転生姉妹は加護の力で亡国への悲劇を回避する

汽湖

〜1〜 圧倒的に抗える力を

妹は乙女ゲームというものが大好きだった。

発売日には必ずお店まで買いに行き全ての攻略対象キャラクターのルートを攻略する。一つのゲームで何度も同キャラクターの攻略をしているようだった。乙女ゲームというものをプレイしたことが無い私は一度、同じキャラクターのルートを何度もプレイするのは何故か、と尋ねたことがある。

すると彼女は

「選択を一つでも変えると同じルートでも違う台詞や横道が出てきて、それが醍醐味なの!」

と楽しそうに言っていた。

そういう楽しみ方なのかと私はそれ以来、彼女がゲームしている様子を横で見ながら私は乙女ゲームのストーリーを楽しむようになった。


今日は妹が楽しみにしていた乙女ゲーム『桜舞う亡国の騎士と賢者・2』の発売日だった。店舗特典付きが欲しいという妹と共に私もその買い物に一緒に行った。両親は共働きだったから私は一人で家に居る事は怖かったのだ。

いくら警察から接近禁止命令が出されたとはいえ、またあいつが家に来たらと思うと私はとても怖かった。



その恐怖は現実となった。



妹と並び歩きバス停へ向かっていると突然の背中への衝撃と共に呼吸が奪われた、何が起こったかわからない、声を出そうとするが呼吸が抜けていく感覚だけがある。私は立っている事が出来なくなる、膝がガクンと意思と反して折り曲がりアスファルトにガツンと膝を打ち付けた。衝撃はあったが痛みは不思議となかった。

私にはもう身体の殆どの感覚がなくなっていた。

「お姉ちゃんっ~~~~っ、…~~ッふう・ぐッ」

傍に居たであろう妹が膝を付いて倒れかける私をそいつから庇い覆い抱く、その力はこれまでにない強さだ。

私をその体で守り抱き込む妹の体がビクリと鳴った、きっとあいつは妹も殺す気だと思った。

最後に視界に入った地面に落ちていたハンドバックから零れ落ちたコンパクトミラーにそいつが持っている血まみれの大きなナイフが映る、その柄にも手にもべっとりと血があった。何度も刺している、大事な妹も私も。

寒い、視界がぼやける、ああ、このまま死に逝くのか私は、見知らぬ男に奪われるのか生を。

意識が薄れゆく中で私はこの不条理な死にこの上なく腹が立った。


そして願った


叶うなら次の人生では不条理な暴力に圧倒的に抗える力を―――






サヴァール王国は年間を通して温暖な気候である。

北に巨大大湖アブール、南に海と唯一国境を平地で接するニルドネア王国、東はアラウ山脈、西はヤンヴィエ山脈があり、海を挟んだ東南には島国のチャルドウズ王国がある。


サヴァール王国の一部の人間には生まれながらに加護を持つ者が存在する。殆どが遺伝による『受け継がれ』によるもので、その加護が歴代最も優れていた者がこの国を作った初代サヴァール国国王アルヴァ・ルドルフ・サリーリャであった。彼はその加護の力と求心力で人心を集め、兵を束ね、この地にいた魔族を追い払った。そしてその妻であり初代妃王アルヴァ・サーマン・サリーリャの加護『神聖雨しんせいう』で魔族に浸食されたこの広大な土地を浄化し現在の豊かな土地にした。

『神聖雨』はその名の通り雨を呼び聖なる雫で土地を浄化し肥沃にする。

この『神聖雨』と呼ばれる加護は加護持ちが死ぬとその子の一人にのみ受け継がれる、世界に一人しか持たぬ加護である。

そしてその子が次期王、もしくは妃王となる。

絶大過ぎる故に『神聖雨』の加護を持つ者は他国に狙われる事も多かった。過去には凄惨な戦争もあり現在では王族の守護騎士が加護を持つ者と『受け継がれ』の可能性がある子達それぞれに六人付いており、二人一組三交代で守護にあたっている。




王城の中でも更に奥に王子王女が暮らす王区にある庭、転んでも擦り剝いて怪我をしないように敷き詰められた芝をとすとすと歩く子供、彼女は両手でその年齢の子供が読むには分厚い本を抱きながら木の下の定位置に向かっていた。

アルヴァ・イエル・サリーリャ、この国の第二王女である。

「アルメイルはまだなのね、ん~、もうこっちに向かっているみたい!」

言いながら片足でクルリと回るとオレンジ色の髪が空に軌跡を描くとバランスを崩し転んでしまいそうになる。彼女から少し離れて仕えていた守護騎士二人が芝を蹴り幹に手を伸ばす。転ぶ前にイエルは傍の木の幹を掴むと大人二人が両手を広げても幹の向こうには届かぬ大木の幹はメキリと音を立て木の一部が彼女の手の中に鷲掴まれ納まる。

