第5話 貴族にもろくでなしがいるものだ

 常に数多く存在する依頼の中には、貴族から出される事もしばしばある。貴族からの依頼は報酬が相場以上に設定されている事が多いため、冒険者の中では密かに競争率が高い。


 だがしかし、礼節を重んじる貴族でありながら傲岸不遜な態度で冒険者を見下す者も中にはいる。今、アイシャがうんざりして目も合わせていない貴族の青年、ギルガもそういう類の貴族令息だった。


 

「この僕が冒険者になってやるから、僕をA級まで上げてくれるパーティーに入れさせろ」

「プライドとかねえのか成金野郎」

「なっ、なんだと!? 僕はディミトリー家の婿養子を約束された次期当主だぞ!」

「成金で合ってんのかよ」



 ギルガの依頼は、端的に言えばキャリーというやつである。自分に高位の冒険者という肩書が欲しいので、腕の立つ冒険者とパーティーを組んで実績を代わりに積んでもらおうという魂胆なのだ。


 ギルドとしてはこのキャリーという行為は正式には認めていない。実力に不相応のランクを付けることはギルドとしても不名誉であるし、何より本人が自分の実力と勘違いして犬死にすることがあってはならないと、ギルドマスターが決めたのである。


「他がどうかしらんけどさ、うちのギルドはキャリー行為認めてないから」

「う、うるさい! なら僕をA級にするだけでいい!」

「それが一番認めらんないんだっての……」

 

 ギルガは顔を真っ赤にして両手で思い切り机を叩く。アイシャは全くビビらず逆に壊したら弁償だかんね、と告げる。ギルガのボルテージは更に上がっていく。

 

 アイシャの態度の悪さは貴族が相手でも関係無い。今にも机を乗り越えてきそうなギルガを、鋭い目つきで怯ませた。……彼女の名誉のために言っておくが、別に全員に対してこんな感じでは無く、ちゃんと強く当たる相手は選んでいる。

 

「一ギルドの職員風情が、このディミトリー伯爵家の次期当主である僕の命令に背くのか!?」

「あー出たよクソ貴族定番セリフ。A級になりたきゃ国滅ぼせるぐらいの魔物倒してから来てくんない? ほら、このエンシェントドラゴンとか丁度いいじゃん」

「そ、そんなの無……いいや、父上に頼んで護衛を総出で行かせればいけるはずだ!」

「んな話通しちゃう父上だとしたら、家は没落まっしぐらだな……」


 アイシャが早く帰んないかなこいつ……、と思い切り当人に聞こえるように呟くが、ギルガは諦めが悪くまだアイシャに食って掛かっている。とここで、横で黙って聞いていたサナが口を挟んだ。



「……権力を振りかざすなんて、貴族の風上にもおけませんね。婿養子で次期当主の貴方に、張れる威厳など無いはずですが?」


 

 いつものおっとりした雰囲気とは一転、ギルガに対して凛とした目と鋭い言葉を向けた。サナは職員としての礼儀正しさ、というよりもまるで令嬢のような姿を見せていた。

 

「っ! 何だこの女は、無礼だぞ!」

「言葉遣いやマナーも粗末なモノですね。学院でも碌に学んでいないのでしょう。悪評は既に院内中に広まっているそうですよ?」

「お前! 誰に向かってそんな口を……」

 

 そう言いながらギルガはサナに近づく。するとギルガは何かに気づいたようで、サナの目と膝にかかっているローブの紋章を交互に見やり目を見開いた。


「はっ!? その瞳の色とスペードの紋章……まさか、公爵……しかもオーランド家の……!?」

「…………はい、現当主であるお父様の一人娘です。貴方の様に領地に礼儀のなっていない貴族の者がいないか、ここで視察するという役目をお父様から仰せつかっていたのです」

「え……サナ、マジ?」

「……」


 貴族に与えられる爵位には階級があり、公爵は伯爵よりも上の立場である。この冒険者ギルドが属する領地において、その主である公爵家といえば一つしかない。


 オーランド家、これまでに積み重ねてきた功績から王家にも一目置かれているという名家である。そんな公爵家の人間に、下の位である伯爵家が無礼を働いたらどうなるか、想像に難くない。それに気づいたギルガは顔が真っ青になり後ずさる。


「アイシャさん、今まで黙っていて申し訳ありません。私は……」

「……そんな……」

 

 サナはアイシャに対して罪悪感を抱いていた。これまで身分を明かさずにいたことを、彼女は怒っているだろうかと唇を噛み締める。サナが恐れながら次の言葉を待つと、アイシャは唇を震わせながら口を開いた。


 

「それ、スペードだったの。ずっとニンニクかと思ってたのに……」

「……」

「……」 


 

 アイシャは全然違う事に驚いていた。全く斜め下の話が出てきた事に、サナはガックリと肩を落とした。ギルガも思考が追い付いていないようでポカンと口が開いた状態で固まっていた。

 

 何とも言えぬ空気に包まれたところで、サヤは強引に話を戻すことにした。

 

「コホン! ……この件は、父に報告させてもらいます。ギルドでの貴方の行いは、ディミトリー家にもお話が行く事でしょう」

「そ、そんな! 僕はただ次期当主として早く名乗りを上げるために……」

「ならばまずは態度を改める事です。貴方の今後の有り様次第では、報告を撤回する可能性も……」

「は、はい! 今すぐ立ち去りますのでどうか父上には言わないでください! ついでにお前も言うなよ!」


 情けない言葉とアイシャへの雑な捨て台詞を吐いて、ギルガは脱兎の如く走り去っていった。やれやれとアイシャとサナは一息ついた。


「……結局、謝罪の一つもありませんでしたね」

「だね。にしてもまさか、公爵令嬢だったとはなー。サナ……さんって言ったほうが良いのかな?」

「アイシャさん。確かに私は公爵家の娘です。ですがどうか、これまで通りに接してください」

「いいの?」

「私が、そうして欲しいのです」

「……ん、わかった。じゃこの話は終わりだね」

「ありがとうございます、アイシャさん。今後とも宜しくお願いします」

 

 少し潤んだ瞳で懇願してきたサナに、アイシャは断る理由を持っていない。しかし、それはそれとしてアイシャは今不満を感じていた。


「……ん」

「ひゃうっ!? あ、あいひゃはん、にゃにを!?」

「いつもと比べてまだ固い。だからコネてやろうかと」

「ひゃ、ひゃめてくだひゃい~!」


 アイシャはサナの両頬を摘まんでムニュムニュしていた。悪戯な笑みを浮かべるアイシャの表情を見て、サナはムニュムニュされながら一安心していたのだった。



 ちなみにディミトリー家の婚約は白紙になり、ギルガは家から勘当されてしまった。それからはG級冒険者として厳しく働かされているらしい。

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