ヴィラン〜女神のせいで3回死んだ俺、愛と復讐の新しい人生を進む〜

ぴ〜ろん

第1話 俺、真っ白な部屋に迷い込む

 俺の名前は土屋巧、35歳。好きで30代になったわけじゃない。独身で恋人はいない。イケてる筈なんだが良縁に巡り会えていない。兄弟もいないし両親も既に他界している名実共に天涯孤独な男だ。


 まあ気楽なものさ。未成年ならまだしももう社会に出て10年以上経っているいい大人。仕事もあるし住む所もあるんだから特に問題ない。


 働いてて独身だからな、まあ金も多少ある。真面目に働いているからな。なぜ独身なんだろう?おかしいな。


 その真面目にやってる仕事なんだが、俺は電力会社に就職し鉄塔の保全の仕事をしている。日本中の皆さんの生活を守る為の大事な仕事をしている、と自負しているよ、建前だけど。


 高さが何十メートルもある鉄塔に昇り、電線やそれを固定するガイシ、ワイヤの状態を確認したり、ついでに鉄塔自体を繋ぐボルトや梁に異常がないかを確認してる。


 鉄塔自体に不備を見つけた場合は報告してそれぞれの担当部署で対応してもらうんだが、電線に不備があれば俺達の仕事だ。あの高い鉄塔の上まで資材を引き上げ、高圧電流対策の装備を身に付け、梁によじ昇り身体を固定して不良箇所を直すんだ。


 俺達が受け持っている30箇所程度の鉄塔を数ヶ月に1度は点検をする。鉄塔は車では行けない山のてっぺんにもあるからな、数十キログラムにも及ぶ装備や資材を身に付けて数時間掛け徒歩で現場に向かう場合もあるんだ。中々にキツいぞ。


 ちなみに点検する日以外は鉄塔に昇って作業するための訓練をしている。高圧電流を扱うための訓練もだが、どちらかといえば体力作りや行動の訓練がメインだ。本番で作業する時になって分からないじゃ洒落にならないし、もし落ちたらよくて死亡、下手をすれば落下中に鉄塔の梁や地面に激突した際身体がちぎれ飛んでしまい、仲間や家族にまで多大な迷惑を掛けてしまうことになる。


 安全は必ず担保されなければならないのだ。安全に配慮し危険を排除した決められた手順をスムーズに行う、その為の訓練をやっているんだ。


 高い鉄塔の上での作業は資材を引き上げるのも大変なんだ。身体に細いワイヤを取り付け鉄塔を登る。上に着いたらそのワイヤを手動の巻き取り機に固定して巻き上げる。ちょっとした荷物や資材であればそれで引き上げれば終わりだが、電線やワイヤなど隣の鉄塔にまで延びる物になると話は別。


 最初に引っ張ったワイヤに少し太めのワイヤを取り付け巻き上げ、その少し太めのワイヤで更に太いワイヤを引き上げていく。いわゆる『塔の上のラプンツェル』をやる訳だ。


 ……鉄塔の上に異性や恋人を引き上げて楽しむ訳じゃないのが彼女と違う所なんだが。上がって来るのは灰色の金属質な物体ばかりだからな。


 地上では担当部署が鉄塔から鉄塔間の地面に電線を吊るすためのガイドワイヤを延ばす。反対の鉄塔にも俺と同じ様にしてスタンバイしている奴がいて、連携を取りながら双方が地上にあるガイドワイヤの端部を引き上げていくんだ。


 双方ガイドワイヤの引き上げと固定が終了したら、片方の鉄塔から電線を吊るしていく。張ったガイドワイヤには引き込み用のラインワイヤが付けてあり、それに電線を取り付け、もう片側の鉄塔がラインワイヤを引けば無事電線が開通するって寸法さ。


 というわけで筋トレも俺達の大事な仕事ってことになる。見よこの見事な大胸筋、腹直筋、内転筋三角筋上腕二頭筋!


 ちなみに撤去はその反対。片側から電線を抜き取り、ガイドワイヤを双方から下ろしていく。切り離して落とすなんて危険なことはしていないから安心してほしい。


 そうやって俺達は鉄塔の上で電線の保守メンテナンスをやっているのだ。中々に大変だが誇りを持ってやっているんだ。



 今日の空は薄曇りでわりと過ごし易い感じ。


 本日の業務は通常の点検。天気のお陰か鉄塔を昇るのにストレスはない。


 やっぱりさ、過ごし易い環境って大事だよね。ワイヤの巻き上げをやる日が炎天下だったらマジで辞めたくなるんだよ。冬の凍てつく寒さの時もやだけどな。


 今日みたいな日にキツめの仕事をやっときたいよ全く。


「おいタク、俺達が見ててやるからちゃっちゃと点検しなって」


「ははは、降りたら昼飯ぐらい奢ってやるからな」


 安全確認で一緒に鉄塔へ昇ったのは先輩の梶山さんと監督の谷川さん。鉄塔の上で足を滑らせて宙吊りになったり感電して意識を失ったりした時素早い処置をするためこうやって何名かで鉄塔に上がるわけだが、幾分オッサン率が高い。


「アンタらはいつまでも先輩ヅラだなぁ。俺だってもう30代半ばだぜ?なんでいつまでも後輩やってなきゃならないんだよ!」


「そりゃお前が歳を食うたび俺達も歳を食ってるからだよ!お前は俺達の班内では永遠の若手なんだって」


「そうそう。まあタクちゃんが50歳越えたら流石に俺達もいなくなってるかもな。しっかりカメラに勇姿を写しといてやるからしっかり働けぃ!」


 梶山さんはこっち見てニヤニヤ、谷川さんはスマホのカメラで俺を撮影してる。


 キチンと確実に安全に仕事してるかを録画して提出するんだけどさ、今までも梶山さんがサボってるのがずっと録画されてるはずなのにそれを1度も指摘されたことがない。


 解せん!


 解せんが、ゴネても仕事が終わるわけじゃない。


 しゃあねぇ、昼飯に鰻食ってやろう。2,500円の上鰻位はいいよな谷川さん!


 渋々自分のハーネスからフックを取り外し鉄塔に付いてる墜落防止用の金具に掛ける。電線まで伸びる安全点検用歩廊を歩いて進む。フックとハーネスを繋ぐランヤードが延び俺の身体を軽く引っ張ってる。


 ワイヤの傷み無し、ガイシの割れ無し……OKだ。


 タラップにフックを掛けながら更に上へ昇る。フック先掛けで安全確認、ヨシ!


 ガイドワイヤにガイシ、締結ボルトの弛みもない。こっちも問題なさそうだ。


「あー点検終了っと、しかし薄曇りだけど良い気持ちだなぁ。周りが真っ白に見えるぜ」


 やっぱり鉄塔の上は最高だな、解放感が違う。空気が沢山吸える気がするぜ。


 そう言ってタラップを降りる。タラップを二段降りたらそこは真っ白い広間だった!?



 あり?ここ何処!?

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