第12話 指名手配犯らしき男

博多の秋の夕方、日が沈みかけた空が美しいオレンジ色に染まる中、「中華料理ジャン」はいつも通りに賑わっていた。玲子と美咲が店内のテーブルを片付けていると、店のドアが静かに開いた。


入ってきたのは、サングラスをかけた中年の男だった。彼は無言でカウンターに座り、メニューをじっと見つめていた。その姿にはどこか陰のある雰囲気が漂っていた。


「いらっしゃいませ。何を召し上がりますか?」玲子が声をかけた。


男はしばらく沈黙した後、低い声で答えた。「ちゃんぽんを。」


玲子は少し緊張しながらも、注文を厨房の明に伝えた。「お父さん、ちゃんぽん一つお願い。」


「了解。」明は頷き、調理を始めた。


男の態度や様子が気になり、玲子は常連客の田中さんに小声で話しかけた。「あの人、何だか様子が変じゃない?」


田中さんは新聞を広げ、最近のニュースを思い出しながら言った。「もしかして…指名手配されてる犯人に似てる気がするな。」


その瞬間、店内の空気が一瞬緊張した。玲子も美咲も心配そうな表情を浮かべたが、平静を装って仕事を続けた。


ちゃんぽんが出来上がり、玲子が男の前に料理を運んだ。「お待たせしました。どうぞお召し上がりください。」


男はゆっくりと箸を取り、料理を食べ始めた。静かな時間が流れたが、彼の動きはどこか不安定で、何度も店の外を気にしている様子だった。


その時、店のドアが再び開き、近くの交番の警察官が入ってきた。「玲子さん、最近変わったことはないかい?」


玲子は少し緊張しながらも、冷静に答えた。「いえ、特に変わったことは…」


警察官が店内を見渡すと、サングラスの男に目を留めた。「あの…少しお話を伺ってもいいですか?」


男はサングラスを外し、静かに答えた。「実は…私は指名手配されている男の兄です。弟が逃亡中にここに立ち寄ったことを知り、その痕跡を追ってきました。弟が何を考えているのか、少しでも分かる手がかりが欲しかったんです。」


店内は一瞬静まり返った。玲子も美咲も、そして常連客たちも驚きの表情を浮かべた。


「それで、弟さんはここで何を食べたんですか?」警察官が尋ねた。


「弟はここでちゃんぽんを頼んだと聞いています。私たちは長崎出身で、ちゃんぽんは私たちにとって懐かしい味です。弟もその味に惹かれて、この店を訪れたのでしょう。」男は深い悲しみを込めて答えた。


「そうだったんですね…」玲子も美咲もその話に心を打たれた。


「弟がこの店で何を感じたのか知りたくて、私も同じものを食べたかったのです。」男は感謝の気持ちを込めて言った。


玲子は静かに頷き、心を込めて言った。「お兄さん、もし何か手助けできることがあれば、いつでも言ってください。私たちもあなたの弟さんが無事に戻ってくることを祈っています。」


男は感謝の気持ちを込めて頭を下げ、静かに店を後にした。


その夜、「中華料理ジャン」の家族は、食事に訪れた男の意外な理由に心を揺さぶられた。店内の温かい雰囲気と家族の絆が、訪れる人々の心に深く刻まれていった。

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