【完結】家族の味、中華料理ジャン

湊 マチ

第1話 家族の味、中華料理ジャン

博多駅から少し離れた住吉通りにある「中華料理ジャン」。路地裏にひっそりと佇むその店は、家族3人で営む小さな中華料理店だ。店の外観は時の流れを感じさせ、看板には「中華料理ジャン」と書かれた文字が風化している。店内に一歩足を踏み入れると、中華鍋を振る音と、香ばしい匂いが漂ってくる。


「いらっしゃいませ!」玲子の元気な声が店内に響く。カウンターには常連客が座り、テーブル席では家族連れが賑やかに食事を楽しんでいる。


厨房では、明が真剣な表情で鍋を振るっている。その姿を見て、美咲は心の中で憧れを抱いていた。彼女もいつか、父のように美味しい料理を作りたいと強く思っている。


三田村 明は中華料理歴30年以上のベテラン料理人だ。若い頃から料理一筋で、東京の有名中華料理店で修行を積んだ後、故郷の博多に戻り「中華料理ジャン」を開いた。明は温厚で寡黙な性格だが、料理に対しては情熱を持ち、妥協を許さない。彼の料理は、長年の経験と技術が生み出す繊細な味わいで、多くの人々を魅了している。


妻の玲子は、店の接客を担当している。彼女の明るく元気な性格は、店の雰囲気を一層和やかにしている。玲子は元々、地元の商店街で働いていたが、明と結婚してからは「中華料理ジャン」の一員として店を支えてきた。常連客からは「ジャンのお母さん」と親しまれ、その笑顔と温かい接客は、多くの人々に愛されている。


娘の美咲は高校生で、料理が大好きだ。将来は父のような料理人を目指しており、学校が終わると店の手伝いを積極的に行っている。美咲は明の背中を見ながら、日々料理の勉強をしている。彼女の夢は、「中華料理ジャン」を引き継ぎ、さらに多くの人々に幸せを届けることだ。


その日も、絹江さんが訪れるはずだった。毎週金曜日に必ず特製酢豚を食べに来る彼女の姿が見えないことに、玲子は気づいた。


「今日は絹江さん、来ないわね…」玲子が心配そうに呟く。


「何かあったのかな?」美咲も不安な表情を見せる。


その日の営業が終わると、玲子と美咲は絹江さんの家を訪れることにした。薄暗い路地を抜け、古い木造の家に辿り着く。扉をノックすると、かすかな返事が聞こえた。


「絹江さん、大丈夫ですか?」玲子が声をかけると、絹江さんの弱々しい声が返ってきた。


「体調を崩してしまって…食べ物も喉を通らないの…」


玲子と美咲は急いで家に入り、絹江さんの世話を始めた。玲子は温かい中華スープを作り、美咲は絹江さんの手を握って話を聞いた。スープの香りが部屋中に広がり、その優しい味わいが絹江さんの心を温めた。


「ありがとう、あなたたちがいてくれて本当に助かったわ…」絹江さんは涙を浮かべながら感謝の言葉を述べた。


その夜、家に戻った三田村家の食卓では、絹江さんのことが話題に上がった。明は黙って話を聞いていたが、やがてにっこりと微笑んだ。


「明日から、絹江さんのために特製酢豚を作って届けよう。」


美咲も「私も手伝うよ!」と元気よく応じた。


翌日から、明と美咲は毎朝早く起き、特製酢豚を作って絹江さんの家に届けることにした。特製酢豚の甘酸っぱい香りが家中に広がり、絹江さんは次第に元気を取り戻していった。


絹江さんが再び「中華料理ジャン」に訪れるようになると、店内は以前にも増して賑やかになった。常連客たちは絹江さんの回復を喜び、特製酢豚の香りと味覚に酔いしれた。


美咲は、父と共に料理を作る日々の中で、自分の夢を確信していった。「中華料理ジャン」は、ただの飲食店ではなく、人々の心を温める特別な場所であり続けるだろう。

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