自由になりたい風俗おねーさんと、死にたくないロシアンルーレット野郎

ポロ

プロローグ

今から約8年前。


中国の若い男が人を喰う事件が起こった。


その男は体が突如、身体の筋肉が膨れ上がり、とても人間とは思えないような鋭い牙が生えていたという。


その後、その男は駆け付けた警察さえも食い殺し、とてつもない足の速さで逃走した。




そんな事件は世界中で瞬く間に報道された。


そして、世界中で同じような化け物が発見され始めた。




人々は化け物を『覚醒者クガラ』と呼び、化け物になること『覚醒』と呼んだ。




---現在---




日本は国としての機能をほとんど失っていた。


クガラや覚醒について、世界中の研究者が行き詰まりを感じていた。




人間が集まる街を少し出れば、そこらじゅうの廃墟になった建物や道路にクガラが突っ立っている。


人が住んでいる街も、裏路地に入ればいつクガラに襲われるか分からなかった。




人々は希望を失っていた。




母が覚醒し、父を喰った。


弟が覚醒し、親を喰った。




何せ、覚醒する条件が分からなかった。


ウイルス的なものなのか、体質的なものなのか。




何も分からないまま、いつ喰われるか。 いつ自分が覚醒するか。


そんなことに怯えながら、人々は毎日菓子パンをちまちまと食べる生活をしていた。








-とある風俗店。




「アン!アン!アーン!」


芝居かかった喘ぎ声が店内に響いていた。


「おら! どうした!ほら!」




---




「ありがとうございました!料金は三万三千円になりますー!」




黒髪ショート。源氏名『ザヤ』


彼女は自身が不在の時、親をクガラに喰われ、親が背負った借金返済と彼女と一緒に生き残った妹を養うの為に体を売っていた。


16歳であった。




「ハァ?三万円だぁ? ふざけんじゃねぇ!こんなガキ見てぇな女よこしやがって!おめぇみたいな女の相手してやったんだからむしろ俺に金払ってほしいくらいだね!」


男はザヤにそういった。


会計のいざこざで警察が駆け付けるほど、いい世の中ではないのだ。




「そんな事プレイ後にいわれましたも・・・ お金は払っていただかないと困ります。」


「んだてめぇ! 口答えすんのか!」




男は声を上げた。


そこで、ザヤの作り笑いは消えた。




「口答え?。違うね、暴力だよ。」


そう言い、ザヤは男のみぞおちを殴り、前傾姿勢になり蹴りやすい位置に来た男の頭を蹴り飛ばした。




「てめぇ。中出ししたから追加料金な。」




そう言いながらザヤは男のポケットから財布ごと引き抜き、男を店の外に放り出した。


その後、ザヤは事後ピルを飲み、煙草をとライターを持ち路地裏に向かった。






「ふぅー」


ザヤは路地裏に座り込み、煙草をふかしていた。


彼女の頭の中には、昨日初めて吸った薬物の事しかなかった。




「すんません。火ぃ、もらっていっすか?」


ザヤに話しかけた男は同じく、どこか成長しきっていない顔立ちの男だった。


名前は零レイ。 ザヤと同い年だった。




「・・・うん」


ザヤはライターを取り出した。


「あざっす」




レイは火の付いた煙草を咥え、ザヤと1メートル50センチほど離れた位置に座り込んだ。


しばらく沈黙が続いていたが、レイが口を開いた。




「お姉ぇさんは何やってっる方なんすか?」


「私?この近くの風俗で働いてる。アンタも金さえ払ってくれたらヤッてあげるよ。」


「一番安いコースで何円すか?」


「3500円。」




それを聞くとレイは財布を取り出し、中身を確認した。




「おしー、あと500円足りねぇ。」


レイは適当に悔しがりながら、そういった。


「そう。」




(500円ボったの、かわいそうだな。)




