プロローグ①

「フルール・フレッシェント、どうか僕とけつこんしてください!」

 はなやかなパーティー会場、その中央。

 美しいのうこん色のスーツに身を包んだ少年が、赤色のドレスをまとった少女の片手を取ってプロポーズの言葉をおくる。

 その光景は美しく、そして同時に微笑ほほえましさにあふれていた。少年がまだ十歳でプロポーズされた少女もまた七歳と幼く、さらには二人とも幼いながらにうるわしい見目をしているからなおさら、見守る者達の顔はいとおしいと言わんばかりにゆるんでいる。

「ヴィクター様ってば本当に彼女の事が好きなのね」

「ほらご覧よ、フルールじようってば赤くなってしまって。なんて可愛かわいらしいお二人だろう」

「きっと美男美女のお似合いな夫婦になるわ。楽しみね」

 微笑ましそうな言葉があちらこちらから上がる。

 そんな中、フルール・フレッシェントは自分の顔が熱くなるのを感じていた。きっとほおは真っ赤になっている事だろう。

 目の前にはたてひざをついてこちらを見上げる少年。こんぺきひとみがじっとフルールを見つめてくる。

「ヴィクター……」

「フルールの事が好きなんだ。ずっといつしよに居たい。そばに居させてほしい」

 うようなヴィクターの言葉にフルールはむなもとつかんでいた手にぎゅっと力を入れた。

 心臓が大きな音を立てている。自分の体中にひびいているかのような、むしろ体から溢れて外に響きわたってしまいそうな大きな音。掴んだ手にさえもどうが伝わってくる。

 頬の熱が頭の中にまで流れ込んだようで考えが纏まらない。ドキドキする。何かを言わなくてはと思っても、かんだ言葉は激しい鼓動に流されて消え去ってしまう。何も言葉が出てこない。

 それでもとフルールはくちびるを開き……、

「そ、そういうのは大人になってからじゃないとなの!」

 必死な声で告げ、次のしゆんかんパッとその場から姿を消した。


    ***


ずいぶんと昔の事を思い出しちゃった。……なつかしい」

 フルールがだれにともなくつぶやいたのは自室の窓辺。外を見れば美しく整えられた庭が日の光を受けてかがやいている。

 十年も昔のおくだがそれでもせんめいに覚えており、あの時のヴィクターの声までまるで昨日の事のように脳内で再生される。

 そして思い出すと同時にフルールの頬がポッと赤くなった。

「手を取ってプロポーズなんて、急にそんな……ヴィクターってばいつもそう……」

 誰も居ない部屋の中、ここには居ない人物のらす。ついでに窓をペチンと軽くたたくのは八つ当たりだ。

 そんな部屋にキィとかすかな音が響いた。り返ればとびらがゆっくりと開かれる。

 入ってきたのはしつ服を纏った金色のかみの青年。整った顔付きに黒を基調とした執事服がよく似合う。フレッシェント家につかえるルドである。彼はげんな表情で室内を見るも、フルールに視線をとどめると今度は意外な人物を見たと言いたげに目を丸くさせた。

 不在のはずのフルールの部屋。そこから聞こえてくる独り言……。怪訝に思い中をかくにんしたところ部屋のあるじくされた顔で窓辺に立っているのだから、彼がおどろいたのも当然だ。

 だが驚きこそすれども、声をあげたりかい現象だとさわいだりはせず、不思議そうに部屋に入ってきた。

「フルールおじようさま、どうなさったんですか? しよからおもどりになるのは明日の夕刻では?」

「帰ってきちゃった」

「帰ってきちゃったって……。あぁ、いつものですか。申し訳ありません、ノックもせずに入ってしまって」

「良いのよ。げんかんから帰ってこなかった私が悪いわ。でもせめて玄関に戻してくれればみんなに帰宅を知らせられるのに。我がほうながら気がかないわね」

 謝罪をしてくるルドをフルールはなだめ、次いで「いやになっちゃう」と愚痴をこぼした。今はもう何もかもが不満なのだ。

 さきほどまでは一人部屋の中で愚痴っていたが、こういう時は聞き役が居た方がいくらかは気分が晴れるというもの。幸い、愚痴相手に任命されたルドはげる事もせず嫌がる様子も見せず、むしろフルールの苦労を共有するようにまゆじりを下げた。

 それどころか「すぐに紅茶を用意いたします」と告げて一度部屋を出ていく。これは「紅茶を片手にお話しください」という意味だろう。

 これにはフルールも感謝をいだきつつ、テーブルセットにこしけた。


 そうして手早く紅茶を手配してくれたルドを相手に、さっそくと愚痴をこぼす。

 まずさかのぼるのは馬車で避暑地にとうちやくしてからの事。今から数日前だ。

「お昼過ぎに避暑地に着いたのよ。森に囲まれたすずしい風がはん……、夏を過ごすのにあそこ以上の場所は無いわ。だから誕生日までをべつそうで過ごす予定だったの」

「えぇ、存じております。今年こそボートで湖を一周するんだと意気込んでおられましたね」

「ところが、よ。別荘に到着したら見慣れない建物がピッタリ横にりんせつされてるじゃない。うちの別荘よりごうしきよ。その玄関扉が開いて、誰が出てきたと思う!?」

「それは問う必要がございますか?」

 分かりきった答えだと暗に言いたいのだろうルドの言葉に、フルールも思わず顔をそむけて「無意味な質問だったわ」と返した。

 別荘に隣接する、いつの間に建てられたのか分からない立派な建物。そこから当然のように現れたのは……。

「現れたのはヴィクターよ。たいざい中に追いかけてくるだろうとは思っていたけど、まさか先に着いてるなんて思わなかったわ」

 あきれを込めたこわいろでフルールが話し、次いでガクリとかたを落とした。

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