喫茶店百瀬の看板娘
昼休みが終わる5分前に確認した俺のスマホには、友達に呼ばれたから教室に戻るね、という
――昼休みの死闘を終えた放課後、昇降口にてローファーに履き替えたタイミングで聞き慣れた声音が耳に届いた。
すたすた足早にやって来た奈央は俺の背中を軽く叩きながら言う。
「……なんで先に行く」
ちょっと不機嫌ですね……。
ぷくっと小さく頬を膨らませて、じと目を向ける奈央。
ふと、奈央は俺の顔を見て問うた。
「あれ、口切った?」
「そんな『髪切った?』見たいなノリで言うなよ」
「いつ、切ったの?」
「昼休み」
「えっ、私が居た
「そうね、奈央が居る間は普通にバスケしてたね」
「……私が居なくなった途端に何が起きたのよ」
「不意打ち騙し討ちありの異種格闘技戦」
「馬鹿じゃないの?」
「シンプルな罵倒はやめてね?」
じゃれ合うような冗談を交えつつ、奈央がローファーに履き終えると同時に「おーい、
直ぐ様、
柔和な笑みを浮かべながら千尋は俺達の前まで辿り着いた。
「一緒に帰ろう〜」
と、笑みを絶やすことなく千尋は言った。守りたいこの笑顔。
「そうだね」
奈央は慈愛に満ちた笑みを浮かべて頷いた。
一度、最寄駅の薬局に寄ってから俺達は家路を急いだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
喫茶店
自宅のすぐ側にある小洒落た喫茶店である。
幼馴染である
俺は高一の春に喫茶店百瀬で週3日アルバイトをしている。又、千尋も偶に臨時のウェイトレスとして働くことも増えた。
ウェイトレス? ウェイターじゃないの? という疑問は野暮である。気にしないでくれ。
喫茶店百瀬のドアノブに手を掛けると、入退店時を告げる呼び鈴が鳴った。
「あら、おかえりなさいなーちゃん、かーくん、ちーちゃん」
入ってすぐにある窓際のテーブル席を片付けていた波瑠さんは俺達に気付くと微笑交じりに言った。
金髪ロング、色白、碧眼。妖艶なルックスと柔和な笑みが印象的な喫茶店百瀬の看板娘。
波瑠さんは俺や千尋のことを親しみを込めて「かーくん」「ちーちゃん」と呼ぶ。
カウンターの奥で、珈琲をドリップしながら喫茶店百瀬の
俺と奈央は制服に着替えるため裏方にある更衣室へと足を進める。
「
「ん?」
不意に、千尋に呼び止められた俺。
きゅっと、ブレザーの裾を掴みながら上目遣いで千尋は口を開く。
「兄さんのお金でケーキセット頼んでも良い?」
「……ふっ、愚問だな千尋。いくらでも頼んで良いよ!」
言って、俺は千尋に手持ちの財布を預けた。
弟に貢ぐことは兄にとって当然の義務である。
うわー……と声に出して、後ろでどん引きしている幼馴染が居るが――俺は気にしない。
「ちーちゃん」
「……びっくりした」
いつの間にか、千尋の近くに居た波瑠さんは、千尋の両肩にしなやかな指先を添えて言う。
「実はちーちゃんに、
「「えっ」」
俺とカウンター奥に居るマスターの声が重なった。
「着るー、あ、兄さん財布返すね」
「……えっ」
俺は二度同じ言葉を吐いた。
俺と奈央はエプロンに身を包み着替えを終えると、波瑠さんと千尋は裏方に姿を消した。
「お父さんテーブル6番アイス
「了解」
「あいよ」
波瑠さんが千尋と一緒に裏方へ籠もっている間、奈央が注文を取っていた。
俺は喫茶店百瀬の料理担当である。
ちなみに喫茶店百瀬には、俺が出勤している時限定で、北崎家の日替わり定食という裏メニューが存在する。これが中々常連客に好評だった。
マスター曰く、
もう、かーくんの作る裏メニューがなかった売上には戻れないんだ――――とのこと。
キッチンに立ち俺は調理を始めた。
店内BGMであるクラシック音楽が耳に響いた。
「お父さん今日はお客さん少ないね」
「この時間帯は常連のお客様がほとんどだからね」
「
「こらこら」
店内BGMであるクラシック音楽が耳に響く。
「かわいい~」
「本当? 嬉しい♪」
不意に波瑠さんの声音が耳に届いた。
かれこれ一時間くらいは経過しただろうか?
かつん、かつん、という足音共に波瑠さんと千尋が店内に姿を現した。
「見て見て兄さん」
「「「!?」」」
クルと回って見せた千尋が着ていた服は大正レトロを感じる和装メイド姿だった。
奈央もマスターも思わず声が出ない程驚いていた。
ウィッグを付けた黒長髪、中性的な顔立ち、切れ長な睫毛に淡い
小柄で細身な体躯、ナチュラルメイクが印象的な弟は、
「兄さん、どう、僕かわいい?」
くすっと悪戯染みた笑みを浮かべて小首を傾げる弟に対して俺は端的に一言、
「ちょ――」
「――あっ、まずい」
「――超かわわわわわわわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃ!!!」
ぽつりと聞こえた奈央の声音を遮る形で、己の限界を越える声量と共に叫んだ。
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