第20話 アイドルモード全開の0距離の推しに感涙

 神席で観劇できる日の前日、結果を閲覧できるサイトを見ていてふと思った。


 もしかして?他のメンバーに避けられている?


 僕の推しの快進撃はあり得ないレベルに達していた。なんと、12公演目にして10役制覇してしまうという、グランドスラムを達成してしまっていたのだ。


 神がかっている状態と化していた。 


 なるほど、それは他のメンバーに警戒されてしまっても仕方ない事だなと思ってしまった。

 しかも分かりやすく前公演で落選してしまったら、次の公演で同じ役に再挑戦するという選択をしているようなので、その役は避けておこうと思われて立候補者一人になっているようだったのだ。


 僕が観劇した2公演目、3公演目は両方とも前日は落選している。落選してしまった時と同じ役に次の日も立候補しているので、避けられて立候補者一人になり選出になるというのを2回見せられたようだ。


 そうなると本日の結果が落選となってしまっていたら、もしかして明日は立候補者一人になる確率が高まるってこと?


 急に結果を確認するのが怖くなってしまったんですけど。


『本日の結果を見る』という箇所にタッチするのが急に怖くなってしまった。しばらく画面と睨めっこをしタッチできずにいたら、誰かのつぶやきが画面の上部に表示された。


 今日は落選だったようだ。


「なんだよそれー!そんなのあり!?」


 本日の結果を確認する画面を開けずにいたのがバカみたいではないか。


 でもまぁーとりあえず、これはもしかすると、もしかするかもしれないと思って、気持ちが高揚してきてしまった。


「明日が楽しみだなぁ〜」


 明日も同じ役に立候補して、他のメンバーが避け、立候補者一人なんていうことになれば気を揉むことなく観劇できる。


 でも万が一ということもあり得る。明日は応援に気合を入れなくてはならないだろう。

 

 推しメンタオルを身につけて参加する。そう決めていた。


 推しメンタオルとはマフラータオルに推しの名前が大きく記入されているものだ。コンサートなどで広げて掲げると、あなたのファンですよ。という意思表示がしやすくなっている。


 名前は読みやすいように横書きで記入されているのだが、今回僕が持っていく推しメンタオルは縦書きに名前が記入されている。


 縦書きに記入されている推しメンタオルなんてコンサートの時にどうやって掲げれば良いんだよ。とヲタの界隈で大不評だったが。僕はこの縦書きの推しメンタオルを利用してあることを考えていた。


