第4話.すかぽんたんってどうなんですか?


「むぅぅ・・・難しいわね・・・。」


 三人で食器の片付けを終え、現在時刻は十四時だ。


 昼ご飯にしては少し贅沢すぎたかと思えた、すき焼きだったがあちらでの頑張りを思えばまだ少し贅沢しても良いのでは?と思ったあらた。


 現在の佐伯家の懐事情といえば。

 正直あと何人か生涯を通して養えるほどの余裕がある。

 それもそのはず、トレジャーハンターとして各地を飛び回っている祖父は想像を絶するほどの総資産を持っており、祖父曰く『金は欲しければいくらでも。』らしい。

 人の稼いだお金を人に使うのは些か抵抗があるが、それでもあんなものを押し付けてきたのだ。

 下手をすればあちらの世界で死んでいてもおかしくないほどの苦難を乗り越えてきたあらた。


 既に祖父への遠慮は消えていた・・・と言うよりは、実はあの不気味な地下室などの管理も任されているため、お小遣いという名目で毎月とんでもない額振り込まれている。


 高校生にこれはどうなのだろうと思わなくもないが、それ程に貴重な品ばかりなのだろう。


「それにしてもあのクソジジイは一度痛い目見たが良い。」

「どうしたのよアラタ?」

「ん、いや何でもない。それよりここ『あ』の書き間違ってるぞ。」

「え、そんなはずは・・・って本当ね・・・。」


 今熱心にララノアが取り組んでいるのは、平仮名ドリルと呼ばれる小学生などが文字を勉強するものだ。


「ほれほれぇ。はよう書くのじゃララノア。」

「くっ!!うるっさいわね!バカ!」

「おー語彙力が乏しいものは、暴言まで乏しいのじゃな〜!このアホ!!」


 人のこと言えた立場かお前・・・


「ここ。『わ』『ね』『れ』も結構似てるから気を付けろよ。」

「・・・あ。本当ね。気を付けるわ。」

「本当に駄エルフは疲れるのう!アホ!アホ!」


 なるほど分かった。

 こいつの中での罵倒はアホで完結してるんだ。

 しかも、敢えて日本語で言うあたりかなりのタチが悪いぞこいつ。


「何言ってるかわかんないのよ!このすかぽんたん!」


 古くっさ!!すかぽんたんって・・・古くっさ!!

 異世界にもそんな言葉あったのかよ!!


「何よ!なんでそんな目でこっち見るのよ!」


 ジト目で見ていたあらたに気がついたララノアだが、あらたは脳内でのツッコミを止め、ララノアを無視し淡々と平仮名の勉強を進めさせる。


「なんか言いなさいよ!!」

「はやく続けようぜ・・・ぷッ!このすかぽんたん。」

「むっかーー!!!頭にきたわ!!一国の姫である私にすかぽんたんだなんて!!」

「お前の沸点特殊すぎない?」

「私の魔法に畏れ戦きなさい!!」

「ここ魔法使えないから。」


 もう忘れたんだろうか。

 さっきのシャワーの件といいこの鳥頭は。


「・・・・・・。」


 あ、黙った。


「ッ!」


 あ、立ち上がった。顔真っ赤じゃねえか。


「の、喉が渇いたわ!!」

「へいへい。用意しますよ。お姫様。」


 スーパーで買っていたオレンジジュースをコップに注ぎ二人に手渡すあらた。


「・・・・・・?何よこの飲み物。毒でも入ってるのかしら?」

「酷い言い草だな。農家の方々とそれを作ってる会社に今すぐ謝れ・・・」

「・・・む!なんじゃこれは!程よい酸味とさっぱりとした味わい!素晴らしいのじゃ!妾にもう一杯注ぐのじゃ!」

「へいへい。わがままお嬢様が二人に増えたな・・・。」


 スズカの感激っぷりに、恐る恐るとコップに口をつけオレンジジュースをゴクリと飲むララノア。


「・・・!これ・・・美味しい・・・。レインの実のフルーツジュースより美味しいわ・・・!」

「あー確かに。比較対象としてはそこが良いかもな。」


 レインの実というのは、こちらの世界で言うオレンジと少しに通った果実ではある。

 確かにオレンジのような酸味はあるが、後味が問題だ。

 レインの実のジュースは、下に広がる瞬間は酸味が押し寄せさっぱりとした味わいが広がるのだが、数秒と経たぬうちに甘ったるい味わいとなり、若干苦味も出てくる。

 飲む人を選別するような飲み物だった。


「あれに比べて、あの後味の甘ったるい甘みもなければ苦味も全くないわね。飲みやすい上に酸味が口いっぱいに広がるし若干感じる甘みも酸味と相まって美味しいわ。さっぱりとした飲み物ね!」

