【完結】鬼太郎が出てこない

湊 マチ

第1話 影の中の記憶

霧が立ち込める朝、港町の古びた路地を歩く三田村香織の姿があった。かつての繁栄を感じさせる洋館や石畳の道は、今や時の流れに風化されていた。香織はふと立ち止まり、周囲を見渡す。


「この町も随分と変わったな…」香織は独り言を呟くと、幼い頃に遊んだ場所を思い出した。彼女が一番好きだったのは、港近くの古い神社だった。そこには妖怪たちの伝承が息づいており、子供心に恐怖と興奮を与えてくれた場所だった。


しかし、何かが違う。香織はその違和感に気づきながらも、神社へ向かって歩き出す。霧が深く、視界がぼやける中、彼女は幼い頃の記憶を頼りに進んだ。


やがて、神社の鳥居が薄暗い霧の中から姿を現した。香織は深い息を吸い込み、神社の階段を一歩一歩登り始める。鳥居をくぐると、古い社殿が現れ、その前に佇む神主が彼女を迎えた。


「久しぶりじゃな、香織さん。」神主の落ち着いた声が霧の中に響いた。彼の目は歳月の重みを感じさせるが、どこか優しさが滲んでいた。


「久しぶりです、宮司さん。」香織は微笑みながら返事をした。「この神社は変わらずにここにあって、なんだか安心します。」


「そうじゃな。この町も変わったが、神社だけは時の流れに逆らっておる。」宮司は穏やかに笑った。「さて、今日は何のご用かな?」


香織は一瞬言葉に詰まったが、意を決して話し始めた。「実は、幼い頃に見たあの『鬼太郎』について、もう一度知りたくて。この町の伝承や妖怪について、改めて調べたいんです。」


宮司は静かに頷き、社殿の奥へと香織を案内した。そこには古びた書物や絵巻物が並べられており、香織の胸は高鳴った。彼女はこの場所で、かつての記憶と向き合い、新たな謎の扉を開く準備を始めたのだった。


香織は宮司の後を追って社殿の奥へ進んだ。薄暗い部屋には、古い木製の棚が並び、所狭しと巻物や書物が置かれていた。宮司はその中の一つを手に取り、慎重に広げた。


「この絵巻物には、かつてこの町で目撃された妖怪たちの姿が描かれておる。」宮司は絵巻物を広げながら説明した。「君が幼い頃に見た『鬼太郎』もここに描かれているかもしれん。」


香織は興味津々で絵巻物を覗き込んだ。色あせた紙には、奇怪な姿をした妖怪たちが詳細に描かれていた。あるものは大きな目玉を持ち、あるものは長い髪を振り乱している。香織はその中に、幼い頃の記憶と重なる姿を探し出そうとした。


「これ…かもしれません。」香織は一つの妖怪を指差した。それは、小柄で丸い目をした妖怪で、どこか親しみやすい表情をしていた。


「ふむ、その妖怪は『目玉おやじ』と呼ばれておる。だが、鬼太郎そのものではないな。」宮司は香織の指摘を真剣に受け止めつつも、別の巻物を取り出した。「こちらも見てみると良い。」


香織は次々と絵巻物をめくり、古びた紙の感触に思いを馳せながら、過去の記憶を掘り起こしていった。すると、一枚の絵巻物に描かれた姿が、彼女の心に強く響いた。それは、小さな子供のような妖怪で、大きな髪と特徴的な衣装を身にまとっていた。


「これです!これが、私が見た『鬼太郎』です!」香織の声には確信があった。彼女はその姿を見つめ、幼い頃の記憶が鮮明によみがえるのを感じた。


宮司もその絵巻物を見つめ、しばらくの間沈黙していた。「香織さん、この妖怪は確かに『鬼太郎』に似ておるが、何かが違う。実は、この絵巻物には重要な欠落があるのじゃ。」


「欠落…ですか?」香織は驚きながら尋ねた。


「そうじゃ。この絵巻物には、本来描かれているべき部分が抜け落ちている。それが何を意味するのか、私にもわからん。しかし、それが君の探している答えに繋がるかもしれん。」宮司はそう言いながら、香織に絵巻物を託した。


香織はその絵巻物を手に取り、決意を新たにした。彼女はこの欠落した部分の謎を解明し、『鬼太郎』の正体を突き止めるために、さらなる調査を始めることを決意した。


次なる手がかりを求めて、香織と涼介は港町のさらに深い歴史に迫ることになる。そこで待ち受けるのは、想像を超える恐怖と真実の影であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る