第19話 応援が必要ない程に成長した推し

 表情とか指先の動きとか、全然違ってた。

 フツーに、圧倒してた。

 なんか、次元が違ってた。


 僕の応援の甲斐もあって、ではないだろうが、推しは初日から快進撃を続けていた。

 観劇された方の呟きを見ると推しを褒め称えるものばかりだったので、思わず笑みがこぼれてしまう。


「くっそー、羨ましいなー、僕も早く観に行きたい」

 

 今年も遂に開演してしまった過酷な舞台公演。僕の推しは順調な滑り出しをしたようだが、今年も長丁場だ、無事に乗り切ってくれることを祈るばかりだ。


 特に怪我だけは気をつけて欲しい。


 神席が当たっているのは開演から14日目だ。怪我とか病気とかで欠場にならない事を強く願っている。


 舞台のことが気になって仕事が手につかず、ソワソワしながら日々を送り、ようやく初参戦の日を迎えることができた。


 当選することができた5公演のうちの最初の日。本当に長く感じた。推しの姿をようやく見に行くことができる。


 今日で舞台公演は5公演目。現在まで推しは4連勝中。観劇した方の呟きによると、危なげないような状態みたいなので今日も期待したい。


 ただ投票するのは観客だ。演技審査のプロでもなんでもない素人だ。他のメンバーがぶっ込んできたり、珍事などのアクシデントが起こってしまったら票はすぐに流れてしまう。


 去年は演技審査で頑張って良い演技を披露したメンバーではなく、躓いて転んでしまうという珍事を起こしたり、オーバーリアクションで笑いをとったメンバーが選出されるなんてことは多々あった。


 そんなシーンを何度も見せられた。


 どんなに演技がうまくても、どんなに人気があったとしても関係ない。自分に与えられた持ち時間中に、一番強く輝く事ができれば投票してもらえる。


 本当に恐ろしい舞台だ。


 昨日まで全勝だったとしても、今日も勝てるなどという保証はない。昨日すごい演技ができたからといって、今日の審査にプラス査定されるようなことはないし、全勝がアドバンテージに働くということもない。


 その日、その時限りの勝負だ。


 去年のデータから考察すると、推しは昨日まで全勝できてはいるが、申し訳ないが同じブロックに立候補したメンバーが与し易い相手だったからだとも言える。


 演じてみたい役があるとは思うが、やはり10役のうち、どの役に立候補して実力が高いメンバーとかち合わないようにするのかが、攻略のポイントだと思う。


 ちなみに10役のどこに選出されることになっても、セリフ量や出演時間に大きな差はない。去年がそうだったので今年も同じだと思う。


 メンバーは10役のどの役になっても大丈夫なように稽古はしているのだろうが、人それぞれ得意不得意はあるだろう。

 この役は可愛い女の子を演じなくてはいけないので、得意と思っているメンバーもいれば、苦手と思っているメンバーもいるだろう。

 この役の台詞が素敵だから是非、演じて言ってみたいからその役を獲得したいとか、その役のセリフは専門用語が入っていて覚えられないから避けることにしようとか色々あるだろう。


 ちなみに僕の推しは、キチンと10役全てのセリフ、動きを完璧に覚えているので、その役をやりたいから立候補する。もしくは他のメンバーの動向を探って立候補するかどうかを決める。その割合は4、6くらいの気持ちで決めているのだそうだ。


 去年の舞台後の握手会で聞いたところによると、そういう感じだったと言っていた。


 ということで今日はどちらになるのだろうか。


 今までは恐らく他のメンバーの動向を探ってあまり倍率が高くならないような役を選んで立候補していたのだと思う。

 そうするとそろそろ自分が演じたい役に立候補してきてもおかしくない頃だと想定できる。そうなると激戦区に立候補することになってしまい、選出されず舞台の大半の時間を推しがいないままの状態で観劇を続けることになってしまうかもしれない。


 そんな事を考えながら一年ぶりに劇場に行くことになったのだが、いきなり驚くことが起きてしまった。


 去年、行きつけにしていた中華屋さんが無くなっているではないかっ!


