第22話 写真撮影会で嫌がらせを受ける
メンバーにはCDが発売されるたびに、基本2つの衣装が用意される。一つは活動中に着用する制服、そしてもう一つは楽曲を披露するときに着用する歌唱衣装がある。
個別握手会は衣装ではなく私服での参加が基本となっているので、何を着るかはメンバーの自由になるのだが、全国握手会は制服での参加となる。
制服姿のメンバーと握手する機会はあっても、歌唱衣装姿での握手会は今まで行われたことはなかった。
今回、初のアルバム発売を記念して、メンバーが歌唱衣装で握手会を行うことになった。
楽曲披露をしているそのままの姿のメンバーと握手ができるのだ。ファンとしては堪らないことだろう。
だが、ガチヲタ単推しの僕からすると言うほど特別感は感じてなかった。
いつもの握手会としか思っていなかった。
推しと握手する為に行っているので、推しが何を着ていようが僕にはあまり関係のないことだった。
いつもの握手会の気分のまま参加し、推しのレーンに進んでいく。列に並ぶとパーテーションの隙間から推しの姿がチラチラ。
うん?あの衣装はいつのだ?
推しは見たことあるような、ないような衣装で握手会をしているではないか。
自分に順番が回ってきて、推しの目の前に立ったがいつの衣装か思い出せないでいると。推しの方から口を開いてきた。
他のメンバーの衣装を着ているのだそうだ。
「衣装って自分以外のも着ていいの?」
自分の衣装じゃないとダメなどの制限はないのだとか。なので他のメンバーが着ていて可愛いなと思っていた衣装も自由に着ていいらしい。
「何着たらいいと思う?」
不意にそう聞いてきたので返答に困っていると、補足してくる。
推しは今回の握手会に特別感を出したかったので、喜んでもらおうと思い、今まで着たことがない他のメンバーの衣装を着てみたのだそうだ。
が、喜んでもらえるどころか、なんかイメージと違うと言われてしまうことが多く困っているらしい。
ファンとしてはあの時着ていた衣装の推しに会えると思って、期待して来たのに他のメンバーの衣装を着ていたものだから、違うと首を捻っているのだろう。
なるほど、わからなくもない意見だ。やはりセオリーな自分の衣装を着ている姿が好まれるのかもしれない。
「私のセオリーって何?」
「一番インパクトの強かったものだと思うけど、、」
なら、露出が多めの衣装がいいのではと提案してみた。そういう衣装を好む人が多いと思って善意で言ったのだが。
「なんか寒そうだね」
早速、次の部で着替えてくれたようなのだが、なんだかお腹が出ていて寒そうだった。
お腹を冷やさないといいなと思いながらお腹の辺りに視線を落とす。
「変態だ、こんな衣装、着させるなんて変態だからね」
??なんで?
変態って、運営が歌唱衣装として用意した衣装じゃん。僕が用意して着せた訳じゃないでしょ。なんで僕が変態呼ばわりされなきゃいけないんだ?
聞くところによると僕が来る前に、お腹が出ている衣装のためか、セクシーだとか露出狂とか散々言われていたらしい。
そうなんだ。なんかごめんなさい。
いやいや、ヘソだしルックしている女性なんて、夏場になったらいっぱいいるでしょ。露出狂とか言ってくるやつの方が悪いだろ。
絶対僕は悪くない。
「そういうこと言ってくるなら、あれバラしますよ」
「何あれって?」
意地悪くそう言うと、推しはこちらの様子を伺うように瞳を覗き込んできた。
「あれって、あれですよ」
「だから!あれって何っ?」
僕が不敵な笑みを浮かべると、推しはイラだったように聞き返してきた。
「ミュージックビデオ撮影中に何度も転んで撮影止めてた話、新規ヲタにバラしますよ」
推しは痛いとこ突いてきたなと思ったのだろう。苦笑いして仰け反った。
「よく、覚えてるねー、そんなことあったね」
その衣装の楽曲が発売された時に制作されたミュージックビデオは、プールに少しだけ水を張っての撮影だった。
かなり滑りやすかったそうで転倒するメンバーが続出したらしいのだが、特に僕の推しは一番多く転倒してしまって、皆さんに迷惑をかけてしまったという事件があったのだ。
「人のこと変態呼ばわりするなら、こっちは迷惑者扱いしてやる」
そう言うと推しは睨むような目つきになったので、逃げるように退散する。
「何着たらいいと思う?」
ループし再び推しの前に進むと、まだ次の部に着る衣装で悩んでいるようだった。
「じゃあ、あれは?初選抜に選ばれた時の衣装は?」
「あー、あれねー、でもあれ、なんかブツブツしてて気持ち悪いんだよ」
自分のために用意された衣装をそんな風に思ってたのかよ!