「アンタは何してんの?」


「俺すか? 俺はつい昨日、家族が喰われたんすよ。それで家を追い出されて。んで今、どうしよっかなーって感じっすね。」


「そう。」




ザヤは煙草二本目の煙草に火をつけた。




「・・・ゴミみたいな世界っすね。将来になんの希望もないのに、こんなクソ見たいな生活して。死に方も選べねぇのに。」


「そうね。」


ザヤは適当に返事をした。


彼女は考えても分からないことは、考えない派なのだ。




再度現れたしばらくの沈黙の末、レイはベルトに挟んでいたリボルバーを取り出した。


すると、彼はシリンダーを回し、そしてハンマーを起こした。




「何してるの?」


「ロシアンルーレットっす。」


「・・・」


「そこでお願いなんですけどもし空だったら500円、まけてくんねぇっすか?」


「いいわよ。」


「よっしゃー」




彼は微笑みながらそう言い、右手で握ったリボルバーの銃口を頭へ向けた。


その瞬間、パァーンっと乾いた音が鳴りレイは地面に倒れ、頭から血を流していた。




「はぁ・・・ ヤなもん見せやがって。」


ザヤは煙草を地面に落とし、グリグリと靴で踏みつぶした後、路地裏から出ようと歩き出したその時、先程目の前で死んだはずの男からグチュグチュという、グロイ音がした。




「えっ?」


ザヤが振り返ると、そこには吹っ飛んだ脳みそを丁寧に頭に戻している『クガラ』がいた。


「えっ ええ? ええええええええええええ!」




彼女は思い切り地面を蹴り、人のいる所へ逃げようとした。


だが、人とは身体能力に根本的に差があるクガラから逃げることができる人間などこの世にはいなかった。


クガラになったレイはザヤを押し倒した。




「や、やめ!やめて!ちがっ!ほんとにっ!やめてぇーー!」


クガラはしばらく泣き叫ぶレイを眺めていた。


「やめてぇ・・」


クガラは左手でザヤの顔を固定し、右手でザヤの右の眼球を穿り出し、それを舐めまわした後、


口に入れ、頬張った。




「あああああ!痛い!痛い!痛い!痛いいいい! こ、殺すぞてめぇ!!!ぶっ殺してやるぅ!!」


クガラはそんなザヤの言葉を無視し、今度は首元に嚙みつこうとしていた。


「あぁ・・・ ご、ごめんない!ごめんないごめんないごめんないごめんないごめんないぃ! やっ・・・」




ザヤは肌に、牙が当たる感触を感じたあたりから、抵抗を諦めた。


(まぁ顔も知らねぇ、そこら辺のクガラに喰われるより、あの男に子に喰われるんだったらマシか・・・ ごめんなルル。 お姉ちゃん、先に逝くよ。)


ザヤは、もうない右目はともかく、充血した左目をギュッと閉じた。




(ん・・・・?)


体感1億秒。まだ意識があることに違和感を覚えたザヤは恐る恐る目を開けた。


そこには首を刀で一突きされたクガラが、自分の胸元に血をポタポタと流していた。


さらに、ザヤの左目はその刀の持ち主に視線を向けた。


すると、黒ずくめのスーツに、綺麗にセンター分けされた赤髪の男がそこには立っていた。




「どうだ?記念すべき一匹目を殺した気分は。」


その声の持ち主も、黒ずくめのスーツを着た男だった。髪がオールバックで、髭は整えられている。


「そ、爽快です・・・」


赤髪の男が答えた。


「そうかい。爽快か。なんつってな!ハハハ」




ザヤは呆気に取られていた。


すると、つまらない親父ギャグを言っていた男がザヤに近づいてきた。


「よぉ。大丈夫かい。お嬢さん。」


「・・・は、はい」


「そうか、俺には大丈夫には見えないけどな。」




そう言いながらオールバックの男は自身の右目をトントンと叩いた。


すると、ザヤの右目に、思い出したかのように痛みが走った。


「ああああああああああああああああああああ!」


「はっはっは!」


「た!助けて!見えない! あぁ!眼がぁぁぁああぁあ!」


「はっはっは!」


「何笑ってんだ、クソじじぃ!!」


「たーはっはっは!」


すると、赤髪の男が救急者を呼んだ。




「災難だったなぁ」


オールバックの男は煙草を吸いながら感情の籠ってないセリフを言った。




その時、ザヤの隣に並べられたクガラから、大量の蒸気が出てきた。


「な、何だ!?」


オールバックはすぐさま、警戒態勢をとった。


赤髪の男はすでに刀を抜き、斬りかかろうと、蒸気の立つクガラへ一目散に走っていた。


「待てぇ!フェイ!」


オールバックの男の声により、フェイと呼ばれた赤髪の男は立ち止った。


「何かおかしい。」


そう言いながら、彼らは警戒態勢を取り続けた。




「ん・・・ん?あ、あれぇ?えっ、俺は・・ん?」


蒸気の中から聞こえてきたのは、絶賛声変わり中の男子の声だ。


「な、なんだ?」


「ひ、人?」




蒸気が薄れ、ザヤの左目に映ったのは先程、ロシアンルーレットで自殺した、クレイジーな男だった。


「え・・?」


「な、何だお前は?」


オールバックの男が尋ねた。


「い、いやアンタたちこそ誰っすか?」


「はぁ・・・ヤヤコシイことになったなぁ。」




「ど、どうしますかハッキューさん。 殺しますか?」


フェイが尋ねた。 


「いや待て。」




ハッキューと呼ばれたオールバックの男はレイの元にゆっくりと近づいた。


「おい、てめぇ。選べ。 ここで死ぬか。死ぬまで、対クガラ対策部門カッコ対クガラ対策課カッコ閉じ、で働くか」


「は?」


「おめぇは理性を持ち、自由にクガラになれる『念者ねんじゃ』だ。そして、おめぇに与えられた選択は『死ぬか。死ぬまで、対クガラ対策部門カッコ対クガラ対策課カッコ閉じ、で働くか』だ。」