「ナイス食レポ。」

「・・・?ショクレポ?」


 そんな何気ない会話を繰り広げ数分経つとようやく集中力が戻ったのか、ララノアは再び平仮名ドリルに釘付けとなる。


「むぅ・・・暇じゃのう・・・。」

「あーそれなら、俺の部屋でゲームしてれば?」

「げぇむ?」

「アラタの部屋・・・?アラタの部屋で暇つぶし・・・?」


 小さな声でボソボソと何かを呟くララノアを無視して、スズカを連れて自室へとやってきた。


「良いか?まずはこのテレビを付けて、こっちの電源を入れる。」

「この黒い物体はなんじゃ?」

「それは、ゲーム機っていって娯楽をする為に必要な機械だ。」

「なるほどのう。機械というのはこの世界には沢山あるのじゃな。」

「だな。この世界は機械なくしてはもう既に成り立たないだろうしな。」

「それでげぇむとやらは、なんなのじゃ?」

「まぁ落ち着け。」


 うきうきしているスズカに、テレビやゲーム機の電源の付け方やゲームの操作法などを数分間教え込む。


「むぅ。難しいのじゃ。」

「まぁ、暫くすれば慣れるだろ。」


 あちらの世界に居た時もそうだが、脳筋とか言われてるくせに吸収だけは早いからな。

 直ぐに、順応するだろ。


「じゃ、俺はそろそろララノアの所行って教えてくるから。」

「うむ。良いぞ。妾もげぇむとやらを堪能するのじゃ。」

「おう。分からないことあったらいつでも聞きに来い。」

「うむ。」


 スズカの後ろ姿を確認し、大丈夫だろうと自室を後にする。


「あー。いぃぃー。うー。うぇー。おー。」


 先程あらたが教えた日本語の発声法をひたすらに練習していたララノア。


 誰よりも勉強熱心で誰よりも努力家。

 魔法の天才などと言われていたララノアも裏で必死に努力を積み重ねて来ていたことを、同じパーティであった俺は知っている。


「『い』が少し力が入りすぎてるな。『え』もちょっと『う』を引きずってる。」

「ア、アラタ。」


 そんな努力を人に見られることをララノアは良しとしない。

 姫であるというプライドがそれを邪魔するのであろう。

 いついかなる時も美しく誇り高く無ければならない。

 だが、もう目の前にいるララノアはこの世界では姫ではない・・・ただの一般人だ。


「見てたのね・・・。」

「おう。ただ他に関しては綺麗に言えてたぞ。」

「・・・・・・そ、そう!まぁ私なら出来て当然ね!」

「まぁ、そうだな。お前ならすぐに覚えるだろうな。」

「な、何よ・・・いつもみたいに呆れ顔で何か言いなさいよ・・・。調子狂うじゃない・・・。」

「ん?何か言ったか?」

「なんでもないわよ!バカ!!」


 罵倒慣れしてしまっているあらたは、特に気にせずにララノアとの勉強を再開する。


「ねぇ。これはなんて読むの?」

「それは『を』だな。」

「・・・ん?うお?」


 日本人として生活してるから、俺も何気なく使えるけど案外難しいものなのかもな。


「覚え方としてはさっきの『うぇー。』と少し似てるかもな。」

「じゃあ・・・『うぉー?』

「それをもっとスムーズに言えたら完璧だな。」

「うぉー・・・うぉ・・・・・・」

「そんな感じ。まぁ、基本的には『お』を濁した感じで発音・・・って言い方はむずいか・・・?」


 暫く、『を』の発音に苦戦していたララノア。


「を!!」

「よしそれだ。さすがお姫様だな。」

「当然じゃない!ララノア・ミデンをなめない事ね!」

「へいへい。ってもう十五時か。」

「なにか予定があるの?」


 隣で小首を傾げ、こちらを見るララノア。


「んや。少し早いけど休憩にするかなって。」

「私はまだやるわよ。」


 姫としての高いプライドもあるし努力家な面もあるララノア。

 それを知っているあらただが、ララノアの肩に手をポンと乗せる。


「あんまり根を詰めすぎても良い事ないぞ。」

「・・・・・・でも。」

「せっかく苺とスイカを出そうと思ったんだけどな・・・。」

「イチゴ!?スイカ!?ええいいわ。それなら休んであげても良いわよ。」


 先程までの真剣な様子は一瞬で消え目を輝かせるララノア。

 あらたは苦笑しながら、冷蔵庫へと向かう。


「あ、オレンジジュースも欲しいわ!」

「へいへい。」

「なんじゃ!?妾に黙ってオレンジジュースじゃと!?」

「地獄耳かよ。」


 バタン!とあらたの自室のドアをあけ、リビングへと駆け寄ってくるスズカ。

 あらたは、冷蔵庫からスイカとイチゴを取り出す。

 そして、包丁を取り出すやいなや、スズカがこちらへ寄ってくる。


「なんじゃその刀は。」

「これか?包丁って言って料理に使う際に必要な調理道具だよ。すき焼きの具材もこれで切ったんだぞ。」

「ほう。刃こぼれの一切ない良い刀じゃ。」

「俺の話聞いてた?」


 あらたはスイカを食べやすいサイズにカットして、イチゴを洗い三つの器に分けて入れる。


「む?なんじゃその変な実は。」

「あぁ、お前は知らないんだったな。こっちの赤くて小さいのがイチゴっていう甘酸っぱい食べ物だ。そんでこっちの変わった色の皮で赤くて黒い種が沢山ある方がスイカって食べ物だ。」