「じゃあ、序列が上がった時の衣装は?」
何着てもどうせ何かしら言われるんだから、自分の好きな衣装着ればいいのに。
次の部、序列が上がった時の衣装を着ていた。やっぱり初選抜になった時の衣装はあまり好きじゃないらしい。その衣装の方がインパクトはあると思うのだが。
「なんかその衣装ってあまりインパクトないよね」
「あなたが、着たらって、言ったんでしょ」
いや、そうだけど、他の提案もしたじゃん。そんなに強めに言わなくてもよくない?
そして事件は後日の写真撮影会でも起こった。
写真撮影会とはメンバーを自分のカメラで撮影できるというイベントだ。自分のカメラでメンバーを撮影できる機会も今回が初だった。
でも僕はこのイベントにも魅力を感じていなかった。
だって被写体はプロでも撮影者は素人。ネットにアップされている画像より綺麗な画像を撮影できるとは思えなかった。
3000円払って1枚写真撮れるってことでしょ。高くない?それに失敗したらどうするんだよ。
そう思っていたが、自分の推しだけ売れ残ってしまったらそれはそれで一大事だと思い、申し込めるだけ申し込むことに。
だがその必要は全くなかった。撮影券は一次応募で完売となっていたのだ。
ファンから怖い人と思われているので、皆さん来ないと思っていたのだが撮影会は別のようだった。
まあ確かにルックスは申し分のないレベルだから、ただ撮影するだけのイベントなら特にプレッシャーを感じることもないので、多くの方が申し込みをしたのかもしれない。
「なんだよ。頑張っていっぱい取ったのに、即日完売するなら買わなくてもよかったじゃん」
19枚も撮影券が取れてしまったんですけど、どうしましょう。
ポーズは指定されている。3種類のみで1がピース、2がハートポーズ、3がメンバーの考えたポーズで、撮影するブースに入るとメンバーに番号を言ってポーズを決めてもらったら撮影するという流れだ。
こちらから細かい指示はできないとのルールになっていた。つまり3枚あれば十分なのである。
撮影会は3部制となっているので1部はピース、2部はハート、3部は考えたポーズをしてもらおうと思っていた。
1部目ブースに入ると推しに手を振った。メンバーとの会話は禁止なので会話はできない。会話はできないというのに、推しはいつもの握手会のテンションで迎えてくれる。
会話はできないと示すため口の前でバツ印をすると、あー、そうねという感じで、分かったというリアクションをしてきた。
一度目の撮影を終了しループしてまたブースに入り、一番と言うと推しは「同じポーズでいいの?」と聞いてきた。だから会話できないんだって。全然分かってないじゃん。
「2部はハートにしてもらうから」と答え、撮影を終えブースを出ようとした時スタッフさんに軽く注意された。
話しかけてきたのは向こうなんですけど。
同じポーズを指定してくるから、気を遣ってくれているのかピースといっても、目の近くに手を持ってきたり、顎のところでピースしてくれたりと工夫を凝らしてくれる。
気遣いをしてくれるなんて珍しく優しいじゃないか。
2部も胸の前でハートポーズしてくれたり、顔の脇でハートポーズしてくれたりと工夫してくれたのだが問題は3部だった。
3部は3番でお願いしますと言うと、メンバーが考えたポーズをしなくてはいけないのだが、こちらにどんなポーズがいい?と普通に聞いてくる。
だから、こちらから指示はできないんだって。
何がいい?と聞かれたので答えると。撮影後ブースを出ようとした時、同じくスタッフさんに注意されてしまうことに。
再びループしブース内へ進むと今度は番号を指定する前に何がいい?と聞いてきた。
だから指定できないんだって。答えていいのかわからず黙ってるともう一度聞き直してきた。
聞き直されたので仕方ないと思い答え、ポーズを決めてもらい、撮影しブースを出ようとした時やっぱりスタッフさんから注意を受けた。
わざとか?わざとやってんのか?わざとやって僕がスタッフさんに怒られる姿を見て楽しんでいるのか?
スタッフさんも僕じゃなくて向こうを注意しろよ。
またループしブースに入る。今度はブースに入った瞬間、スタッフさんから見えない位置でこういうポーズしてくださいとジェスチャーを送った。
すると推しは素直にやってくれた。
本気でポーズ考えてなかったのかよ!
他の方にはどうしていたんだろう。他の方もスタッフさんから注意を受けていたのだろうか。
もうこれハラスメントだろ。
まったく推しが何も考えてないからいっぱい怒られたし。
しかも帰って確認すると、ブレていたり、微妙にピントがあってなかったりする写真がやはり何枚かあった。
絶対、また怒られるかもと思って焦ったからだ。
後日の握手会。
「撮影会あったじゃん。なんでポーズ考えてなかったの?」
???
僕の言葉に推しは目をパチパチさせ、えっ!という顔をしてきた。どうやらサービス精神で僕にポーズを指定させていたらしい。
「客の方からはポーズは指定できませんってルールだったのに、ポーズを指定させるからブース出るとき毎回怒られてたんですけど」
「ははは、それは、ごめん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます