第18話 俺達、義理の祖父に謝罪する

「よくもぬけぬけと顔を出せたものだな、ルイス殿」


「その節はお心を騒がせてしまい誠に申し訳ございません、侯爵閣下」


ちょっとガチ目の謁見の間に通された。数段高いところに据えられた高級そうな椅子に座り、肘掛けに肘を突きながら明かに不満な表情を露わにする初老の男の前で、床に手を付き膝を付きながら謝罪をする父ちゃん。


白髪混じりの銀髪ダンディ、フォーサイス侯爵。この人がミリアム母ちゃんの父ちゃん、俺の義理のじいちゃんだ。


じいちゃん、怒ってるなあ。さっきまでお詫びの練習をしていた父ちゃんだけど、その練習の効果は出ていない。


ガチもガチだ、もう汗びっしゃ。


流石にこの数日の対応に加え今のじいちゃんの態度を見れば父ちゃんも事の重大さに気が付いたようだ。


「儂は其方に期待して娘を預けたつもりであったが……所詮剣を振るうだけの無学者であったようだの。残念である」


「返す言葉もございません」


「私も心よりお詫び申し上げます、閣下」


オリビア母ちゃんも床に伏せながら謝罪の言葉を述べている。


「お父様、私でしたらもう大丈夫ですわ。お二人とも和解して以前よりも更に親密になりましたの」


ミリアム母ちゃんが慌ててフォローに入るがじいちゃんは目を伏せたままそれを一蹴する。


「そんなことはどうでもよいのだ。問題は我がフォーサイス侯爵家へ対し、勇者と謳われるルイス殿とオリビア殿に翻意ありという認識が家中にあること、それが問題なのだ。元平民の新興貴族でありながらその武力にかまけてフォーサイスの娘をぞんざいに扱っていたのだから周囲の翻意ありの認識も仕方の無いことであるがな」


「そんな……た、確かに私とルイス様オリビアお姉様との間に確執はございました。しかしながらそれは思いの相違が原因だったのです。現在は意思の疎通も取れており決して翻意などございません。本当です!」


「其女が領民の前でヒステリーを起こさなければ、そしてルイス殿がその場をきちんと収めておればまだ違ったのだがな……フォーサイスの情報網を甘く見るでない」


「……」


まあ当然だ。あの対応は不味かった。形としてはオスカーのお披露目で母親の悲痛の訴えを流して有耶無耶にしたんだからな。村人は領主の家庭内不和を不安に感じるか面白がって吹聴するだろう。それを耳にしたフォーサイスの重臣や配下達は父ちゃんがフォーサイス家を蔑ろにしていると勘繰るのも理解できる。


忠義に厚いというか妄信的なミリアム母ちゃんの侍女達もお遣い先でいいだけ煽ったことだろうし。


「其女も知ってのとおり儂らには息子がいない。此度オリビア殿に男児が生まれたことでその者をグリフィス家次期当主とし、其女の息子オスカーを儂らの養子に貰うこととなれば、ルイス殿との関係が強まる上フォーサイスの跡継ぎ問題も解決だったのだがな。残念だ」


「そ、そのようになさることはできないのですか?」


「馬鹿者!考えてから発言せよ!!」


「!!お、お父様……申し訳ございません」


無理だ。それをやるとフォーサイス家とグリフィス家の関係性が決定的に崩れてしまう。今の状況でオスカー兄を引き取ることは傍から見ればグリフィス家と縁を切るように見える。そうするとフォーサイス家の足を引こうとする政敵にグリフィス家が利用され、何らかのダメージを負う可能性が出てくる。


もし戦争でもしようものなら……下手をするとグリフィス家が勝利して国が荒れる可能性だってあるんだから。


この世界では高レベルの勇者やら英雄やらはそれほどの力を持つんだ。父ちゃん達がピンチになれば、必ず『明け星』のメンバーがやってくるしな。


最悪、アバディール王国の南側に新興戦闘国家『グリフィス帝国』が興り、戦乱の世の中になってしまうかもしれない。


そこまでは考え過ぎだけど、とりあえずアバディール王国内でのフォーサイス家の立場は悪くなるだろうな。


「まあ今はまだ我が領内の事であるから何とか収束することはできようがな。だが、娘を傷付けられ家名に唾を吐き掛けられる所業を許し、事態収束に奔走して笑っていられるほど儂の掌は大きくないのでな。どう落とし前を着けるつもりであるか?」


じいちゃんの威圧に負けじと顔を上げる父ちゃん。


「くっ……閣下、我が息子タクミは私の様な凡夫と違い天才にございます。息子と相談させて下さい」


父ちゃん、露骨過ぎ!俺世間的にはまだ赤ちゃんなんですけど!?


「気でも触れたか?確かに其方の息子は才能豊かと聞いてはおる。だが、子爵家の存亡をたかが1歳の乳飲み子に委ねるというのか?」


そりゃそうなるわな。


「そうでございます。お許しを」


「……勝手にせい」


溜息を吐きながら明らかな呆れ顔のじいちゃん。おお、父ちゃんの厚顔さが勝ったようだな。


父ちゃんはこちらにクルリと向き直る。


「た、タクミ。どうしたらいい?」


なにぃ!?さっきまでの厚顔さがウソみたいな泣き顔だな!


「ええええ、そこまで丸投げかよ」


いやある意味いっそ清々しいのは流石勇者ということなのだろうか。


仕方ない、では俺から一手ご教授しましょうかね。


奥の手、ですけど。


まずは俺達家族が無事なことが大切。だから手はひとつしかない。


予定通りオスカーにグリフィス家を継がせ、俺をフォーサイスに売り飛ばす。そうすればグリフィス家にフォーサイスの血脈が入るし縁に跡継ぎがいないフォーサイス家に恩が売れる。


これが奥の手、これがベストだ。まあ俺は後釜ができるまでの中継ぎにしかならないだろうけど、当面家族を守れるなら安いものさ。


「いいか父ちゃん、何も考えず俺をフォーサイス家に売り飛ばすんだ。それしかねえ。あのジジイが仰る通りオスカー兄を手放すのは愚策だ、みんなが損する。でもよ、俺がジジイの所に行けば父ちゃん母ちゃん達の身を切るってことでジジイは溜飲を下げざるを得ないだろ?オスカー兄がグリフィス家を継ぐ確約にもなるし、フォーサイス家にも俺という血は繋がらないものの戸籍上は一応跡取りっぽい存在ができるから得。フォーサイス家とグリフィス家の繋がりも強く見えるから対外面にも吉。これしかない」


「し、しかし、君はどうなる?」


「まあ人質的な?でも大丈夫だ。俺ならなんとかなるし」


「じ、冗談じゃないわ!?タッくんを犠牲になんかできないわよ!!」


俺と父ちゃんの会話にオリビア母ちゃんが割りこんできた。気持ちは分かるけど冷静になってほしい。大貴族の御前で声でかいよ?


「オリビア母ちゃん冷静になれって。ここは黙って頭を下げる所だろ?これで済むなら安いって。俺はあなた達家族を守りたいし、これからもずっと家族だと思ってる。家族の縁が切れるわけじゃないんだし、最適解さ」


納得はいかないようだけどグッと我慢をしてるオリビア母ちゃん。


「タクミさん、あなたって人は……流石身体は赤子中身はおじさん、ですわね」


「いやいや、身体も鍛えてますから只の赤ちゃんよりはかなりイケてるぜ!」


「……私が至らなかったばかりに……ごめんなさい」


「ははは、これは母ちゃん兄ちゃん孝行の前払いなんだからな。これからもみんな仲良くしてくれよ?」


貴族のミリアム母ちゃんは俺の出した答えに納得したようだ。流石上級貴族の令嬢だね。


「ふむ……これは見事!」


俺達の話し声は壇上のフォーサイス卿にも聞こえていたらしい。


「タッくんとか言ったか、確かに1歳とは思えない程の聡明さ。見事な返しだな。儂も一先ず溜飲を下げよう」


なぜにタッくん呼び?キモっ!!


「タクミです。初対面のじいさんにタッくん呼ばわりはキモイから止めて下さい」


ここはきちんと言っておこう。クセが悪くなる。


「むむむそうか。タクミよ、スマンな」


あの偉そうな口調のじいさんが……あやまった!?


なんだと!?じじいのデレなんかいらんし!


「閣下、私は息子を手放したくはありません!!しかし……しかし、これで貴方様が怒りを鎮めてくださり、またフォーサイスのお家の為になるのであれば……私は……」


父ちゃんの苦渋の決断。だが、これでいい。


異世界に来てできた俺の家族。俺はそんな家族が守れるならどこでだってやって行ける自信がある!


「わかった、ルイス殿。それで手を打とう。そこにおるタッくん……い、いや、タクミとやらが8歳になったら我がフォーサイス家へ養子に取る。今乳飲み子が来ても手に余ることであるしな」


「か、閣下……温情あるお沙汰、ありがとうございます!!」


ほう、このじいさん中々分かってるな。ここで情けを掛けておけば父ちゃんはもう裏切れない。手打ちとしてはイーブンだけど、交渉的にはじいさんの勝ちだ。


このじいさんも家族認定してやろうかな……その時俺はちょっとだけそんなことを考えてしまったんだ。




でも、そんな考えはこのクソジジイの次の言葉を聞いて吹き飛ぶ事となる。

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