「種・・・もしやそれも食べなければならぬのか?」

「いや、種は食べないぞ?」

「良かったのじゃ。もし食べてお腹の中で成長してしまったらと考えると恐ろしい事この上ないからのう。」

「そんなことにはならねえよ。」


 スイカとイチゴの入った器を、リビングにいるララノアといつの間にか座っていたの前に置き、あらたも席に着く。


「いただきます。な、なんか手で食べるなんて違和感しか無いわよ。」


 恐る恐ると言った様子で、ララノアは小さな口でイチゴをパクリと食べる。


「どうじゃどうじゃ?」

「美味しい!!甘酸っぱいわ!!あらたの言った通りツブツブも良いアクセントになってて中身のシャクって食感も癖になるわ。」

「おぉ!こっちのスイカとやらも甘くてなんとも不思議な食感じゃ!しかし種を取るのが面倒臭いのう・・・。」


 そう言ってスズカはあらたを見やるが、その瞬間恐れを抱いたような表情を浮かべる。


「あらたっ!!今すぐ吐き出すのじゃ!!種ッ!お主種ごと行きおったぞ!!」

「痛い痛い!揺らすな揺らすな!!お前のせいで種詰まって窒息するわ!!」


 スズカの揺らす手が止まると、あらたは器用種だけをティッシュに丸める。


「おぉ!そんなすごい能力の持ち主じゃったか!」

「まぁ、男ならそういう食べ方もありでしょうね。」


 ララノアは綺麗に種を取り除きフォークでスイカを食べる。


「他の人の食べ方を見た事なんてないけどスイカは皆こんな感じで食べてるんじゃないのか?」

「私はしないわよ。イチゴを手で食べることにも抵抗があるのよ。」


 まぁ王族ならそれも仕方の無いことか。


「しかし、この世界は本当に美味しいものがいっぱいあるのう。」

「・・・・・・クックックック。スズカよ。まさか貴様イチゴの美味しい食べ方がこれだけだと思っているのか?」

「あぁ・・・また始まったわ・・・。」

「な、なんじゃと!?」

「これを見ろッ!!」


 あらたは、どこからか取り出した『練乳』を自慢げに見せる。




「もちろんイチゴは単体でも美味しい。それは保証しよう。だがしかし。最終兵器があるとしたら・・・?」

「さ、最終兵器じゃと!?」

「そうだ。この練乳をイチゴにかるーくかけるんだ。」

「白くてトロトロしてるわね。」


 お、おう。いや決して・・・何も何も想像はしていないぞ?

 このハレンチ姫が・・・。


「な、何よ。」

「まぁ、これ食ってみろよ二人とも。」

「まずは妾からじゃ。」


 スズカは、練乳のついてない箇所を摘み丸ごと口へと運ぶ。


「・・・ん、ん、んまいのじゃ!!あまぁいのじゃ!!」

「驚いたわ・・・。練乳がイチゴに絡みついて美味しいわ。練乳の甘みがイチゴの酸味を潰すのかと思っていたけれど、見事に調和してるわね。単体のイチゴとはまた別の美味しさがあって病みつきになりそうだわ。」


 ララノアお前この世界ではポンコツだと思ってたけど、食レポとかそっちの道進んだ方が良いんじゃないか?


 三人はスイカとイチゴを味わって食し、それから十数分経った後にララノアとあらたはリビングで、スズカはまたあらたの自室へと戻って行った。


「こんにちは。」


 流石というか、ララノアは挨拶をいとも容易く覚えてしまった。


「よし。これで今日のおばあ様達に会っても挨拶できるわ。」

「完璧だな。」


 ふふん。と自信満々な面持ちでこちらを見るララノア。


「俺も夏休み明けたら学校だし、家の事も色々覚えてもらわないとな。」

「・・・・・・学校?この世界にもあるのね。」

「そりゃだって、あっちの学校も元々この世界の人間が創設したものだしな。」

「あんたが学生だったことに驚きよ。」

「まぁ、高校生やってます。」

「こっちの世界に帰ってきてた時も言ってたけどコウコウセイってなによ?」


 あっちの世界の学校は、基本的に齢十五という成人の節目を迎えたもの達が通う場所であったため、高校などではなく

 魔法学院や騎士学院などが存在している。

 あらたはララノアにも理解出来るように簡潔にこの世界の学校制度について話す。


「へぇ。つまりあんたは後二年と少しその高校ってとこに行かないといけないわけね。」

「そういう事だ。」


 二人はそんな他愛もない話をしながら、勉強に熱を入れていた中、スズカがとてつもないスピードでゲームスキルを取得していたことはまだ知らない・・・。

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