第2話:情報収集

 宿屋で働くこと五日。本当は三日でいいと言われたのだが、他に行く宛もないし先立つお金もないので、しばらく働かせてもらうことにした。でもどこかで行動をおこさないといけないだろう。


 しかし行動をおこすと言っても何をすればいいのやら。王になるってどうすればなれるんだって感じなんだよね。


「まぁね。簡単にその道筋が分かるのなら誰でもなっているわけで……」


 そもそも私には記憶がない。つまり世界の常識を知らない状態なのだ。


「まずは常識を学ぶところからだな!」


 そう考えると、この宿屋で働くのは都合がいいと言える。この宿屋は一階が酒場になっていて店は繁盛している。


 なので常に。そう一日中そこには客という一般人がいるのだ。


 私は積極的にお客さんに話しかけていった。


 この国の常識を学ぶために。生きるために。


 相手は酔っ払いなので遠慮なく聞いていく。


 若い女性に話しかけられて嫌な顔をする男性の客なんて女が嫌いと言う場合でもなければ、そうはいない。それにどうやら私は見た目が可愛いらしい。それもプラスに働く。


「アヤちゃんの髪は銀色で綺麗だね。瞳の色も紫色で珍しくて綺麗だ」

「ありがとうございます」

「もしよかったらどうかな? 大銅貨一枚。いや三枚だすから一晩……」

「売りはやってません。それより、もう一杯お酒はいかがですか? おつまみも美味しいですよ。今日はカーズ家の美味しいチーズが入ったんです。ソーラ豆もありますよ?」


 そんな会話をよくする。最初は怖かったが段々と慣れてくると笑顔できっぱりと断れるようになった。


 そして話題を変える。


 すると男どもは勝手に私の価値を上げてくれる。


 簡単に手に入らない女性だと知ると逆に喜ぶのだ。貞操観念が高い若い女性。自分で駄目なら他の男も駄目だろうと。そうやって私という女の価値が上がっていく。


 だから男どもは店に居座る。そうすると店の売上が上がる。売上が上がると知った私は女将に「売上に貢献してるみたいなので歩合制にしてください!」と交渉してみた。すると女将は私の事情を知っているので快く了承してくれる。


 ここの女将は良い人だ。


 いずれ私は、この店を辞めて出ていかないといけない。そのための資金稼ぎ。ずっとは出来ない。王になれと言われた私は、いずれ旅立たないといけないのだ。


 こうして誰も損をしない関係が出来上がった。男ってバカだよね。まぁそのバカさに救われているから良いんだけど。


 ちなみに私は自分の年齢も分からない。女将が言うには十六歳ぐらいに見えるらしい。なのでお客には十六歳だと話してある。ちなみに記憶喪失だという情報も流してある。もしかしたら何処かで私を知っている人に出会えるかもしれないから。


 まぁ今のところ、そういう情報は入っていないけどね。


 そんな日々を続けること七日目。


「あぁそうだ。アヤちゃんはこんな話を知っているかな?」


 そう行って話し始めたのは一人の商人だ。行商人で今回の商売で結構な額を儲けたらしい。


「なんでも王様が戴く冠には知識だか記憶だかを授けてくれる不思議な力が在るらしい」

「知識? 記憶?」

「そう。もしアヤちゃんが王様になったら、その冠で記憶を蘇らせられるかもしれないね」


 どうやら私は何が何でも王にならないといけないらしい。これはきっと運命だ。


「忘れた記憶。大事な大事な……思い出」


 涙が溢れてくる。ポロポロと。私は失った記憶の中に何か大事な思い出があったような、そんな喪失感が押し寄せてくる。そんな私をお客さんたちが慰めてくれる。


 なんだかんだで皆が皆、良い人たちだ。まぁ中には変なのも居るけどさ。


 それはまた別の話だ。

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