第23話 人気メンバーの握手券

「僕はイルカでしたよ」


 そう言うと推しは一瞬驚いたような表情をした後、疑うような目を向けてきた。


「絶対、うそ〜」


 メンバーの深層心理を炙り出すという企画があり、好きな動物の絵を描いてもらうという場面があった。その時描いた好きな動物というのは自分を投影させているものなのだそうだ。


 猫を描いた人はわがままで甘えん坊とか、その動物に対し一般的に持たれているイメージを、そのまま自分に投影させ描くことが多いらしい。


 僕も意味がまったく分からない状態のままで描いたら、イルカだった。


 イルカを描いた人は平和主義者らしい。


 推しはというと男らしさを象徴するような猛獣を描いていた。秘めたるパワーに溢れている証拠とのこと。


 思わず笑ってしまった。今の推しにピッタリではないか。


 最近ますます当たりがキツくなっているし、人一倍エネルギッシュだし、メチャクチャ当たってる心理テストじゃんと思った。


「キツく当たられても僕は平和主義者だから、うまく流してあげてるんだからね。他の人にはしちゃダメだよ」


 諭すようにそう言うと推しは顔を真っ赤にさせた。


「はぁー、どこが平和主義者だよ!いつもいつも失礼な事ばかり言ってきてるだろっ!」


 まあ、それは否定できない。


 と、いつも通りの楽しい握手会を過ごしていたのだが。レーンを出たところで、いきなりスタッフさんに話しかけられた。


 何でも違うメンバーの握手券を渡してしまったのだとか。


 えっ!どういうこと??


 他のメンバーの握手券を買った記憶なんてまるでない。何かの間違いではないかと券面に視線を落とすと自分の名前が間違いなく記入されていた。


 間違いなく僕の購入した握手会券のようだ。


 ??注文した記憶なんてないんだけど、間違って注文してしまったのだろうか。それとも販売会社が間違って送ってきたのだろうか。


 券が送られてきたら僕はまず仕分けをしている。個握は6会場あるので◯月◯日の分、というようにまず日付で分ける。そして次に、1日5部あるので1部の分、2部の分と仕分けしていく。


 仕分けしている時に他のメンバーの握手券が混じっているなんて、まったく気付かなかった。


 個別握手会券には不正防止のため名前と住所が記載されている。その券を持って受付に行き、身分証を提示して本人確認をしてもらって、メンバーのレーンへ並ぶことになる。


 レーンを進んで行くとメンバーの周りにはパーテーションが備え付けられていて、ちょっとしたブースが設けられている。

 そしてそのブースの入り口にいる方に握手券を渡し、ブース内に入ってメンバーと握手するというかたちになる。


 間違って注文し、仕分けの時も気づかず、受付で提示する時も提示された側も気づかず、最後に券を渡すときも渡された側も気付かないなんて、いったいどんな確率で起こることなのだろうか。


 しかも違う券で握手してしまった後に返されても、この券使ってまた握手してもいいってこと?

 何か得した気分なんですけど。今の推しとの握手はタダってことになるじゃん。何という幸運だ。


 ループし推しの前に進み今起きた奇跡を言ってみる。


「凄いねー、そんな事ってあるんだね」


 今起こった奇跡を一緒に喜んでくれたのだが、次に発した言葉により推しの表情は曇ることに。


「せっかくだからさー、行って釣られてくるから。釣られてもうこのレーンには来ないかもしれないから、今までありがとうございました」


 推しは呆れたように笑った後、睨みつけるような表情へと変わったので逃げるように推しの前から退散する。


 ということで久々に他のメンバーと握手会を楽しめることに。そのメンバーとの握手は僕が初めて参加したとき以来になる。


 あの時は、甘い感じの反応が返ってきてキュン死してしまったんだよなー。現在その娘は人気が爆発し、グループ内の人気がNo. 1となっている。

 グループ内で最も握手会券が取りにくいメンバーへと成長していた。僕の推しとは大違いだ、皆んなあんな甘い感じで、ほわっとしているタイプが好きなのだろう。


 なんで間違って取れてたのか本当に不思議だ。単推しの皆さんすいません。


 レーンに進むとその娘の姿が見えてきた。淡いミントグリーンのワンピースに身を包みツインテールをしているもよう。

 握手を終えブースから出てきている人達は、堪えきれないほどの笑顔をしている。

 ブースを出た僕も同じような笑顔になっていたと思う。以前にもまして甘い感じで癒される対応となっていた。


 癒されて心弾む気持ちのまま、推しの前に進んでいくと目を細められた。


「どうだったの?」


「いやー、メッチャ癒されましたー、マジ天使だった」


 僕の言葉に推しはますます目を細め厳しい目となった。


「配慮とかいうのはないのっ!」


「えっ!誰に?」


「私にだよっ!」


 怖っ!


