第18話 奇跡!最前列中央席ゲット!
その日、僕は絶望感に打ちひしがれていた。
去年、数々のドラマを見せてくれた。あの舞台公演がまた開催されるとの発表があったので、意気揚々とチケットを申し込んだのだが、、。
何と、5枚しか入手できなかったのだ。22公演も行うというのにたった5枚しか当たらなかったのである。
去年は10公演参加したので、今年はもっと参加してやろうと意気込んでいたのだが、『ご当選されました』とのメールはたった5通だけ。
他は何度見返しても『ご用意することはできませんでした』となっている。念の為申込サイトで確認しても、落選の表示が多数並んでいるだけだった。
「マジかぁ〜」
去年あれだけ話題になった舞台だ。競争率が激しくなったのだろう。今年は応援するために行くというよりも、普通に舞台観劇に行くだけになりそうだ。
僕の推しは去年あれだけの躍進を見せたのだ。そこまで応援しなくても大丈夫だとは思うが、応援できないというのも何だか寂しい。
気落ちしたまま次の握手会に参加することになったのだが、本日の推しの姿を見て驚きのあまり仰け反ってしまった。
何と今日はメイド服を着ているではないか!?
何だ?何だ?どうした?
今日からまた路線変更することにしたのだろうか?
最近グループ内でコスプレ衣装を着て、握手会をする娘が増えてきている。誘因はちょっと甘めのタイプのメンバーがコスプレ姿で参加するようになり、人気を博しているので徐々に真似をするメンバーが増えていっているという感じだ。
まさかお堅いイメージのある僕の推しも、その流れに乗ってくるとは思わなかった。まあでも内面は乙女だから、自分もメイドさんになりたいって内心ずっと思っていたのかもしれない。
お帰りなさいご主人様とかそんな感じのことを言っているのだろうか、両拳を顎に当て首を傾げたりしている。
キャラじゃなくない?何だか笑えてきてしまった。
レーンを進み推しの前に進んで行く。渋い顔をして入ってきた僕のことを認識したのだろう、何も聞いていないというのにややスカートを広げながら言ってきた。
「お姉ちゃんの借りてきましたー」
嘘つけ、コスプレ好きのメンバーに感化されたんだろ。何だったら一緒にドンキとかで買ってきたんじゃないのか?
お姉さんに勧められたから仕方なく着てみました的なことを装いやがって、バレバレだっつーの。これはキツめにお仕置きをしなくてはいけないな。
「何?お姉ちゃん自前でこんなもの持ってんの?姉妹揃ってアホだな」
お姉さんを巻き込んできているようなので、お姉さんごと批判するような言葉を言ってみた。
「ナニーっ!!」
絶対メイドさんがしてこないような怖い顔をして睨みつけてきた。
かなりお怒りになられたようなので、剥がされる前に推しの前から逃げるように退散する。
握手会のたびに足繁く通っているというのに、毎回、塩対応されているのだからこれくらいは言っても大丈夫だろう。
ループしすぐにレーンを進んで推しの前に行くと、怒られるかと思っていたがそうでもなかった。どうやら皆さんに可愛い、可愛いと言われて上機嫌になっているようだった。
普通に話しかけると怒られた。
「いやいや、私の格好に触れないとか、おかしいでしょ。可愛いって素直に言いなさい」
そう言って握手している手の甲をパチンと叩いてきた。先程あれだけの口撃をしたというのに全然ダメージを喰らっていないとは。
「いや、事務所NGなので、その件についてはノーコメントです」
「何でだよっ!」
次の舞台公演も応援してるから頑張ってね。と真面目に言いたかったのにこれでは言えないではないか。
いつもスッカスカの推しのレーンなのだが、今日は人が多いような気がする。
メイド姿を見るために、いつもは来ることを躊躇していた人達が集まってきているのだろうか。言うほど特別なものとは思えないのだが。ほんとメイド服好きな人って多いよなー、何でなんだろ。
まあでもせっかく着ているのだから、ファンとしては何も褒めないのも何か違うなーっと思ったので、再びループしてレーンへ進む。
