お返しとお弁当

 ――奉仕活動3日目。


 欠伸交じりに眠気に耐えながら挨拶運動の為、早朝から私立浅倉あさくら学園へと足を進めた。


 昨日よりかは大分早い時間帯に着いたなと思っていたが、


「おはようございます北崎きたざきさん」


 校門前で鞄を持ったまま立つ椎名しいなが居た。


「椎名、おはよう。早いね」


「今日は私が旗当番なんです」


「なるほど」


 お互い朝の挨拶を交わした後、不意に椎名は一歩一歩距離を詰めながら口を開く。


「北崎さんにお願いしたいことがあります!」


「なんでしょう?」


「挨拶運動の旗を一緒に運んで頂けないでしょうか!」


「なんだそんなことか。いいよ」


 頷くと椎名は、ぱぁっと可愛らしい笑みを浮かべた。


 職員室にて、生徒会室の鍵を借りて生徒会室へ鞄を置く。


 挨拶運動に使用する旗を掲げて校門まで足を進める。椎名はトングとゴミ袋を持っていた。


「ありがとうございます北崎さん!」


「別にこれくらいなら朝飯前だ」


 運び終えた旗を門近くに置いて、俺は椎名からトングとごみ袋を受け取った。


「おはよう二人共」


 柔和な笑みを浮かべながら九条くじょう先輩は言った。


「会長、おはようございます!」


「おはようございます」


 九条先輩は生徒会室へ鞄を置くため校門を後にした。


「おっはよー後輩くん」


 九条先輩に続いて二階堂にかいどう先輩が欠伸交じりに校門前にやって来た。


「おはようございます二階堂先輩。今日はちゃんと遅刻せずに来たんですね」


「言い方に棘があるぞぉ」


 こてっと俺の肩に自身の拳を当てながら言う二階堂先輩。


「おはようございます二階堂先輩」


竜胆リンちゃん、おっはよー」


 後方から竜胆りんどうが二階堂先輩に声を掛けた。


「二階堂先輩」


「なに、後輩くん」


「ひょっとして竜胆から見て俺の存在は無かったことになってます?」


「どうだろうね」


 俺の言葉を尻目に、竜胆はくすっと笑って口を開く。


「あら、居たのね」


「二階堂先輩の隣に居たよ」


「気付かなかったわ」


「嘘つけ」


 目を細めて朝から楽しそうな副会長である。


「行きましょう二階堂先輩」


「そうだね」


 言って、生徒会室へと向かう二人を余所に、俺はゴミが落ちてないか周囲を見渡しながら重い足を上げた。


 葛原くずはらは椎名の頭をぽんぽんしていたが、子供扱いしないでください! ――――と言われていた。


 ――8時00分。


 挨拶運動の旗持ちは両脇に立つ人が担当する為、右端に椎名、左端に俺という形でそれぞれ旗を持ちながら挨拶運動をしていた。


 昨日と違うことがあるとすれば隣に居た葛原が九条先輩に切り替わっていたことだろう。


 不意に九条先輩と目が合った。


「北崎君……あまりじろじろ見られると……その、僕も恥ずかしいかな?」


「すみません」


「後輩くん?」


「変態」


 九条先輩の隣に立つ二階堂先輩は、笑みを絶やすことなく首を傾げて、二階堂先輩の隣に立つ竜胆は眼鏡越しの鋭い目つきで口を開いた。


 ……じろじろ見た覚えはないけれど、挨拶運動、ちら見厳禁、覚えた。


 顔を正面に向けて「おはようございます」と、朝の挨拶を口にする。


 ふと、友達と談笑交じりに歩く奈央なおを見つけた。後方には千尋ちひろの姿があった。


「……あぁ?」


 昨日と同様に、見知らぬ男子生徒が千尋と楽しそうに歩いていた。


「北崎君? 急にどうした顔が怖いぞ」


 思わず漏れ出た怒気に交じった声音に、九条先輩は困惑に満ちた表情を浮かべる。


「……いえ、なんでもありません」


「そ、そうか」


 ゆっくりと一つ息を整えた俺は、後で奈央に相談しようと心に決めた。


 ちらり奈央の方に視線を移すと、隣から「むっ」と小さな声音が耳に響く。


「九条先輩、今むって言いました?」


「……言ってない」


(言ったよ会長)


(……言いましたね)


 不意に奈央と目が合った。にこっと笑みを浮かべて、彼女は此方へとやって来た。


「おはようかすみ


「おっす――」


 いつも通りの挨拶を返したタイミングで、不意打ちとばかりに奈央はぎゅっと抱き着いてきた。待て待て待って!?


 唐突に起きた幼馴染の行動に驚きを隠すことができない俺。奈央の方から仄かに柑橘系の香水が漂う。


 周囲の視線が俺と奈央に集中する。


「人目を憚らず何をやっているのかな北崎君」


「えっ、俺!?」


 鋭い剣幕で言う九条先輩は、続けて奈央に視線を移して口を開く。


百瀬ももせさん、君も早く北崎君から離れるんだ」


「嫌です。――見ての通り私と霞は特別な関係なので」


 してやったりな勝ち誇った笑みを浮かべて奈央は言った。


「へぇ」


 と、笑みを浮かべる二階堂先輩の目が怖い。


 途端にぴくぴくっと眉間に皺を寄せる我等が生徒会長は、足を止める生徒達の視線を肌で感じたのか一つ息を整えて言う。


「……なるほど、昨日の仕返しのつもりかな?」


「先に吹っ掛けてきたのはそっちでしょう? 生徒会長様」


 男女問わず周囲の生徒達から視線を感じる。皆さん殺気立ってますね。……胃が痛い。


 俺は心のカンフル剤として可愛い弟が居る方に視線を移したが、千尋と目が合うと柔和な笑みを浮かべて足早に校門を後にした。千尋おおおおおおおおおぉぉ。


 がっくりと項垂れる俺とは別に、奈央は追撃とばかりに九条先輩へと口を開いた。


「あ、ちなみに霞は、会長より私の方が好きって言ってましたよ」


「……は?」


 奈央の言葉に、九条先輩の瞳からハイライトが消えた。

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