「イエル様!!!落ち着いてください!」

「早く木からお手をお放し下さい!!!」

そう叫ぶと守護騎士の二人は木を両側からそれぞれ支えるがその間も木にメキメキと亀裂が入っていく。

「あ!ごめんなさい!」

イエルは慌てて手を放したが大木に入った亀裂はその自重を維持できないほどに広がっていく。

「ど、どうしようっ、ふ、二人とも、危ないから木から離れ…っ」

慌てふためくイエルを抱き抱え退避しようと守護騎士のサイスが踏み出そうとし、大木が倒れるかと思われた寸前に駆けてきた少年が大木に触れると入っていた亀裂がみるみると閉じられていき元の状態に戻った。

元の姿に戻った木の幹をよしよしと撫でながらその少年は肩をすくめながら振り返る。

「まったく、イエルは『剛力』を無意識に使わないようにもっと訓練しないとダメだなあ、皆、怪我は無いかい?」

少年は大木から手を放し、イエルの方を向くと

「ア、アルメイル~ッ!!!」

とイエルは涙目で彼に飛びついた。

こうやって二人が揃うと可愛さ二万倍だなと彼らを見ている二人の守護騎士四名は口元が緩む。

アルヴァ・アルメイル・サリーリャはイエルの双子の弟でありサヴァール王国第一王子である。二人はやわらかいオレンジ色の緩くウェーブがかった髪、瞳の色は芽吹いたばかりの若葉色をしている。この色は祖母にあたる前妃王と同じであった。先月九歳になった二人はそれぞれ健康に育っていた。

この双子の王子と王女は加護を複数持つという王族どころかこの世界でとても珍しい存在であった。

『剛力』の加護はイエルが父王から『受け継がれ』た加護である。その名の通り『剛力』で怪力が常時の彼女なのでこれを通常の生活時に意識的にオフにするのだがとっさの時にオンになってしまう。

『受け継がれ』た加護の他にもう一つ『新生加護』がある。

『新生加護』とは『受け継がれ』ではなく誕生時に新たに授かる加護でこれは『受け継がれ』ない。何故、『受け継がれ』と『新生』があるのかははっきりとした事は解っていない。そして誰がどんな加護を持っているかは他者にはわからない。本人が自覚しても隠し通せばそれで済む、しかし職に就く為に有利な加護であったりすると敢えて加護持ちと明かす者もいる。加護に関しては過去の戦の原因であった事から『受け継がれ』でなければ明かす必要は無い。

因みに『新生加護』は『神聖雨』で浄化された土地で生まれ育った者に稀に現れる事からサヴァール王国国民にしか確認されていない。

これ故に『神聖雨』の加護を持つ者及び『受け継がれ』の可能性がある王子王女は他国に狙われ続けている。

主に西側のヴァイアル山脈の向こうにあるエルドラム帝国に、である。




(この世界にも桜があるのよね)

アルメイルと一緒に木の下のベンチにいつものように並んで座るとメイドが入れてくれる紅茶の香りが風に乗る。

まさか力を欲したとはいえこんな人外な怪力持ちなんてお嫁にいけない、と思い心の中でくすりと笑ってしまう。

そう、彼女は転生してしまったのだ、前世で妹がプレイしていた乙女ゲームの一つ【勇者と花冠の姫】の世界に似た異世界に。

(似てはいるのよ、でも…)

主人公は見当たらない上にこの国の王女、第一王女の姿が違うのだ、イエルの姉である第一王女アルヴァ・キュイ・サリーリャが乙女ゲームの王女と姿も『加護』も全く異なるのだ。美しく強いイエルの姉は『新生加護』によりアースドラゴンを召喚出来る。この世界ではドラゴンは神獣である、そのドラゴンを召喚出来る加護は姉上しか知らないとイエルは思考する。

(まあ、ゲームと全く同じ世界だったら私もここにいないわよね。それにしてもキュイ姉様ってどこかで見たことあるのだけど…)

それがどこだったかいつだったかも思い出せない。前世の記憶のどこかに。

「…エル、イエル!どうしたの?」

(しまったまた思考の波にのまれていた)

「ごめんなさい、なんでもないわ」

そう言いながら双子の弟アルメイルに笑みを向ける。

何故だろう、この子といると何故か前世の自分の感覚が強くなる?とイエルはその顔をじぃっと見る。今はまだ九歳なのに口調が二十歳になってしまう、いけないいけない、と心の中で頭を振る。弟は前世の記憶にあるだろう知り合いには似ていない、そもそも男の子の知り合いなんていないのに、とまた思考に意識を沈めそうになっていた。