 選挙に出馬されている方がしているように名前が見えるように、襷掛けにして参加するというものだ。


 最前列なので遮るものは何もない。推しメンタオルを襷掛けにした状態で座っていたら、舞台上から丸見えだろう。



 当日、会場に到着すると推しメンタオルを取り出し、両端をピンで止め襷掛けにする。


 開演すると推しと早々に目が合った。


『おっ!』という表情になったのが明らかに分かったので、すぐに見つけてくれたみたいだった。


 推しを応援したいという気持ちが優っていたので、全く考えていなかったのだが、その時の僕は滅茶苦茶に目立っていたようだ。


 舞台上にいるメンバー達と目が合うこと合うこと。


 全員と合ったんじゃないかっていうくらい目が合った。


 物珍しく思ったのだろうか、中にはこちらの方をずっと見て視線を外してくれないメンバーまで。


 いやいや、舞台に集中しろよ。


 ていうか、こっち見てないで自分のファンを探しなさいよ。


 恥ずかしくなってしまって、せっかく最前列にいるというのにじっくりメンバーの表情が見れないという事態に。


 贅沢な悩みという感じだろうか。


 ただ進行していくと徐々に余裕がなくなってきたのか、舞台に集中するようになりだす。


 次々に役柄と立候補者が発表されていく。推しの名前がまだ呼ばれないなーっと思い始めた時、大きな歓声が上がった。


 やはり推しは立候補者一人となっていた。モニター画面に推しの名前のみが大きく表示されている。


 選出決定だ!思わずガッツポーズをしてしまった。


 予想はしていたが正式に決定となり、肩の荷が下りる思いがし大きく息を吐いた。本当に良かった。


 この状況を作り出したのは完全に推しが今まで頑張ってくれていたからだ。頑張って結果を出していたから、こういう流れができたのだと思う。


 ただこれで終わりではない。立候補者一人だからといって自分のアピールタイムがない訳ではない。

 競合者なしの場合でも一応演技審査は行う。ただ一人では形にならないのでパートナーを決めることになった。


 パートナーには一番仲のいいメンバーが選ばれることに。


 会場から全く仲良いなぁ〜っという意味なのだろう。『ヒュー、ヒュー』と冷やかしの声が次々と推しに向かって投げ掛けられていた。


 僕も便乗し、ヒューヒューっと言っておいた。


 二人は照れ隠しの為なのだろうか、お互いを突き飛ばすような仕草をし遠ざけようとしている。

 完全にイチャついているようにしか見えなかったので、冷やかす声がさらに大きくなった。


 演技審査が始まるとサービス精神が旺盛だからなのか、テンションが上がった為なのか、余計な動きを次々として会場の笑いを誘う。


 仲良しの娘はここで頑張らないで、自分のブロックで頑張れよと思うのだが、何故かタガが外れたようになんの脈絡もない変なアドリブを入れ出す。


 これ、競合相手だったら推しが負けていたんじゃないかってくらいの笑いを誘っていた。


 神様ありがとうございます。こんな神席で推しが仲良しのメンバーとふざけ合う姿を見れるなんて、本当にサイコーです。


 終始、神様に感謝しつつ観劇を終えると、もう一つ楽しみにしていたことが始まろうとしていた。


 舞台終演後に最新シングル曲をライブで披露してくれるのだ。


 つまりアイドルモード全開のメンバーを0距離で見ることができるのだ。


 自分の人生にはもう二度と起こり得ないことだろう。神に感謝しつつ、一瞬たりとも見逃さず心に刻みつけようと思う。


 入場曲が鳴り響くと全身を鳥肌が駆け巡った。会場を訪れていた人達はペンライトを灯し立ち上がっていく。そして掛け声を出しボルテージを高め出した。


 楽曲衣装に着替えたメンバーが列になって登場してくる。テレビで見るそのままの衣装のメンバーが0距離にいる。鳥肌が止まらない。


 ステージ上に登場しフォーメーションを整え、歌い始めにするポーズをし動きが止まった。


 これは夢だ。現実の出来事とは思えない瞬間だった。


 曲が始まるとさらにテンションが上がり、全身を稲光が駆け巡った。


 テレビや動画で何度となく繰り返し見ていたダンスが0距離で披露されている。


 センターの娘が手を挙げるたびに、自分にまで届いてくるのではないかと思うような距離だった。


 最近は推し以外と握手はしていなかったので、久々の0距離で見るメンバー達に大興奮。本当に全員天使そのものだった。


 あまりにも近すぎるので、ポジション移動する度に推しの姿を見失ってしまうほどの近距離だった。


 推しを探し視線を忙しなく動かしていると他のメンバーと目が合ってしまった。


 メンバーから目を逸らそうとはせず、ターゲットを絞ったかのようにロックオンして僕の目を見つめ歌ってくる。


 いやいや、誰が推しか分かるように推しメンタオル襷掛けにしてるでしょ。


 メンバーから目を逸らしてくれないので、自分から目を逸らすことになり、ますます推しの姿を見失ってしまうことに。


 ポジション移動のたびに起こるので二度、三度とそれを繰り返す。


 メンバー全員ルックスレベル最上級クラスなので、そんなことされたら気移りしてしまうではないか。


 なんて贅沢な時間なんだ。


 終演後しばらく座席で動けないでいた。いやー、これはもうダメでしょ。もういつ死んでもいい、そう思った。


 ていうかもう僕は死んだのか?


 死んだから今の景色を見ることができたのではないのか?



 後日の握手会。


「あっ!ミドリムシ、寝癖ついてるよ」


 ついとらんわっ!


 推しの前に進むといつもと変わりない推しがそこにいた。


 舞台上で輝いていた推しに会えると思って緊張しながら来たのに、いきなり現実世界に引き戻すようなそっけない対応をしやがって。


 でも綺麗だった。ロングヘアの毛先をオシャレに巻いていて、服装はすでに夏の装いとなり、薄手のワンピース姿だった。


「はい、一言言いたいことがあります」


 僕のその言葉に首を傾げ、疑問顔をしてくる。


「ファンと目が合ったら、自分からは目を逸らさない、なんてルールあったりするんですか?」


 そう聞くと何を言っているのだろうと思ったのだろう、疑問顔を継続してきた。


 推しの反応を見る限りそんなルールはグループ内に存在しないようだ。


「最前列の中央に座ってたでしょ。メッチャメンバーと目が合ってさー。しかも目が合ったら外してくれないのよ。外すどころか、ロックオンしてきて更に見通すようにずっと見つめられたのよ。何なの?違うメンバーの推しメンタオル持ってるのに、お構いなし状態だったよ」


 そう言うと推しは苦笑いしていた。


「他のメンバー見習って、ちゃんとファンの人を釣る努力をあなたもしなさい」


「やって、ま、すぅー」


 なんだその顔っ!やってる人の顔には見えないんですけどっ!


「ところで、今回も最終公演、落選してたよね?なんなの?バカなの?」


「はぁーっ!バカっていう人が、バカなんでスゥー」

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