本編

第1話 ディシュタルトの後継者

 夜空にちりばめられた無数の星々は、煌々こうこうとした光を放ち、地上の民に存在を主張する。しかしながら、そんな星々の輝きさえもかき消してしまうような、一際強い光を放つ建物があった。

 大陸で一、二を争う大帝国、カトラン帝国の皇城がそびえ立つ皇都の中心街から遠く離れた場所。鬱蒼うっそうとした森の中、広大な土地にあるのは、邸宅。否、巨城があった。一国の心臓だと言われても納得できてしまうほど、美しい外観をほこるその城は、帝国屈指くっし公爵家こうしゃくけであるディシュタルトの本拠地だ。

 巨城にかかげられるのは、ディシュタルトの紋章が刻まれた旗。そこには、かつて女神ファニエトにより、ディシュタルト家の初代当主とその妻に授けられたと言われる、天空をく伝説の剣と無限の知力を有する禁書が描かれている。

 そんなディシュタルト公爵城では現在、家門の人々を招待した大々的なパーティーが開催されていた。


「ディシュタルト公爵家次期公爵、私の跡を継ぐ後継者を発表する」


 くせのないシルバーグレーの長髪をひとつにくくり、髪色と同色のひげたずさえた男性。青紫の宝石、コスモオーラ色の切れ長の瞳が美しい。全身から厳格げんかくさがただよっている。

 彼の名は、ロレンソ・フォン・ディシュタルト公爵。ディシュタルト公爵家当主だ。


「世界最高峰さいこうほうのアカデミーを名だたる名家の令息れいそく令嬢れいじょうを差し置いて飛び級で主席卒業。学業と両立しながら、領地を運営し、他家との数々の商談を成功にみちびいてきた。我がディシュタルト公爵家が保有する北部の領地のひとつであり、他国との戦争により疲弊ひへいしたスフォルをわずか二年で見事復興させた。フォード侯爵家こうしゃくけとの共同事業では、平民をターゲットとした安価な甘味を開発し、一躍いちやく有名となった」


 ディシュタルト公爵は、自身の家族、直系たちを前にして、淡々と話す。


「銃専用の狩猟しゅりょう大会優勝、剣技においても男に引けを取らない成績を残している。才能はもちろん、柔軟じゅうなんな思考力、判断力と思慮しりょぶかさ、あらゆる状況に対応する臨機りんき応変おうへんさ、いざという時に周囲を切り捨てる冷酷れいこくさなど、公爵家の主として必要な力をね備えている」


 ディシュタルト公爵の言葉に、パーティーに参加している家門の人々は、衝撃的な表情を浮かべた。


「ディシュタルトの後継者に、我が愛孫あいそんであるベネデッタ・フォン・ディシュタルトを任命する」


 会場が騒然そうぜんとする。

 帝国屈指の公爵家の後継者に任命された本人は、ちょうどバルコニーから戻ってきたところだった。ディシュタルトの後継者を発表する歴史的瞬間だというのに、当の本人は聞いていなかったのである。その理由は簡単。どうせ選ばれるのは自分だという圧倒的な自信があったからだ。

 白金に輝くマーメイドラインのドレス。豊満な胸元を見せているにもかかわらず、大人の色気とカリスマ性により変ないやらしさを感じさせない。細くくびれた腰から尻にかけてのラインが魅惑みわく的だ。後頭部で複雑に編み込んだハイミルクティーベージュの髪の上には、光り輝くティアラが鎮座ちんざしている。丸みをびた額に、吊り上がった眉毛まゆげ、その下には、自ら発光するかのような鮮やかな青色の宝石、パライバトルマリン色の瞳が現れる。絶世の美女として一世いっせい風靡ふうびしたディシュタルト先代公爵夫人と同色の瞳だ。スッと通った鼻筋に、分厚い唇。完璧なパーツが完璧な位置に配置されたその姿を、彼女の家門にちなんで〝女神ファニエトの降臨こうりん〟とうたう者もいる。

 周囲を一切寄せつけない。世界の名だたる美女たちも彼女の前では萎縮いしゅくするほどの圧倒的強さ。

 女性の名は、ベネデッタ・フォン・ディシュタルト。22歳。ディシュタルト公爵が最も溺愛できあいする孫にして、たった今、ディシュタルト小公爵となった気高き人だ。


「屈指の男好きとして有名なあの者を後継者に任命されるなど、我がディシュタルト家の品格が下がります! 父上! どうかご再考を!」


 フィンセント・フォン・ディシュタルト。40歳。ディシュタルト公爵の嫡男ちゃくなんであり、ベネデッタの伯父おじに当たる。

 シルバーグレーの髪を後ろに撫でつけ、清潔感あふれる装いをしている。亡き公爵夫人から受け継いだローズクォーツ色の瞳は、憤怒ふんどまみれていた。


「これはディシュタルトの当主の座を狙う者全てに言えることだが、何かひとつでも、ベネデッタに勝るものはあるか?」


 ディシュタルト公爵の問いかけに、フィンセントをはじめ、ディシュタルト公爵家の直系たちは黙りこくる。


「ないでしょうね」


 沈黙を破ったのは、ベネデッタ本人だった。ワイングラスをくるりと回す。透明の舞台でワインが華麗かれいに踊るのを注視しながら、厚い唇に弧を描いた。


「貴様っ!!!」

「あら嫌だわ、伯父様。私は事実を述べたに過ぎませんのに逆上ぎゃくじょうするなんて。お祖父じい様に認めてもらえない根本的な原因は、そういうところにあるのではなくて?」


 頬に手を添えて小首をかしげるベネデッタは、あまりにも美しい。パーティーに招待された令息たちは皆、官能かんのうさと神々こうごうしさを持ち合わせる彼女に夢中だった。


「ふむ……。何においてもベネデッタがひいでているのは事実だが、我が息子の主張も一理ある」


 ディシュタルト公爵の言葉に、フィンセントは一縷いちるの望みを見出す。全力で肯定しようと彼をさえぎったのは、ベネデッタだった。


「お言葉ですが、お祖父様」


 ベネデッタは人々が作り上げた花道を優雅ゆうがに歩き、ディシュタルト公爵の目の前で足を止める。


「男好きという噂は以前までのもの。今はもっぱら、男性に興味はありませんわ」


 美貌びぼうたたえられる意味いみ深長しんちょう微笑びしょう。ベネデッタの言葉が嘘か誠か、見抜ける者はいなかった。

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