 なんと!その場所はチェーン系のカレー屋さんになっていた。


 時の流れとはこうも残酷なものなのだろうか。去年来た時はけっこうお客さんが入っていたと思ったのだが、たった一年で無くなってしまっているとは。この一年の間に何があったのだろうか。


 やっぱり客商売って難しいのだろうなー。


 推しのいるグループもチケットが取りづらくなっていることは、ありがたい事だと思わなくてはいけないな。


 ハプニングで始まることとなってしまった観劇の初日なのだが、舞台ではハプニングが起こらない事を祈る。


 会場に到着すると多くの方が来られていて、グッズ販売に並んでいるようだった。

 最近、部屋が推しのグッズだらけになっているのであまり買わないようにしようと思ったばかりなのだが、やはりこういうところに来るとどうしても買ってしまいたくなってしまう。


 部屋に飾りきれないので、どうせ仕舞っておくだけになるとは思いつつも、結局グッズを色々と買い込んでしまってから会場内へと進んで行くことに。


 久々の観劇だと思いドキドキしながら待っていると遂に開演となり、推しが登場してきた。


 今日もメンバーの誰よりも増して一番可愛い。


 今年も去年同様、今回の舞台がどういうものなのか簡単に説明があった後に、早速どういう役があって、誰がどの役に立候補しているのか発表が始まった。


 推しは早い段階で呼ばれた。


「やっぱりかー」


 恐らく演じてみたい役に立候補したのだろう。競合相手はなんとグループ楽曲のセンター経験者ばかり。もう完全に死のグループへの選出となってしまっていた。


「はぁー、マジかぁー」


 何で僕が応援しにきた日に限って、激戦区に立候補するんだよ。と思い頭を抱え込んでしまう。


 もうこれは推しの実力を信じ、祈るしかない。


 そう思っていたのだが、審査が始まると何も心配などすることはないのだと見せつけられた。

 SNSで呟かれていた通りだった。他のメンバーと比べ、表情は豊かだし、動きも指先にまで意識を集中させているようだった。


 本当に美しい。


 握手会で向き合うときはいつも僕の馬鹿話に合わせ、おちゃらけてくれているのだが、その姿は全く感じられなかった。

 まるで氷上で踊るフィギュアスケートの選手のように動きはしなやかで滑らかだった。


 高倍率のアイドルグループに選ばれるような人だ。僕のような凡人とは違って、やはり才能豊かな人なんだなって思ってしまった。


 それに去年見た時とは全くの別人のようだった。この一年でさらに急成長を遂げているようだ。


 応援なんてする必要ないのかもしれない。そう思った。


 握手会で向き合っている姿は、まだまだ赤ちゃんみたいなあどけない顔をしているのだが、こうやって客席からステージに立っている推しの姿を見ると別世界の人のような感じがした。


 結果は見事選出となった。


 選出となって嬉しいはずなのだが、なんなのだろうかこの虚無感は。


 呟き通りの別次元のレベルだったような気がする。他のメンバーも成長しているのだろうが、僕の推しの成長は著しく早いような気がする。


 選出され感謝の気持ちを述べている姿はいつも通りのあどけなさが見られた。とても圧巻の演技を見せてくれた人と同一人物とは思えなかった。


「やっぱり、顔はまだまだ赤ちゃんだよなー」


 推しが成長していることを素直に喜ぶことにしよう。自分にそう言い聞かせることにした。



 次の観劇までしばらく間が開いてしまうということもあり、結果を見ないでいた。今日の出来があまりにも素晴らし過ぎたので、無双しちゃうだろうと思って油断して見ないでいたのだが、後日ビックリすることに。


 普通に落選してた。


 やっぱり、僕の応援が必要なんじゃね?


 SMSを見ても誰もその件については呟いていないようだったので詳細は分からないが、その時に競合したメンバーは最近いじられキャラで人気になってきているメンバーだった。


 きっと何か珍事が起こったのだろう。


 気合いを入れて応援しようと思って向かった2公演目は、なんと!競合者なしの立候補者一人だけだったので、応援することなく選出決定となった。


 もぉー、応援させてくれよー。


 まぁー、めでたいから良いんだけどさー。


 そういうことは神席が当たった日にお願いします。

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