そんなイエルをよそにアルメイルは何かに気付き視線を上げた。

「あ!キュイ姉様と、アースドラゴンだ!ドラゴン、いいなぁ、乗ってみたい~!」

アルメイルの声にイエルも彼が見上げている方向を見ると、王区と政務区の間を繋ぐ石積みの渡り廊下の上に彼らの姉であるキュイ王女がアースドラゴンから降りてきた。

キュイ王女はかなりの行動派だ。アースドラゴンに乗り城下を空から視察するのは彼女の日課である。以前は離れた農村まで行っていたが流石に守護騎士を置いて行っての遠出には王である父と王妃である母に怒られ一カ月の謹慎を課せられた。

(あの時はお姉さまがどんどんやつれていってちょっと可哀相だった)

とイエルは思い出し顔には出さずに苦笑する。

するとアルメイルが隣のイエルにしか聞こえない位の声で

「キュイ姉様って【竜使いと宝剣】のイングラシア姫にそっくりだよなぁ」

とボソリと言った。

その言葉の衝撃にイエルはぐりんと頭をアルメイルに向けその瞼を限界まで開いた。

「アルメイル?今、なんて…?」

そのタイトルは前世で妹が大好きだった乙女ゲームの一つだ、タイトル名を知っている弟をイエルは驚き過ぎて口をパクパクしている。

その様子にアルメイルは目の前の姉も自分と同じ転生者だと即座に理解した、同時にこれを周囲に知られるわけにはいかないとイエルの耳元に口を寄せる。

「イエル、夜、部屋に行くから、この話は内緒、わかった?」

言っちゃ駄目だよと口の前に人差し指を立てる。

弟の指示にイエルはこくこくと小さく頷いた。





サヴァール王国の双子の姉弟は七歳の誕生日を迎えてから別々の部屋で夜は寝るようになった。これは王族の為来たりだったのだが仲の良い双子はよく互いの部屋を行き来していた。これは夜間も彼らを守る守護騎士達も知っており上官である守護騎士隊長から王国騎士団総長へ伺いを立て王及び王妃から十五の誕生日までは黙認するようにと指示が下りていた。



「イエル、起きてる?」

昼間の約束通りにアルメイルが夜着に絹のガウンに袖を通した姿で静かにドアを開けて入ってきた。

「起きてる!こっちこっち!」

とベッドの中から手招きをしたイエルも夜着に少女っぽい可愛らしいガウン姿だ。

「アルメイル、ね、ねえ、昼間のアレ…」

あの時聞いた乙女ゲームのタイトル、そんな者をこの世界の人間が知る由は無い。それを知っていたアルメイルの正体が気になって仕方がなかったイエルは夕食の味がわからないほどだった。

「その前に確認、イエルも転生してきたの?」

布団の中に潜り込み、月光石を使ったランプで互いの顔だけが見える。

「う、うん、えっと…そう。アルメイルも?」

「ぼくも。ここに生まれ変わる前は乙女ゲームが好きだった。はぁ、だぁっい好きな乙女ゲーム、『桜舞う亡国の騎士と賢者・2』をプレイ出来ずに、死んじゃった。ここは大好きなタイトルのひとつの【勇者と花冠の姫】の世界なのにどうして攻略キャラでも主人公でもなく双子なのだろうとは思ったけどね!でも、いざ男の子として育つと今の自分と前世は精神的に切り離してしまうから、前世を思い出した時は魂に性別ってないのかなぁと不思議だったよ」

じっとアルメイルの言葉を聞いていたイエルは不思議そうにそのくるくる変わる表情を見て懐かしさに襲われた、もしかしてと思ってしまう。

「私は前世も今も同じ性別だけど、ゲームは妹がプレイしているのを見ていただけで自分ではしてなくて、プレイはしてなくて」

そんな都合の良い事がある訳がない、でも、もしかしてとシーツを破らない様にぎゅうと握る。

「え…、双子って事はもしかして同じ日に時間に転生したって事だから…同じ時間に死んだ?まさか…お、お姉ちゃん?なお姉?」

その呼び方にイエルの全身が震える。

やはり自分の巻き添えに妹もあいつに殺されたのだと、自分だけじゃなくあの理不尽なストーカーに!!!!!


「う゛、ぅ…、えり…ッ、ごめん…ごめ…」

視界がぼやけ溢れた涙がぼとぼととシーツに落ちる。

「なお姉が謝る必要なんて微塵も無いよ!!!!よかった、また、なお姉に会えて…良かったぁあ…!」

泣かないでおこうと思うアルメイルの目からも涙が零れ落ちる。

「今度は絶対守るから、何者からも僕が守る…っ」

その為の今は加護という力が自分にもある。

姉とイエルと同じ父王からの『剛力』に加え母妃王からの『完全治癒』、そして『新生加護』がある、これからは加護も自力も上げて行かなくてはと泣き止まぬイエルの涙を袖で拭きながらアルメイルは誓った。


(イエルを守る為にも絶対にこの国を≪亡国≫にしてしまうルートだけは回避する)

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