映像化したくないAの話

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 秋田の田舎での話だ。


 小正月のころになると、父と兄が庭の柿のあたりで成り木責めをやっていた。当時は父親が柿の木に「ナラナキロ、ナラナキロ」と叱りつけながら斧をぶち当てるのが恐ろしく、母にしがみついていたものだった。成り木責めが豊作祈願の儀式というのはだいぶあとになってから知ったことで、当時は兄の「ナリマス、ナリマス」と言うのを「鳴ります、鳴ります」と言っているのだと勘違いして、近所迷惑だからやめろと言っているのかと思っていたのだ。


 「ナリマス」というのが「生ります」なのだと解ってからも、成り木責めを聞くと「鳴ります、鳴ります」と言っているように聞こえてしまうのだから、幼い時分の勘違いというのは恐ろしい。


 なぜこんな事を思い出したのかというと、最近の研究が行き詰まっているからである。親戚の集まりで何の研究をやっているのかと聞かれて、細菌ですと答えたのだが、よく考えれば同じ音の言葉である。最近、細菌の研究に詰まっていてと口に出してしまえば、失笑の一つも取れたかもしれないが、甚だ不名誉なことであるから胸の裡に秘めていた。


 代わりに、腰の曲がった父に向かって


「そういえば昔成り木責めをやっていたけれど、もうやっていないの?」


 と聞いてみた所、もうやっていないとの答えである。歳だからなあと笑いあったところに、父が仏頂面でこう言った。


「タンタンコロリンが出たんよ」


 思わず聞き返す私に、父は頷いた。


「なんだ、汚い名前だな」


「それはタンコロじゃろ。タンタンコロリンはほれ、柿の精よ」


 話の流れでなんとなく解ってはいたのだが、あらためて柿の精と言われるとどうもメルヘンでケツの座りが悪い。


「タンタンコロリンはな、ケツの穴を押し付けて甘い柿を食わせてくる精霊でよ。それが成り木責めをやろうって前の晩、夢に出て来たんだな」


「ちょっと、お父さん。ご飯時に汚いですよ」


 母が横から注意したが、父はどこ吹く風で続ける。


「そのタンコロリンが夢の中でな。土下座してこう言うんよ。『あんたが俺を毎年殴るから、腹に皺ができて他の柿に笑われる。美味い柿をつけてやるからもう殴らないでくれ』とな。それで、『おう』と返事をしたとこで目が覚めたんね」


「そりゃまたけったいな夢を見たな。で、試しにやめてみたと」


 父に聞くと、おうとまた言って、残りを話す。


「それで試しに一年やめてみると、生った柿が数年の間で一等美味い。だもんで、ならやめるかってな」


 はあ、と言ってその場は別の話になったのだが、どうもこの話が頭に残った。それが自宅に戻っても続いたので、隣の研究室の講師に話すと、大笑いである。タンタンコロリンの下品さに小学生の笑いが吹き出たのかと思っていたのだが、よく聞くとそうでもないらしい。


「一応その手の話は国外にも各地であるがね。その話を聞くに主要な効果にはならないな」


 そう言って笑いながら去っていく講師にこちらが唖然とさせられた。その話の何が可笑しかったのか、全くわからないのである。


 釈然としないものを感じながら、実験室に入ってコレラ菌の培地を見る。コレラ菌の受容体をブロックしてやりたいのだが、何が気に食わないのか、色々と刺激を与えても思うように動いてくれない。いっそ成り木責めのように遺伝子に傷でもつけてやろうかと考えたが、その手の技術は隣の講師の専門分野であるし、目的から逸れる。


「おまえもタンタンコロリンになって出てきてくれればな」


 そう呟いてみるが、毒性のあるものもいるような菌の精の尻からヒリでたものを食わされるのもなと思い直して首を振った。彼らの声を聞いてみたいような、怖くて聞きたくないような、そんな気がしたのである。


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 一言:お兄さんは食中毒で鬼籍入りです。

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