第9話 グリフォン

 道に落ちている血の量がおびただしい。結構な手負いだ。というかこの量だと、さすがにグリフォンでも死んでいるのではと思い始めた。それぐらいの血の量なのだ。


 私達は黙々と歩く。岩山の道なき道を血の跡を追って。


 そうして歩いた先。岩の向こう側に対象者が居るとなった時。獣の鳴き声が聞こえた。


「キュワァ!」


 警告音だ。これ以上は近づくなという。


 どうやら岩の向こう側に居るのはグリフォンらしい。それを知った行商人さん達は顔を青ざめさせて後退り。


「グリフォンか!」


 行商人の一人が護身用の剣を握り締めながらも、私を含めた全員に「どうする?」と聞いてきた。どうするも何も引き返すだろう。手負いの獣を相手になんてしたくない。私はそんな意見を飲み込んで雇い主たちの動向に気を向ける。するとそこに狼の遠吠え。


「狼か!」

「こりゃたまらん!」

「逃げるぞ!」


 そう言って行商人たちが我先にと逃げ始めた。私も撤退するために来た道を引き返そうとした。するとこれまたグリフォンの鳴き声。


「キュワァ!」


 そこに狼の鳴き声も。私は動向が気になって立ち止まる。今なら狼もグリフォンも私には気を向けないだろう。何かお溢れに預かれないかな。そんな好奇心と欲が湧いた。


「グリフォンの羽の一部でも手に入れば……」


 グリフォンの羽根は価値がある。魔道具の素材として。狼の目的がグリフォンの肉なら羽は手に入る可能性がある。


 私は欲に負け、岩の向こう側をそっと覗き見る。するとそこには五匹の狼に囲まれながらも必死に生き延びようとする手負いのグリフォンの姿があった。


 その姿が何だか哀れに見えた。空の王者とも言われるグリフォン。ドラゴンやワイバーンという種も居るが、場合によってはそれらとも渡たり合える獣。それがグリフォン。だがそれも、空を飛べないとなれば話は別だ。


「キュワァ!」


 必死で抵抗している。私はその様子に同情してしまう。このまま黙って見ているか?


 いや。それで狼が勝ったとしても私にお溢れが貰える可能性は少ないように思える。ならここはグリフォンの側について狼を蹴散らし、その後でグリフォンに止めを刺して全部を手に入れたほうが良いだろう。


「よし!」


 私は岩陰から飛び出し、狼に肉薄。そしてまずは一匹を槍の餌食にした。


「まずは一匹」


 突然の乱入者に狼の足が浮足立つ。そのままの勢いで私が二匹目も倒した。そのさなかにグリフォンも一匹を倒す。これで残るは二匹!


 私はグリフォンからも狼からも適度に距離を取った所に陣取る。槍を構え二方向に意識を飛ばし、しばし待ってみた。


 睨みあっていると、狼が形勢悪しと判断したのか踵を返し撤退していった。後に残ったのは狼の死骸が三頭分と手負いのグリフォンが一頭。


 グリフォンが私を見ている。その目には警戒の色があったが何かを諦めたのか「キュワァ……」と力無く泣いて、身を地面に伏せた。どうやらその生命が尽きようとしているようだ。


「クゥ……」


 小さく鳴き、私を見ている。私はそんなグリフォンの様子が痛々しくてついつい同情。グリフォンにそっと近づいてみる。


「クワ」


 獣としての力強さはもう無い。あるのは諦念。自分の終わりを悟った獣の……


 止めを刺そうか迷う。


 でもなんだか可愛そうだと思ってしまった。一度そう思ってしまうともう駄目だ。私は持っていた栄養ドリンク。つまり回復薬である六等級ポーションを取り出した。


 それをグリフォンの前に指しだす。


「飲む?」


 そう語りかける。言葉が通じるとは思えないがそれでもグリフォンの好奇心か。その大きな黄色のクチバシをこっちに向けて匂いをかぎ始めた。


「傷が治るかも?」


 そう言って私はグリフォンの口を開けようとクチバシに手を伸ばす。すると意図を悟ったのかグリフォンが素直に口を開けた。


「クワァ」


 私はそこに持っていた六等級ポーション五本を流し入れる。するとグリフォンの喉がグルグルと鳴った。


「美味しい?」


 人間の飲み物で、それも薬だ。たいして美味しくはあるまいが、それでも何か話しかけてしまう。


「まぁいっか」


 私はグリフォンの首を撫でてみる。するとグリフォンは素直に撫でられるがままだ。何だか可愛いな。私はしばらく撫でていたが、グリフォンが鳴く。何かを催促しているように見える。


「水でも飲む? それとも何か食べる?」


 語りかけるとグリフォンが視線を狼の死骸に向けた。


「食べるの?」


 私は狼の死骸を解体して、その血と肉をグリフォンに与えてみた。するとぺろりと食べてしまった。私は何だかそれが愛おしくて、グリフォンの世話を始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る