 推しに意地悪をして楽しむのもいいが、たまには他のメンバーに癒されるのも悪くはないと思った。


 1部を終えたところで注文の履歴を確認することに。僕が間違って注文をしてしまったのだろうか。


 履歴を確認すると間違いなく僕が注文をしてしまっていたようになっている。


「間違ってポチったのかなー?」


 よくよく確認すると2部にも一人、3部にも一人、他のメンバーの握手券を注文しているようだ。慌てて手持ちの券を確認すると、間違いなく混じっていた。


 慌てて、間違って注文したのだろうか、それとも注文するとき寝ぼけていたのだろうか。



 2部が始まったところで推しのレーンに進み、起こっている事実を告げてみる。


「バっカじゃないの!いちいちそういうこと言わなくていいから」


「そんなこと言ったって、釣られて、推し変してこれが最後になるかもしれないんだから、一応言っておかないと」


「な、り、ま、せーん」


 相変わらず憎たらしい顔をしてそう言ってくる。ほんと、酷い対応だな、何でそんなこと断言できるんだよ。分かんないじゃん。


 一応推しに断りを入れてから他の娘のレーンへ。


 その娘とも以前に握手はしたことがある。その娘も以前と違い握手券の入手はかなり困難な状態になっている。


 それなのに入手できてしまった。単推しの皆さんすいません。


 だいぶ大人っぽさが増していて、以前握手した時とは違って極上の美人さんへと変貌を遂げていた。

 ちょっと濃いめのリップをして、耳元で揺れるイヤリングがとってもおしゃれだった。


 この前テレビで演じていたキャラについて言おうと思ったのだが、間違って別のキャラを言ってしまった。


 強めのツッコミが飛んできた。


 ただ、いつも推しからもらっている刺々しいツッコミではなく、柔らかい感じの甘えてくるようなツッコミだった。


 イチャついてるカップルみたいな気分になってしまい、キュン死です。



 再び推しの前に戻り報告をする。


「だからー、いちいち報告しなくていいから」


「何で?他のメンバーがどんな握手会してるか知りたいでしょ」


「知りたく、あり、ま、せーん」


 冷たいなー。こっちには20回も来ていて、向こうには1回しか行っていないんだからそんなに怒ることはないと思うのだが。


 まあ他のメンバーの人気が上がってきているなか、自分から太ヲタが離れてしまったらどうしようと思い、危機意識からそういう対応になっているのだろうけど。


 まだまだ子供だなー、可愛いヤツだ。



 次の部も一応推しに断りを入れてから他のメンバーのレーンに向かうことに。


「はいはい、もう勝手にしてください」


 すっかりご機嫌斜めになってしまった推しを横目に別のレーンへと向かう。


 と言ってもその娘のレーンは推しの隣なので、列に並んでいると推しの姿が時々見える。


 隣のレーンから手を振ると睨みつけるような顔になるのが明らかに分かった。


 怖い、怖い。


 隣のレーンから推しの姿を見ながら待っていると、自分に順番が回ってきたので、その娘の前に進んで番組でやっていたキャラ名で呼んで『初めまして』と言ってみる。


 するとどうしたのだろうか、その娘は固まって動かなくなってしまった。あれ?どうしたんだろう?また名前間違ったかな?と一瞬思ってしまった。


「初めましてじゃないでしょ。絶対意地悪だ!」


 えーっ!?いや、確かに初めましてではないけど。


 推しと全国握手会でペアレーンになったことがあるので、確かに初めての握手ではないけど、あれはかなり初期の頃のはず。


 覚えているとは思えないくらい前の出来事だと思うんだけど、僕の顔覚えていたのだろうか?


 でもとりあえず、何か不貞腐れている感じが滅茶苦茶可愛かった。やっぱりたまに他のメンバーと握手するのも悪くないかも。



 そんなことを考えながら推しのレーンに戻り推しの前へ。


「ヤバい、マジで、釣られてきた」


 そう言うと推しは完全に呆れたような顔になった。


「本当に覚えていたんじゃない?」


 詳細を話すと首を傾げながらそう言ってくる。


「だって、ペアレーンになった時、いっぱい来たでしょ。見たことある顔だなーって、くらいは覚えていたんじゃない?」


 なるほど!


「完全に釣られたので、じゃあ、マジで推し変します」


「はーっ!ふざけんなっ!」


 自分でフォローするようなこと言ったから悪いんじゃん。やっぱり僕の推しは猛獣だ。

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