「なんで、よく分かんねぇあんたによく分かんねぇ選択迫られなきゃいけないんすか?」




すると、ハッキューは覚醒によって服が破れたレイの素肌に、煙草の灰を落としながら言った。


「簡単だ。俺の方がお前より強ぇからだ。」


「俺がクガラになってもっすか?」


「なってみろよ」


「ふぁーーーー!あああーーーー!ちょれい!ふぉおおおーーーーーー!」


レイは覚醒しようと、必死に叫んだが体が膨れ上がることはなかった。




「おいクソガキ。選べっつってんだ。」


するとレイは、右目の辺りを必死に抑えているザヤを見てこういった。


「なぁ、風俗おねーさん」


「殺すぞ」


「おねーさんに選んで欲しいっす。」


「は?」


「このクソじじぃが言った『選択。』」


「じゃあしね。」


「えー」




レイはハッキューの方を向き、


「って事なんで、殺してください。」


「そうか。」


そう言うとハッキューは、レイの喉に拳銃の銃口を向けた。




「いや、やっぱ待って!」


レイがザヤの方を振り向いた。


「やっぱり殺さなくていい。」


ザヤはそう言った。


「やったー。生存! ってことなんで、この銃どけてもらっていいすか?」


「そうか。 ようこそ。


『死ぬまで一緒に働こう!~対クガラ対策部門カッコ対クガラ対策課カッコ閉じ~』へ。」




そう言うと、ハッキューは拳銃をしまった








しばらくして、救急車が到着するとザヤはこの街で唯一の病院に搬送された。


レイもハッキューとフェイの監視下の元、同じ病院に連れていかれ検査を受けた。




「よぉ、おじょーさん。」


ハッキューが病院の廊下を歩いていると、眼帯をしたザヤとすれ違った。


「はい」


ザヤはあからさまに面倒くさそうに返事をした。


「いつまで入院なんだ?」


「今日退院です。ベットの数もないし、金もないので。」


「そうかい。」




ザヤは参っていた。


金の問題。


眼の痛み。


目の前で覚醒され、喰われかけた記憶。


妹と家に帰ると、血だらけになって死んでいた両親の姿。


それらを思い出して、鬱気味になっていた。




「あの、私どうすればいいですかね。」


「はぁ? それは、俺に訊くべき事じゃない。」


「うるせぇクソじじぃ。 私だって訊きたくて訊いてる訳じゃねぇ。」


「あー。分かった分かった。 話位は聞いてやるよ。」




ハッキューは人の不幸話を聞くのが好きだった。




「なるほどなぁ。借金地獄で体売って、そんでクガラに喰われかけて将来が怖くなったと...」


「...」


「それで、私はどうすればいいですか?ってか。」


「あぁ。」


「それは俺にはわかんねぇ。でも、なんでこんなクソみてぇな生活をお前がしているかは分かる。」


「...」


「簡単だ。お前が弱いからだ。」




ザヤは拍子抜けな答えにため息が出た。


「はぁ?」


「今、お前にはどんな選択肢が残ってる?」


「『借金を返すために毎日風俗で働いて、覚醒するか、喰われるかして死ぬ』か、『自殺』だ。」


「そうか、いい選択肢だな。 でも、なぜこんなゴミみたいな選択肢しか残ってない?」


「それは私がツイてなかったからだ。生まれたときから。」


「ハッハッハ! そうかい。それは残念だったな。」




ハッキューは笑った。


「ふざけてんのか?」


「いいや?俺からすればふざけているのはお前だ。」




「いいか?教えてやろう。人生をハッピーにする秘訣を。


簡単だ。むかつく奴を全員殺せばいい。


クガラがむかつくなら、この世から一匹残らず粛清すればいい。


借金取りがむかつくなら殺せばいい。


つまり、お前の自由を妨げる奴を全員殺せばいいんだ。


そして、その行為こそ、『自由』だ。


そしてそれをするには誰よりも強くなる必要がある。」




ザヤは黙って聞いていた。


ザヤはハッキューの行ったことに納得などしなかった。


イカれている奴の思考だ、と思った。


でも、少し思った。




『そうだ、私がクガラを全員ぶっ殺せばいいんだ』


『借金取りも、あのクソ臭ぇ客も、私の人生の邪魔してくる奴全員ぶっ殺せばいいんだ』


『こんな世界になんだ。奪われた奴が悪いっていうなら、私は奪う側になる。』




彼女はそう思った。




「私もその、『対クガラ対策部門カッコ対クガラ対策課カッコ閉じ』に入れろ。」




ザヤはハッキューに向かってそういった。


「目的はなんだ?」


「なんだっていだろ。」


「金目当てなら、やめといた方がいいぞ。両手で給料袋を受け取れる思うなよ。」


「そん時は口で受け取る。」


「ハハッ 犬みてぇでいいな。」




そうして、ザヤとレイは『対クガラ対策部門カッコ対クガラ対策課カッコ閉じ』に入隊したのだった。


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