【推理士・明石正孝シリーズ第9弾】特命への道
@windrain
第1話 第一の事件
僕、
今回の移動及び宿泊費用は、隣の県の県警本部が出してくれることになっている。そう、僕たちは解決が長引いている事件のアドバイザーとして呼ばれているのだ。
事の発端はやっぱりあの人、県警捜査一課の田中管理官だった。
なんでも地域ブロック会議で、同期の仲間で隣県の捜査一課の管理官に就任している金田さんという人から、皮肉を言われたらしい。
「君んとこじゃあ、『リアル杉下右京』だの『リアル浅見光彦』だのと言われている大学生が、事件を解決しているそうじゃないか」
どうやら誰かが隣県の刑事にバラしてしまったようだ。推理士・明石の存在は、トップシークレットになっていたはずなのに。
それで「ちょっと苦労している事件があってな、うちにもちょっと貸してくれよ」ということになってしまったという。
田中管理官にお願いされた明石は、例によって迷惑そうな顔をしていたが、実際は推理好きだからまんざらでもないんだろう。
なんで僕まで行くことになったのかというと、僕がいくつかの事件で明石に対する助言者として機能していることを、管理官は高く評価してくれているらしい。あんまり実感はないんだが。
「早いとこ事件を解決して、観光名所を回るのも良いかも知れないな。それに行き先の市には、有名なラーメン屋があるから楽しみだ」
僕が言うと、「遠足じゃないんだから」と明石は呆れ顔で言った。
今回明石は、いつも持ち歩いていたノートパソコンではなく、先日から読書用に使用しているタブレット端末を持ってきていた。こっちの方が軽くて持ち運びやすいからだそうだ。
明石は少なくとも平日はアルバイトをしていない。いつもミステリー研究会で過ごしている。まあ、土日はどうか知らないが。僕はあまりプライベートには立ち入らない主義だから、明石が休日をどう過ごしているのかは知らない。
でも、明石がバイトしている姿はまったく想像できない。少なくともコンビニのバイトとか、無愛想な明石に勤まるとはとても思えない。
だから実は、もしかしたら明石はけっこういいとこのボンボンで、仕送りを多くもらっていて、それでタブレット端末を買ったのかも知れない。
駅には刑事が僕たちを迎えに来ていて、僕たちを行き先の警察署まで車で送ってくれた。
「君たちの顔写真は、あらかじめ向こうに送っておいたから」
と田中管理官は言っていたが、いつの間に撮っていたんだろう? 逮捕された犯人の顔写真みたいなのは、撮られた覚えはないんだがな。っていうか、盗み撮りもいいとこだよな。
「やあ、よく来てくれたね」
警察署で僕たちを出迎えてくれたのが、県警捜査一課から出向いて事件の指揮を取っている金田管理官と須藤署長だった。
てっきり捜査本部の会議室で事件の説明をしてくれるのかと思っていたが、別の小さな会議室へ案内された。どうやら僕たちが来たことは、ほかの刑事たちにはまだ内密になっているらしい。
それもそうだ、どこの馬の骨かわからない大学生ごときに、事件について好き放題言われているところを、刑事たちに見られたくはないだろうからな。
「事件が起こったのは約1か月前だ」
金田管理官が早速説明を始めた。
「刺殺体が発見された。被害者は〇〇、40代男性。凶器は発見されていないが、どこの家にもある包丁と思われる。財布など金目の物が持ち去られていないことから、
実際の事件を連想させる具体的な人名や特徴は省略しているので、こんな簡単な説明になっているが、実際にはもっと具体的な説明だった。過去の推理士の事件記録では、仮名にしたりしてもう少し詳しく記述しているが、今回の事件に関しては、あまり詳しく書いても意味がないと僕は判断している。
「そのアリバイは崩せなかったんですか?」
明石が尋ねると、
「残念ながら崩せなかった。それでも2週間ほど張り込ませてはいたんだが、アリバイが崩せない以上、それ以上疑い続けるのは無理だった」
「この街には、アリバイ崩しを引き受ける時計屋さんはないんですか?」
明石の発言に、金田管理官と須藤署長が首を捻ったのは言うまでもない。『アリバイ崩し承ります』は、この間サークルメンバーが持ってきて、みんなで観賞したDVDだった。
「アリバイがあるのなら、こういうことも考えられますよね」
明石がタブレット端末上に示したのは、思ってもみなかった図だった。
その図には「容疑者A」、「共犯者B」、「被害者C」、「被害者D」と書かれており、さらに「容疑者A」と「被害者C」、「共犯者B」と「被害者D」が線で結ばれていた。
「明石、これって」僕はちょっと考えてから言った。「交換殺人ってことか?」
「その可能性も考えてみる必要があると思う」
「いやいや、明石くん」金田管理官が口を挟む。「未解決の殺人事件は、これ1件だけだから」
「それはわかりませんよ。まだ死体が発見されていないだけなのかも知れないし、ほかの管内ですでに発生しているかも知れないし、これから起こるのかも知れないし」
まさにその時だった、会議室のドアを開けて刑事が入ってきたのは。
「署長、殺人事件です!」
明石はため息をついた。「遅かったか」
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