影の見る夢

洞門虚夜

0.1空腹の放浪者

 足が重い。

 ここはどこだ…

 今まで何があった…

 なぜ自分は歩いているんだ…?

 あぁ、意識が朦朧とする…


 これは…何の匂いだ?

 あぁそうだ、おいしい魂の匂いだ…

 …いつから食べてなかったんだ?

 あぁそうだ、あの暗闇から出てからだ…

 ものすごく…腹が減った…

 あぁ、何だか考えることもどうでもよくなってきた…

 ただ…空腹だ…


「おなか、すいたなぁ…」


 すぐ近くに、古びた台座の上に寝かされている大切な存在がいる。

 …なぜ大切だと思うのだろう…

 意識が朦朧とする…


 寝ている彼のために殺して、殺して、殺して、殺して、殺して…

 魂を集めて、集めて、集めて、集めて、集めて、集めて…

 何人殺しただろうか、何匹、何体殺しただろうか。


 僕には重要な役目がある…

 なぜかはまだ思い出せない。


 それでも僕は彼に何か特別な感情を抱いていることを認識している。

 これから僕はその役目を果たしに行く。

 多分帰って来れなくなるだろう、なぜか確信している。


 周りの魂を回収し、取り込み、凝縮し、己の魂の一部にする。

 特に濃いエネルギーの塊を持つ大物を集中して狙う。

 






 どれだけの時間が経っただろう。

 周りにはもう力強い魂も命も存在しない。

 全て吸収し、溜め込んだ。


 彼には自分の魂もひっくるめて、すべてを受け継いでもらう。

 本人からしたら望んでもいないことかもしれない。

 それでも、はこの選択を後悔しない。

 お前に託す、の命と魂を。


 とてつもない脱力感とともに、自分の体を構成する影が引っ張られて行くのを感じる。

 それと同時に白いオーラが一緒に吸い込まれて行く。

 徐々に意識が薄れて行く。

 白いオーラが全部消えた頃にはもう意識が消えていた。


 けれど、この時にやっと空腹感が軽くなった気がした。






--------------------






 ???視点


 …どれほど寝ていたのだろう。

 目が覚めると、そこに広がるのは灰色に染まった世界を赤黒いペンキをまき散らしたような景色。

 寝ていた祭壇のような場所はボロボロで相当古そうだ。

 起き上がる時にふと両手が視界に入る。

 自然と下を向いて自身の身体を確かめる。


 それはまるで影のように光を一切反射せず、のっぺらとした黒一色だった。

 それなのに人の形を維持しているのだが、奇妙だとは思わなかった。

 もっと重要なことが思考を埋めていたからだ。


「おなか、すいたなぁ…」


 起きた直後に口から出た言葉がこれだった。

 すぐに近場にいた芋虫のように這い回る灰色の生物を潰す。

 次から次へと標的を見つけてはその命を奪う。

 その度に死体から白く光る何かを吸収する。


 多くの魂を喰い散らかし、その度に戦闘経験を積み、それまで以上の強者を求めて彷徨い歩いた。

 周りの強者を殺しつくして初めてその動きは止まった。

 視界に入ってきたのは数多の死骸と血の海と、それまで気にもしていなかった建築物だった。

 いや、これは正しくない。

 建築物「だった」ものが正しいだろう。


 ほかの生命の気配はほぼしない。

 それでも向かわないといけない、そんな気がした。

 なぜ?

 なぜそう思った?

 わからないことばかりだけれど、廃墟を一つ一つ見て回る。


 見つけなければいけない…

 何を?

 …わからない。

 なぜ?

 …わからない。

 どこに?

 …この廃れた土地のどこかからつながる地下帝国のどこかに。


 理解もできない使命感に導かれて進む。

 何故か、向かうべき場所がわかっていた。


 向かう途中には似たような暗い灰色のフード付きの布に包まれた亡骸が多数落ちていた。

 大きく口を開ける洞窟がある山際にたどり着く。

 一度その淵で立ち止まり、中を一瞥する。


 暗い洞穴の中に落ちていき地面が近くなってきた。

 ぶつかる前に一度身をひるがえし、その体から蓄えたエネルギーを放出することで速度を落として危なげなく着地する。


「見つけ…なきゃ…」


 到着して早々に放浪者は行動を開始する。

 何を考えているのかわからないその瞳はまっすぐ前を向いていた。

 なぜそうしないといけないのかは気にせず、衝動に身を任せている。

 何もわかっていないはず、それなのにその歩みは迷いなく確実にどこかへ向かっていた。


 迷路のように枝分かれする道を迷うことなく進むと、最奥にたどり着く。

 そこには大きな扉があるだけだった。

 扉を見ていると心がざわつく。


「兄…弟…」


 その声に応えるものはいない。

 扉には三つの特徴的な紋章が刻印されていた。


 扉が開いている。

 まるで何かに憑りつかれたように脚が奥へと向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る