虫の耳に念仏

千千

Hさんとわたし

 七月になりました。蒸し暑い日が続く今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。この停滞している梅雨前線が北上して太平洋高気圧が張り出してくると、いよいよ本格的に暑くなり、ギンギラギンの熱い夏がやってきます。


 そう。夏。


 ――そう。奴らの季節。


 わたしの住むマンションは敷地内に小さな広場のようなスペースがあって、そこに庭木がいくつかあります。緑があって癒やしの空間、だと言えればいいのですが、最近は管理会社が変わって忙しいのか、剪定せんていされず、もっさもさです。


 木。

 そこには、葉があり枝があり草があり土がある。


 そして、そこには奴ら、“虫”がいる。


 この時期そこを通るときは、虫を止まらせないよう小走りや手足を素早く振りながら通り抜けます。その動きは空気を震わせ、振動の膜ができ、寄ってくる奴らを弾き飛ばします。――ウソですウソです。ごめんなさい。できたらいいなあ膜。

 わかってます、わたしとて小走りや手足フリフリだけで奴らの攻撃をかわせると思ってはいません。虫よけスプレーはもちろんのこと、虫よけシールや虫よけリングなどでも防御はしております。…たまに忘れますが。そして『そのときに限って』というのは世のお約束。


 ある日、すぐそこまでの出かける用事があり、マンションのオートロックを抜け外へ数歩。『あ、忘れ物』と思い出し、すぐさまUターン。戻るエレベーター内にて足の違和感、視線を下へ。見ると…いる。

 刺された。かゆい。ほんの数秒の間に。おのれ。

 スウェットパンツとスニーカーの隙間五センチあるかないか。そこ狙うか。そこ(五センチ)ぐらいなら虫よけしなくても大丈夫かと思うじゃないか。どんだけ虎視眈々こしたんたんしとったんや。 


 自転車置き場では、おでこ二か所と目元をやられた。ぷくっとれて、おでこのダブルがくっついて大きなシングルになった。気分はコブダイ。かかってこんかい。


 くそう。顔には虫よけを塗りたくない。


 最新は先々週。スーパーで買い物中に耳を刺されました。

 耳の端っこ、キワッキワ。奴め、なんでこんな所をチョイスするんだ。


 かいちゃいけないとわかってはいても、かゆいものはかゆい。かいてしまう。…端っこ、かきにくいな、もう。




 ……………………。


 ……………………。


 フッ。




 耳まで塗らにゃいかんのか? 虫よけ。


 どこまで塗ればいいの? 足の裏も? おしりも? 頭皮も?


 奴らはもしかしたら、ドラゴンボ〇ルのスカウター(左目につけて相手の戦闘力を計測する装置)みたいなのを装着、もしくは内蔵しているのではないか。きっとそうだ。なので、一発で弱い部位がばれてしまうため、そこを狙われる。だから完璧に、塗り忘れて刺されないようにしなければいけないのだ。


 ……………………。


 だんだん面倒くさくなってくる。頭からドボンと虫よけ液につかれれば手っ取り早いけどさ。やっとられんわい。




 刺された耳を、よけられるスプレーまみれの手でボリボリとかく。




 そういえば、と思い出す。


 あの怪談。


 全身虫よけと全身お経。

 塗られていない耳と書かれていない耳。


 ああ、諸行無常しょぎょうむじょうの響きあり。


 ああ。


芳一ほういちさん…!』






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