第6話 怪しい依頼はお断りします
低ランクの依頼は、高ランクのそれと比べると蔑ろにされやすいという傾向にある。低ランクの依頼とは、すなわち緊急度や危険度が低いためである。
駆け出しであるE級以下の冒険者たちはまず低ランクの依頼をこなすところから始まる。達成はしやすいものの報酬は多くない。けれどこなしていくことで着実に実績となり、ランクアップにつながる。どんな冒険者であっても下積みは必要という事だ。
「体を動かしたいから登山をしたいんす! けど何が起こるかわからないんで、山頂まで行く予定の馬車に護衛を付けて行きたいっす!」
「登山の意味調べなおしてこい馬鹿野郎」
今アイシャが相手をしている飄々とした若い男ゲースも、低ランクの依頼を持ち掛けてきた依頼主の一人だ。またバカが来ちゃったよ、とぼやくアイシャを横目で見ていたサナは思う。
(アイシャさんは、どんな依頼でもまずお話を聞いてから判断されるのですよね。普通、低ランクの依頼は皆さん適当に処理しがちなのですが……)
毒舌で依頼主を斬り捨てることに定評があるアイシャだが、門前払いをしたことは一度もない。その上で小さな悩みもまずは聞いてあげるという姿勢を保っている。
おかげでギルドに出される依頼は適切であるとギルドマスターは評価しているのだが、何分口が悪いので依頼者からはやや避けられがちなのである。
「俺、運動不足っすからね。まずは出来る範囲から歩き始めようと思って。けど、いきなり登り切るのは無理だと思うんで、まずは気分を上げてちょっとずつ始めてみよー……って訳っす」
「ふーん……」
どこか納得のいかない様な顔をしているアイシャに、ゲースは少しじれったさを態度に出し始めた。サナとしては問題無いように思えたため、代わりに話を通そうと口を開いた。
「報酬がご用意できるのであれば、依頼として問題は無いかと思われます」
「そうっすよね!」
「護衛の必要ランクはどの程度でしょうか?」
「駆け出しの方の練習などでも構わないっすよ! 全然強さは必要ない依頼になると思うんで!」
「では、GかFランク辺りですね」
「ぜひ! それでお願いしまっす!」
「……」
サナの承諾にゲースは満面の笑みを浮かべた。しかし、アイシャはずっと何かを怪しむようにゲースの挙動を観察していた。サナが依頼書を作り始めるのを制止して、アイシャはゲースに質問をする。
「ねえ、ちょっといい?」
「なんすか? あんたさっきからずーっと俺の事睨んできて……」
「アンタ、さっきからやけに低ランクにこだわるじゃん。何で?」
「そ、そりゃあ危険度が低いからっすよ! わざわざ強い人を高い金で雇うほどじゃ……」
「まあ、そういう理由で頼んでくるケースはあるにはあるね」
「でしょー? なら疑う余地なんて……」
「アタシが気にしてんのはさ、アンタの言う目的地なんだよね」
アイシャは机に一枚の地図を置く。ゲースとサナはアイシャの指さした箇所を見る。地図にはゲースが行きたいと言っていた山に赤いバツ印が数か所つけられていた。アイシャは説明を続ける。
「その山、立ち入り禁止にしようって話がギルドから後で出ることになってんの。……山賊の目撃情報があった、ってんでね」
「っ、まさか!」
「……っ!」
この依頼は、山賊の手先が出そうとしていた罠だったのである。偽の低ランク依頼を餌にして、冒険者たちを自分らの巣穴に引きずりこむという手口を使おうとしていたのだ。
山賊からの被害はここ数日、ギルドに報告されていた。これまで直接山に来た冒険者を襲っていたのだが、味を占めてとうとう偽依頼という手段を使ってきたのである。
この情報はまだ冒険者たちに伝達する前のものであり、サナもまだ知らなかった。しかしアイシャはそれを嗅ぎつけていたのである。
「依頼でカモを誘い込もうとするのは賊の常套手段。そのヘラヘラした外面もアタシにはバレバレだし。よって依頼は通せない。わかる?」
「クッ、察しの良い女め……っ!」
「一応、元冒険者なんでね」
「……私は全然気が付けませんでした」
アイシャが最初からゲースを疑っていたのは、元冒険者の嗅覚だった。令嬢であるサナにはその感覚はわからなかった。さてと、とアイシャは立ち上がり受付から離れるために背を向けて歩き出す。
「んじゃ、あんたの事をギルマスに報告……」
「待てこのアマッ……!」
「アイシャさんっ!」
激昂したゲースが懐からナイフを取り出して、机を軽々と乗り越えてきた。ナイフの切っ先がアイシャの背中に刺さろうとしたその瞬間、そこにいたはずの彼女が消えた。
「遅い」
「グァッ!」
一瞬でゲースの横に回り込んだアイシャはゲースのナイフを持った手を難なく掴み、自分のほうに引き寄せた。そして掴んだ手と逆の手で拳を作り、男の顎に一発入れた。男の意識は飛び、受付机の上で仰向けに倒れて動かなくなった。
「ふぅ……、騎士団が来るまでこいつ縄で縛っとくか」
あわや流血沙汰かと思えるような出来事だったにもかかわらず、アイシャは涼しい顔で騎士団に連絡を入れて受付の椅子に腰かけて一息ついた。ポカンと口を開けて見ていたサナはようやく状況を飲み込み、アイシャの隣に座って話しかけた。
「さ、流石ですねアイシャさん」
「まーね。だいぶ鈍ったけど、この程度の連中には負けないよ」
「……元A級ってホントだったんですね」
「え、もしかして信じてなかった? ちょっとショックなんだけど……」
「あ、いえ、そういう訳ではなくて!」
「じょーだん。ショック受けるほどじゃないから」
「……もう、意地悪ですよアイシャさん」
慣れた手つきでゲースを縛るアイシャは、何かを思い出すようにサナに語りだした。
「A級になるとさ、低ランクの依頼を受ける事がほぼ無くなる。けど、それだと……こういう奴らの悪意を防げない」
「!」
「高難度の依頼をこなせるってだけじゃダメだ、ってある時気付かされたんだよね」
語ったのは、アイシャが冒険者を辞めた理由だった。どこか物憂げに語る彼女は、いつもの気だるげな顔とは違う。サナはアイシャの普段の言動を思い出し、納得した。だから彼女は、低ランクの依頼でも蔑ろにしないのだと。
「A級冒険者の肩書があると、アタシが望んでた人助けってやつが出来ない。だから、辞めたんだ」
「そう……だったんですね」
「ま、こんなテキトーな奴だけどさ。仕事は真面目にやるから多少の失礼は許してね」
「……えいっ」
ようやくアイシャの本音を聞けたような気がしたサナは……アイシャの両頬を摘まみ始めた。
「んむ!? に、にゃにすん……」
「暗い顔をされてたので、いつぞやのお返しです」
「にゅう……」
「ふふっ、私もこの様な変な顔になっていたのでしょうか」
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