わった。
いきなり瓦礫だらけの町に移動だよ。
何だ今の。転送? 転移? 馬車ごと移動したの?
これが魔法ってやつか。
マジックアカデミアってだけはあるな。
それにしてもボロい町だ。
いいや、町とはお世辞にも言えない。
戦争か何かで滅んだ場所のようだ。
「……かわいいーエイト。 売られてゆくよー。悲しそうな瞳で見ているよー……」
「おい、着いたぞ。降りろ」
「へいへい。直ぐ降りますよ」
「お前ら二人は三十一と三十二だ。ムーブメント」
「へっ?」
御者をしていた者が手を広げてそう告げると、手かせが勝手に動き出す。
手が前に伸びて、歩かないと転んでしまう。
手かせに導かれた先は牢屋の中だ。
抵抗しても無駄。
無事牢屋にゲートインですよ。
でも、牢獄のわりに外が見える。
清潔感は無い。
布団も無い。
嫌なツボとベッド。
食事を入れるような隙間はある。
牢屋自体がボロい。
鉄格子かと思いきや、太い木だ。
こんなの火魔法使えたら燃やせちゃうんじゃないの? 使えないけどさ。
そして俺は部屋に先住民がいることに気付いた。
黒くて巨大な虫だ。
絶望した。
近くにあるベッドを思い切りつかんで武器として戦った。
死に物狂いだった。
奴らは沢山いた。
そして、撃退した俺の頭に響く音があった。
【レベル上昇。スキル封印の解放】
……なんだ、今の声。
いや待て落ち着け。まずは黒い物体Xを木の鉄格子外へ出そう。
他にいないか? いないよな? いたら死ぬぞ。精神がな。
確認し終えて一息つき、牢屋の正面を見るとそこにはグラドがいた。
「牢屋は結局グラドの正面だったな」
「うるせえ。お前と話すことなんて何もない。どうせ俺をたぶらかしてだまそうとしてやがるだろう」
「牢屋でか? 魔法も使えないのに?」
「それが嘘かもしれねえだろう」
「それはそうか。でも、俺のことは話したけどお前のことは深く聞いてないだろ?」
「ちっ。誰が話すか」
「おい、うるっせえぞ新入り! 静かに出来ないのか!」
「……すみません。大変申し訳ない」
他の牢屋から怒鳴り声が聞こえた。
しかも女だ。無茶苦茶怖い声。
昔いたバイトの先輩より怖い。
一刻も早く離れたい。
というかさっさと脱出したい。
自分に出来ることを考えねば。
ここで勇者が助けてくれるわけもない。
追放され、見捨てられた。お隣さんも当てにしちゃいけない。
さぁ、脱獄方法を考えようじゃないか。
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