明日の配達人出社拒否

ちびまるフォイ

明日なんか来なければ

「仕事、やめたいなぁ……」


同僚が明日倉庫でつぶやいた。


「辞められたら困る。俺の明日の配達担当はお前だろ?」


「明日を配達するのが憂鬱なんだよ……」


「毎日決まった時間と、同じ人に明日を配達する。

 こんなに楽で安定した仕事は他にないぞ?」


「でも、見ちゃったんだよ」


「なにを?」

「明日」


「な、なにしてんのお前!? 顧客の明日を見るのはルール違反だぞ!!」


「どうしても死んでほしくないんだよ……」


「はあ?」


そのときもっと強く引き止めておけばよかったと今になって思う。

翌日、同僚は来なかったことで上司はカンカンだった。


「あいつの分もお前が配達しろ! わかったか!!」


「ひえええ……」


午前0時。配達の時間。

配達人の全員が配達を終えるまで、世界の時間は停止する。


「さて、ちゃっちゃと運ぶか……」


明日が入った段ボールを担ぎ、同僚ぶんの明日を配達する。

配達先は病院だった。


なんで同僚が仕事をやめたがったのかがわかった。


「この子……病気なのか」


配達先は病気の少女だった。

明らかに生先短そうなほどやせ細り、機械に繋がれている。


明日を配達することで彼女の病状は進み、

やがて死を迎えることになるだろう。


枕元にはクラスメートや家族などの励ましや、

何セットもの千羽鶴が吊られている。


この子に明日を配達するということは、

自分のこの手で死へと背中を押すことに等しかった。


「……それであいつ嫌になったのか」


自分の肩に抱えたままの明日。

これを届ければ仕事は終わる。


でもこの子はーー。


「た、たかが1日くらい配達しなくても……バレないよな」


自分は配達できなかった。


かといって、同僚のように自分の仕事を投げて

自分の生活を破壊するほど捨て身になることもできない。


こっそり少女の明日を海に捨てて、

さも仕事をやってきたように配達先から戻った。


「ようし! 配達おわり!! 明日をはじめる!!」


自分へ明日を届ける担当の同僚はいないので、

今日に限っては上司が自分に届けることになった。


どうやら上司にはバレなかったようで、世界の明日が始まった。



が、すぐにバレた。


ブチキレた上司に呼び出されてすべてを悟った。


「貴様!! 明日を配達してないな!!」


「そ、それは……!!」


「お前が病気の少女の明日を配達しなかったせいで、

 少女の周辺の人の明日と食い違いが生まれてる!!」


「それくらいなら問題ないのでは……?」


「それくらい!? バカ!! 大問題だ!!

 たった1人の明日がないだけで、他の大多数の人の明日が止まるんだ!!」


「えええ!?」


1人だけ明日を始められない場合、

その人が登場する明日を持つ他の人も、明日を始められなくなる。


たかが1人でも影響は大きかった。


「すぐに明日を運んでこい!!

 今も家族や医者は少女が登場する明日をはじめられないまま

 フリーズしたままなんだぞ!!!」


「で、でもどこかに……その失くしちゃったみたいで……」


「なにやってんだ!!! 死にものぐるいで探してこい!!」


「根性論!?」


火山のように噴火しっぱなしの上司には何言っても効果はなく、

明日を再度配達することしか選択肢はない。


といっても海に明日を捨てたので探しようもない。


「明日のかわりにあさってを配達すればいいか。

 そんなに明日と変わらないだろう。どうせ寝たきりだろうし」


海原を探す途方もない努力よりは、

明日倉庫に納品されている「あさって」を探すほうが現実的だ。


少女のあさってを探すことにしたが、探してもまったく見つからない。


「お……おかしい。なんで見つからないんだ。

 こんなに探して見つからないなんて……」


明日倉庫は理路整然と整頓されている。

それだけにこんなに探しても見つからないのは異常事態だった。


ひとしきり探しても見つからないと確信したとき、ひとつの答えが浮かんだ。


「まさか、彼女は明日が最後の日だったんじゃないか……?」


自分が捨てた明日は少女に取って最後の日だった。

明日死ぬはずなのであさっては当然届かない。


これだけ探して見つからないのが何よりの証拠だった。


「ああ、どうしよう。これじゃ少女が明日に登場する人はすべて明日が止まったままだ!」


もうどうしようもなかった。


別の人の明日を配達すれば良いとも思ったが、

代わりに明日を失った人は同じように明日が止まる。


八方塞がりに思えた。


ただ1人をのぞいて。


「待てよ……。あるじゃないか。余っている明日が」


明日倉庫の奥の奥。

関係者通用口を抜けた先。


配達人用の「明日」が納品されていた。


そのうちただ1人。手つかずの明日が残されていた。

それは元同僚の「明日」。


配達人たちは仕事を終えると明日が渡される。

途中で逃げた同僚には渡されなかった明日が残っていた。


「本人の明日じゃないけど、これなら問題ないだろう。

 明日さえ配達できれば他の人の時間も動くはずだ」


それはまるでゲーム機の本体とゲームソフトのような関係。

本体に別のゲームソフトを入れれば、同じ身体でも別の世界をはじめられる。


少女も死の運命から解放されるし、

少女が止まり続けることで他の人が停止する状況も治る。


「完璧だ! これで万事解決だ!!」


少女に同僚の明日を配達し終えた。

病気と戦う明日ではない日常がはじまった。



翌日の午前0時。


仕事を終えた配達員たちはいつもの配達場所に集められる。


「今日の配達もご苦労さまだ!!

 逃げたあいつの代わりに新人も紹介する!!」


配達員たちの人垣から、ひときわ小さな背の少女が前に出た。

その子には見覚えがあった。


「あ、あのときの……!」


自分が病院で見た病弱少女そのものだった。

同僚の明日を得たことで別人としての人生を始めていた。


「自己紹介は後で個人ごとにするように!」


朝礼が終わると少女がやってきた。


「お仕事お疲れ様。これが私の最初のお仕事」


「これは……俺の明日?」


「そう。最初の配達は、配達人相手にするのが決まりだから」


「そうだったけなぁ。ありがとう、開けてみるよ」


明日の段ボールを開けた。

そこに詰められていた自分の明日ですべてを悟る。


「うそだろ……。俺、明日で最後なのか……?」


明日に待っていたのは進行過ぎた病気の宣告。

もう自分にあさってが来ないこと。


それらを知るイベントが明日に詰まっていた。



「なぜか、私の前任はどうしても運びたがらなかったみたい」



少女はさして興味なさそうな表情で言った。


同僚は少女への配達がイヤになったのではなく。

俺へ明日を届けるのがイヤで辞めたのか。


わかったときには、もう自分の時間は限られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

明日の配達人出社拒否 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