でも、メイド服を着ている女性には何て言うのが正解なのだろうか。その服似合っているねー、みたいなテンションでメイド服似合っているねーっと言って良いものなのだろうか。
そんな事を考えていたらもう自分に順番が回ってきてしまった。
「何?褒めるとこが、無いって事?」
僕が困惑しながら進んで行くと、僕が言葉を発する前にそう言ってきた。
いや、そういう訳ではないのだが。
「メイド服似合いますねって言って良いのかどうか分からなくて」
「なんで?」
「いや、だって、メイド服着てる女性からは知的な感じが感じられないっていうか、、なんていうか、、似合ってるねって言われて嬉しいものなの?」
「考えすぎだから、そこは普通に可愛いですねって、言って置けば大丈夫だから」
僕の言葉を鼻で笑うとそう言ってきた。そうかそんなものなのか。
再びループし前へ進むと、テンション高めに可愛いですねと言ってみる。
「ダメ、心がこもってない。やり直し」
えーっ!酷い。今日はダメだ。真面目な話はできそうにない。
恐らく5部になったらメイド服は脱ぐだろうからその時話をしよう。
推しは気遣い屋さんなのでメンバーを待たせないように、4部が終わると身支度を始め、すぐに帰れるように準備を整えてから5部に臨む傾向にある。
5部はメイド服では握手会をしないだろう。その時ゆっくり話そう。
ということで今日は1〜4部は手短に終えることにしたので、空き時間が増えてしまった。
この時間を利用して、舞台公演のチケットを発券してもらうためにコンビニへ向かうことに。
コンビニで発券してもらい、チケットに記載されている座席番号を確認した時、僕は発狂してしまった。
5枚のうちの1枚が、何と、最前列の中央の座席だったのだ。
「ウォーっ!きたーっ!」
コンサートや舞台公演の時に最前列で見れる人達は、どんな境遇の人なのだろうとずっと思っていた。
最前列で観覧出来るなんて、どれだけの徳を積んでいる方なのだろうと思っていた。自分には訪れないことなのだろうとずっと思っていた。
来たよ!来たっ!凄い!凄い!
これは一生分の運を使い果たしてしまったのではないのだろうか。
でもちょっと待てよ。もしその日、推しがヘマをしてしまったら、推しのいない舞台を永遠と見る羽目になってしまうのではないのだろうか。となると益々応援してますと、キチンと伝えなくてはいけないではないか。
そして迎えた5部。
5部の開始時間になっても推しは直ぐに現れなかった。ということは間違いなく身支度を整えてから参加する気なのだろう。
10分ほどすると推しが小走りで自分のブースへと向かってきた。やはりメイド服は着ていないようだ。
髪はおろしナチュラルにふわっとした感じになっている。黒のセミワイドパンツにグレーのハイネックを合わせているようだ。コートを羽織れば直ぐに帰れる感じだろう。
メイド服を脱いでも何ら変わりなく可愛さレベルは最上級だ。
推しの前に進むと勢いよく握手し「舞台応援してます。頑張ってください」と力強く言った。
僕の行動に推しは一瞬驚いた表情を浮かべたが、直ぐに表情を緩ませ「応援しててくださいね」と言ってきた。
いつもふざけていることが多い僕なのだが、真剣に頑張ってくださいと言われてどんな気持ちになったのだろうか。
ただこちらに向けられている瞳は、この世のものとは思えないくらいの輝きを見せていた気がする。
「全公演申し込んだんだけどさー、5公演しか当たらなかったよ。でもその分、一回一回を大切にして、一生懸命応援するから頑張って」
最前列中央の座席が当たった日は特に。そう言いたかったがそこは遠慮しておいた。
僕には応援することしかできないから無駄に気を遣ってほしくないし、どうせ最前の中央にいるのだからすぐに分かるだろうし。
セクシー系の衣装を着たり、コスプレしてみたりと試行錯誤して頑張っているようなので、きっと今回も良い成績を残してくれるだろう。
期待してます。
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