「愛」「明暗」岡本かの子

愛明暗岡本かの子

 綿矢りさ先生とならんで、筆者が敬愛する作家の一人岡本かの子。

 青空文庫で掌編をいくつか読んだので岡本かの子祭りです。




🐣岡本かの子

 1889年東京出身。若年期は歌人として活動しており、その後は仏教研究家、晩年に小説家としてデビューした。夫ふたりの三人婚という奇妙な夫婦生活を送ったことで知られる。「芸術は爆発だ!」でおなじみ岡本太郎の母。

 与謝野晶子の流れを汲んだ耽美妖艶な作風で、所謂浪漫派作家。代表作に『金魚撩乱』。




🐣愛

【タイトル】愛

【著者】岡本かの子

【刊行】1938年

【発表】「文筆」1938(昭和13)年9月号※青空文庫

【ジャンル】文芸/恋愛


 タイトル通り、ささやかな懸想をつづるポエミーな一編。

>私は苦しみに堪え兼ねて必死と両手を組み合せ、わけの判らない哀願の言葉を口の中で呟きます。けれどもその人は相変らず身体をしゃんと立て、細い眼の間から穏かな瞳を私の胸に投げたまま殆ど音の聞えぬ楽器を奏でています。私の魂は最後に、その人の胸元に向って牙を立てます。噛み破ります。

>いま男の誰でもが私に触ったら、じりりと焼け失せて灰になりましょう。そのことを誰でも男たちに知らせたいです。だのにその人は、もとの儘、しずかに楽器を奏でています。

> しかし私に取ってこういう奇蹟的な存在の人が、世間では私の母の安い仕立て物のお得意さまであって、現在製菓会社の下級社員で、毎日ビスケットを市中に届けて歩き、月給金○○円の方であるとは、どうにも合点がゆきませんです。


 最後の文のいじらしさよ。他人から見ればどこにでもいる市井の人なのに、自分にとってはこの世の何より大切……というギャップに、恋愛のすばらしさを感じます。

 艶美で可愛らしい作品です。




🐣明暗

【タイトル】明暗

【著者】岡本かの子

【刊行】1937年

【発表】「むらさき」1937(昭和12)年1月号※青空文庫

【ジャンル】文芸/恋愛


 地主の娘で気の強い美人智子は、盲目の青年北田三木雄と結婚する。智子は、三木雄が好奇心旺盛なのに関わらず無教養であることに驚き、世界の色や形を教え込もうとするが、意に反して三木雄はひがみっぽくなっていってしまう。やがて智子は、視覚を教え込むことをあきらめ、夫を触覚か聴覚の世界へ帰すことにする。

 やがて三木雄は琴曲の名人として大成。智子は、誰もが自然に辿る平凡な道(盲人が聴覚の世界で生きること)の方が、個人の計画(視覚を教え込むこと)よりも大きな真理を含んでいることに気づくのだった。


 導入から鮮烈な文体が気持ちいい。

 気性のはげしい女がああだのこうだの試行錯誤しながら人生の道をたどっている作品が好きです。

 最後、盲目の夫に視覚の世界を教え込むのをやめて、聴覚と触覚の世界に放流したところに人間同士のコミュニケーションの本質があるような気がしました。




🐣男心とはこういうもの

【タイトル】男心とはこういうもの

【著者】岡本かの子

【刊行】?

【発表】※青空文庫

【ジャンル】エッセイ


 かの子は、結婚前は男子に対する観察など漠然としたもので、むしろこの時代だから男も女もないと考えていた。そんな彼女は結婚当初は「男性は事業欲が強く利己主義」と考えていたが、それを持ってでもあまりある程に偉いし、尊敬するようになった。ただこれは女性が偉くないという訳では無いし、男性に盲従するという尊敬の仕方ではない。

 男性は大きくて力があり生命エネルギーが女性とは違った意味で豊富。そういう意味ではさっぱりしてるし陰険でない、と書いている。


 筆者は男女には明確な差異があり、それぞれに良いところが存在すると考えています。だから、前段の『男女には違う良さがあり尊敬する』というのはとても良いと思います。

 けれど後段は人によると思う。生命エネルギーに乏しい男性もいればさっぱりした女性もいるのでは。まあ生きている時代が違うし、男女のあり方やジェンダー観も変わってきているからこそ、そう思うのでしょうね。

 しかし、ここで言及されている夫一平はあまりの放蕩ぶりにかの子を精神病院に入院させ、改心したものの長女は流産、妻の愛人を公認し、夫婦そろって仏教に傾倒するというエキセントリックな芸術家。彼をサンプルとして世の男性を語るのは危険な気がします。




🐣総評

 ほか、「女性崇拝」「異性に対する感覚を洗練せよ」「動かぬ女」を読むなど。

 文体がとても美しかったです。

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