3.辺境騎士団と剣の巫女【Rewrite】

小路つかさ

第1話 プロローグ

 17歳の誕生日は、いつもの様にささやかな肉料理で祝された。

 他の貴族たちが来賓を招いての豪勢な舞踏会を催しても、アマーリエはちっとも羨ましいと思ったことはない。お金と食材と、労力の無駄遣いは、税を納める民たちにとって、申し訳ないとさえ思える。この思考傾向は、間違いなく父親の影響であった。


 アマーリエの父、ハインツは一言で言い表せば“鉄“の人であった。

 背は高く、髪の色は薄い金、瞳は若草色、逞しい体躯に恵まれ、短い髭に覆われた顎は大きく、頼もしい風格を備える。声は低く、思考は思慮深く、慌てふためくような事など決してなく、どのような時にも冷静さと威厳を失わない。

 剣術の達人として知られ、多数の門下生を持っていた。

 暮らしぶりは豪華絢爛を嫌い、清貧と自制を旨とした質素な生活に徹し、税の主な注入先は、自領の防衛力強化に当てた。

 彼の大きな業績と言えば、領民自らが国を守る、市民兵のシステム化である。騎士たち地方領主の管理のもと、領民たちを当番制で兵役につかせ、定期的な訓練を実施する事で、有事には傭兵に頼らず士気の高い兵士を即時、動員することができた。

 彼は、“恭順は利得が先んじる“という事を知る為政者の一人でもあった。

 農奴の一方的な徴兵を無理強いしたのではない。

 兵役は税の代わりと定義され、兵役中は納税の一部が免除される上に、出征の際には食糧と賃金も用意される。ハインツは自衛することの意義を懇切丁寧に説き続け、民の防衛意識向上を図ったのだ。

 領主と領民との関係性における義務を“保護と奉仕“と説き、自衛する権利を“誉れ“と謳った。

 やがて、辺境のほとりの弱小国家に過ぎなかったクラーレンシュロス伯爵家は、小国ながらも侮れぬ軍事力を有する領主、として周辺国に認知されるまでに至る。


 そんな彼の座右の銘は、“加害者たれ“である。

 領主たる者、決して被害者の立場に甘んじる事なく、またその意識すらも持つ事なく、常に他者に対して加害者であり続けなくてはならない、というものだ。それは、同時に強靭な精神力をも要求される。誰しも、「自分は被害者だ」と思うことの方が、よっぽど楽なのだから。ハインツのアマーリエへの教育方針も、これに準じるものとなった。

 この世界のこの時代、貴族の子息たちの教育には、優れた家庭教師がそれにあたり、日常に寄り添って情緒を見る役は、母親があたる事が一般的であった。父親と関わりを持つのは、高級官僚として世に出てからなのだ。しかし、アマーリエは生まれたばかりで母を亡くし、父は世には珍しく、幼少期より子育てに従事する。


 一人娘の誕生日のディナーは、鳩のスープに、塩気の効いた鹿肉の香草焼き。

 有力商人のディナーにも劣る程度のご馳走。

 しかし、アマーリエにとっては、自分の誕生日を覚えていてくれる、という一事こそ、最も琴線に触れるありがたみのある、父の愛情なのであった。


 ところが、今年の誕生日は、少しだけ異なる出来事が起きた。

「儂と共に、シュバルツシルトの森までゆこう」

 父が、旅に誘ったのだ。

 今まで、二人が同時に領外に出ることは、一度も無かった。

 アマーリエには、それが有事が起きた場合のことを見越して、父なりの安全対策なのだと理解していたので、この時ばかりは些か動揺した。

 父が、いつもとは違う…アマーリエの心臓は、不安と好奇心が交互に音を立てた。

「久方ぶりに、トーナメントが催される。騎士と貴族たちの祭りだ。お前を諸侯らに面通しするには、またとない良い機会となるはずだ」


 17ともなれば、貴族の娘はとっくに嫁ぎ先を決めている頃だ。行き先が無いとなれば、神殿に勤務し、その後の一生を神事に捧げる。だが、アマーリエはこの歳になるまで、針仕事や舞踊、音楽、絵画などのいわゆる“花嫁修行“をした事がない。それらは、リベラルアーツに含まれる内容で留まった。他には、帝王学、地勢学、史学、紋章学、語学、そして、兵法学…つまりは“剣技の研鑽“が彼女の日常であった。


 騎士と貴族の祭り…その言葉を聞いた時、彼女は騎士たちから聞いた話を即座に思い出した。国を跨ぎ、大勢の騎士たちがひと所に集い、ティルトヤードと呼ばれる囲いの中で、ジョストやランスチャージで腕を競い合う祭り。総称して、トーナメントと題される。

 そして、アマーリエには、常より思うところがあった。

 幼い頃から鍛えてきた兵法は、端的に言って仕舞えば“対人戦闘“の技術だ。さまざまな精神論、人生論も付随し、それが礎ともなるのだが、それらも含めて、対人戦闘で活かされねば意味がない。父の道場では、ミュラーの他に彼女と渡り合える者はすでに無く、多忙な騎士たちは容易に稽古に付き合ってはくれない。

「行きます!」

 思わず腰を浮かしながら、アマーリエは快諾した。

 貴族令嬢とあっても、剣を握る者はいる。それが、自らを“剣の子ら“と自称する西方の民なのだ。

 諸国から集う騎士たちと手合わせができる、それが叶わなくても、近くでその技量を拝むことができる。アマーリエの胸は踊った。

 父との初めての遠出。

 山道をゆっくりと馬を進めて、片道一週間、現地での滞在を含めておよそ一ヶ月。

 今年の誕生日は、特別な日となった。

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