第四笑 プレハブ小屋
私、田村と申します。
小さな写真館を営んでおります。
今日お話しするのは…。
かなり
とにかく尾籠なお話ですので、食事中の方は耳を塞いで下さい。
よろしくお願いいたします。
では早速ですが始めますね。
うちの町内に、置き捨てられたようなプレハブ小屋があったんです。
土地の所有者だった方が、倉庫代わりに使っていた小屋なんですけどね。
10坪もない小さな土地に、ポツンと建てられていて、持ち主がなくなった後は、相続する方もなく、そのまま放置されていたんですね。
そのプレハブ小屋に、ある日<シゲさん>と<タマさん>という、ホームレスのカップルが引っ越して来られたんです。
と言うよりも、どこかからやって来て、勝手に住み着いちゃったんですけどね。
それが町内を襲った、大災害の始まりでした。
何で他所から来た、ホームレスの名前が分かるかというと、シゲさんとタマさんは、住み着いた途端小屋の前に、<シゲ>、<タマ>と書かれた、年季の入った木札を、でんと置かれたんです。
きっと表札代わりに、持ち歩いてたんでしょうね。
気の弱い方は、そろそろ耳を塞いで頂いた方がよろしいかと…。
どうしてシゲさんとタマさんが、大災害だったかというとですね、彼らの発する臭いなんですわ。
これが大災害級でした。
私の住まいは、幸いなことにプレハブ小屋からは、かなり離れていましたので、被害は殆どなかったんですけどね。
それでも風向きによっては、微かに感じるような、強烈さでした。
ですので、小屋の隣近所のお宅は、堪ったもんじゃなかったでしょうね。
私、たまたま主張撮影の帰りに、2人がうちの町内に引っ越して来られる日に、電車に乗り合わせたんですよ。
あの日のことは、生涯忘れんでしょうね。
電車はガラガラで、私は先頭よりの隅っこの席に座ってたんですよ。
そしてうちの最寄り駅の、1つ前の駅に停まった時でしたね。
停車して扉が開いた途端、車両の後ろの方から、乗客が必死の形相でこっちに逃げてきたんですわ。
――すわっ。テロか?
それを見た私は、一瞬そう思い、席から腰を浮かしながら、客が逃げてきた方向を見たんです。
すると、満面に笑みを湛えて乗車してくる、シゲさんとタマさんがいたんです。
そして彼らの方から、臭いが迫って来るのが、ありありと見えたんです。
分かりますか?
臭いが見えたんですよ。
私は腰を抜かしそうになりましたが、何とか踏みとどまって、隣の車両に逃げ込みました。
命からがらというのは、正にあのことでしょうね。
駅員が2人の乗車を止めなかったのかって?
そんなの絶対無理です。
素手でゴジラに向かっていくようなもんです。
多分あの車両は、廃棄処分になったでしょうね
で、結局シゲさんとタマさんは次の駅で降りて、そのプレハブ小屋に住み着いてしまったんですね。
それどころか、食べ物求めて、町内を徘徊し始めたんですよ。
えらいことですわ。
最初の犠牲者は、交番のお巡りさんでした。
近隣の苦情を受けて、立ち退かせようとしたんでしょうね。
2人を甘く見てたんだと思いますけど、無謀すぎますわ。
プレハブの戸を叩いて、中の2人を呼び出したんですね。
そしてシゲさんが横開きの戸を開けた瞬間、小屋の中に籠りに籠った、核兵器級の臭いの直撃を喰らったそうです。
その巡査はその場で卒倒し、後ろにいた同僚の方が、涙と鼻水を盛大に流しながら、現場から救出したらしいです。
直撃を喰らった方は、眼と鼻をやられて、再起不能になってしまったと、後から噂で聞きました。
この事態に、町内会の緊急会議が招集されました。
そして決まったのが、とにかく2人が小屋から出るのを阻止しようということで、お供え物をすることになったんです。
その日から町内会で緊急の寄付を募って、お供えが始まりました。
お弁当屋や飲み物、お菓子類、お神酒まで備えましたよ。
何しろ住民の命が掛かってますから。
そしてお供えの効果は覿面で、シゲさんたちは外を出歩かなくなったんです。
それで私たちは、一旦胸を撫でおろしたんですけど、隣近所の方々はそういう訳にはいきません。
出歩かないと言っても、何かの拍子に戸を開けたりします。
すると、その時に漏れ出る臭いが、近所中に籠るんですから。
警察や役所にも、最初の犠牲者の警官が、再起不能になったという噂が出回っていたらしく、住民が苦情を出しても、言を左右にして対処してくれません。
結局、プレハブ小屋の周辺200m以内の住民は、全部引っ越してしまいました。
そこに目を付けたのが、大手のゼネコンでした。
その辺りの土地を根こそぎ買い占めて、大きなマンションを建設する計画が持ち上がったんですね。
まったく調査不足も甚だしいですよね。
そして2人目の犠牲者が出たんです。
ゼネコンの社員でした。
プレハブの所有者の相続人を探し出して、土地を買った後、シゲさんとタマさんに、立ち退きを勧告しにいったんですよ。
しかも無防備のままで。
1人目の警察官の時と同じで、戸を叩いて中の2人を呼び出したそうなんです。
すると今回は、タマさんが出てきたらしいです。
そして臭いの直撃を喰らうよりも前に、タマさんに抱きつかれてしまったんですよ。
原因は、そのゼネコン社員が結構男前だったそうで、タマさん、一目見て気に入っちゃったんですね。
抱きついた上に、ほっぺにチューまでしたそうです。
その社員はそのまま意識不明になって、タマさんごと地面に倒れたそうです。
一緒に行った同僚3人が、必死の思いでタマさんを引き剥がし、倒れたその人を引きずって、その場から逃げ出したらしいです。
こうなると、さすがに警察も放置することが出来なくなったようです。
ゴーグルと防毒マスクで完全武装した、機動隊1個小隊が派遣されて来たんです。
そして遂にシゲさんとタマさんは、プレハブ小屋から連行されて行きました。
後から聞いた話なんですが、防毒マスクでも、2人の臭いは完全に防ぎきれなかったらしく、何人かの隊員が作戦終了後に体調を崩したそうです。
ただ、機動隊の皆さん、余計なことを1つしてくれました。
換気のために、小屋の扉と窓を全開にして行ってしまったんですね。
シゲさんとタマさんが小屋で暮らしていたのは、約3か月くらいの間でした。
その間に籠った2人の臭いが、それで一気に解放されてしまったんです。
後はどうなったか、想像はつきますよね。
プレハブから半径1km以内の住民は、パニックに陥りました。
外を歩いていた人は勿論のこと、屋内にいた人からも、大勢の犠牲者が出てしまったんです。
シゲさんたちのその後については、詳しくは分かりませんが、警察で綺麗に洗ってもらって、とにかく臭いだけはさっぱり落としたという噂が流れてきました。
ただ2人を連行した時、護送車の扉を開けた途端、警察署がパニックに陥ったそうです。
尾籠な話で恐縮ですが、私の話は以上となります。
ほんと、思い出すのも恐ろしい大災害でした。
了
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