荘厳なるタムントナカル

鹿

第1話 再来

 【タムントナカル】、それは【砂の同盟】。私の稚拙な翻訳によるものだが…まぁ、現地人がそれで良いと言っていたから良いのだろう。実際には、【土地の同盟】とかそういった直訳になるのだろうが、まぁ【砂の同盟】の方がこの地の実情に合っているだろう。

 【西サハラ】。かつて国家たるモロッコ王国と人民解放戦線を名乗る独立系勢力であるポリサリオ戦線との間で、激しい戦闘のあった場所。その戦闘が汎世界的国際組織に仲裁されて停戦、その際に独立に係る住民投票を行うことになっていたものの、遊牧民が余りに多く有権者の認定が困難を極め、無期限の投票延期、その間にモロッコ王国はインフラ整備など実効支配を強めていた。

 その後、ボリサリオ戦線は時代の経過とともに勢力を弱め、そして同時期に生じた第三次世界大戦の影響から、モロッコ王国もアフリカ連合共和国に吸収、そして、この地域にはボリサリオ戦線の影響を受けた独立支持派勢力、【イトランナカル】が残された。彼らは近代遊牧民の集まりであり、その名も【地上の星々】といった意味。彼らは巨大なコミュニティを結成し、地域統合の動きにある国際社会にあって数少ない独立系勢力として活動していた。

 そんなところに私が来たのは、ある噂を聞いたからだった。

[【イトランナカル】の中で何か大きな取り決めがあったらしい。現地関係者によれば、同盟やそれに類する協力関係だという話だが、あり得そうな筋はほとんど否定していて、その相手が分からない。]

 私は、昔から【イトランナカル】に対して少なからざる恩義を感じていた。西サハラ問題を取材に行ったとき、強盗に襲われ、荷物を奪われて身一つで砂漠に置いて行かれた時、拾い上げて衣食住を分け与えてくれたのは彼らだった。それ以来、あの地域にのめり込み、モロッコ王国とも危険な駆け引きをして取材し続け、国際社会にその支持を訴え続けてきた。そんな彼らが、仲間を得た。その情報は、私を再びあの砂地へと向かわせるのに十分な威力を持っていた。


「やぁ、久し振り。」

「お久しぶりだね~!」

 彼はベグリ・フォルミシェオ。明るめの茶髪をポニーテールに纏めた、黄色い肌の大きな黒い目を持った青年だ。【イトランナカル】の外務担当者で、日本語を流暢に話す。

「君は変わらないね。」

 私にとっての彼のイメージと今の彼は、一切変わっていなかった。ワイシャツとクリーム色の薄手の長パンツ。そしてシャツインパンツで腰紐を蝶結びにして垂らしているだらしないような恰好。そして、背中に掛けたH&K UMP40。いわゆるサブマシンガンであるが、やはりそれが一瞬で命を奪うものだと知っていると、かなり恐ろしくも感じる。そのほんわかとしたイメージの裏に、実際には各国と腹黒い交渉を繰り広げて来た歴戦の経験が煮えたぎっている、

「そうかな?まぁ、取り敢えず続きは中で話そうよ。」

 私がチャーターしたプロペラ機でやってきたこの小さな飛行場に、彼は4WDのジープを付けてくれた。ソフトトップ、即ち幌製の天井ではなくハードトップ、鋼鉄製の天井、オフロードタイヤに高性能サスペンション、そして高い車高とV字型の底面形状からすぐに分かる事だが、改造車である。

「これの乗り心地は相変わらずかい?」

 見たところ、私が最後に来た2年前と大して変わりはなさそうだった。

「そうだね。ただ、クッションはランクアップしたよっ。」

 若干笑いを含みながら、彼は助手席に置いてあったクッションをポンポンと叩く。正直、この車の乗り心地は悪い。日本車で、整備された道路ばかりを通っている身としては、臀部の痛みに苦しむ程度には。

「それはよかった。よいしょっと。」

 冗談交じりの会話に、少し懐かしさを覚えつつも、私は助手席に足を大きく上げて乗り込む。癖でシートベルトをしようとして、そう言えばそんなものは無かったと思いだし、右手が行き先を失ってしまう。

「ははっ、なんだか懐かしいね。」

 以前来た時にも、この所作を笑われたものだ。私も苦笑いを浮かべつつ、しっかりと座り直して、扉を閉める。

「じゃあ行っくよ~。」

 彼は、アクセルを踏み切る。急激な加速に体がシートへ叩きつけられるが、これも日常。しっかりと掴まって、デザートハイウェイを行く。この先に待つ戦乱など、この時は何も知らなかった。

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荘厳なるタムントナカル 鹿 @HerrHirsch

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