第3話 M2:生命の腕輪 Braccialetto della vita
暑い!
普段の生活では感じることのない生々しい暑さ
背中にじりじりと焼付く感覚が突き刺さる。
目を開く。青、抜けるような青空
綺麗だな。これがゲーム内とは
人が造った景色は、自然の造形を上回るのか?
職人の能力次第だろう。
ゆっくりと身体を起こす。
地に手を突くと、サラサラとした感覚
軽く頭を振り、周囲を見渡す。
砂、どこまでも限りなく砂
遠くを眺めると、所々に灌木やサボテンのような薄緑
これが世界の始まり……
「ようこそ!
いきなり声がする。
何か、と思って見回したが、誰もいない。
「そんなに見回さないで下さい」
また同じ声、少し愛嬌のある軽い声
「あなたの左腕を見て下さい。そこに装備されている
言われて左腕を見る。
「アイテム名:
濃いブロンズ色で幅三センチくらい。凝った意匠が刻まれている。重さは全く感じない。プレイヤーに対する初期のガイド役なのだろう。
「初めまして! と言うべきなのかな?」
「はぃ!
「君のことはなんと呼べばいい?」
「呼ぶ必要はございません。私に視線を固定すれば反応します」
何やら親切なアイテムのようだ。
「生命の腕輪は、短時間では説明しきれないほどの幅広い機能を持っており、色々な場面でプレイヤーの方々をサポートいたします。長いゲーム・ライフの中でお確かめ下さい」
「これから先ずっと、適切なガイドをしてくれるということ?」
「いえ、このような言葉によるガイドは、あなたが最初のポイントに着くまでです。その後は、あなたのゲーム・ライフに対応したデータアクセスのみの機能となります。これは、プレイヤーの自主性を重んじる弊社の方針でもあります。もし、この言葉によるガイドが必要ないというご判断をされるのであれば、今の時点で言葉によるガイドは無くなります」
「なるほど、私はこの世界について何も知らないので、ガイドをお願いします」
「了解いたしました。それでは短い期間でありますが、ガイドを務めさせていただきます」
律儀なアイテムらしい。
「さて、このまま説明を続けても良いのですが、時間が勿体ないので、まずはプレイヤーが最初に行くべき場所にご案内いたします。移動中に各種の説明をいたします」
「そうか、それではどちらへ向かえば?」
「そのように丁寧な言葉遣いは必要ありません。私はただのガイドであり、あなたが主人公です」
そうか、ゲームではプレイヤーが主人公、そうだよな。
「分かった。それじゃ、行こう!」
立ち上がると、身体の違和感に気付く。
いつもより低い視線、荷物を取る手は細く柔らかい。
あれ? ひょっとして?
手を胸に当てる……やっぱりある。
どうやら女の娘になったらしい。
薄々予想はしていたが、ゲームは♀キャラでやってたんだよな。
そりゃあ、キャラは可愛い方が良いじゃないか。
コスチュームも見栄えするしね。
性が変わっていたとしても、少々のことでは動揺しない。
ゲーム内では現実世界は一切関係ない。
年齢も、性別も、地位も、収入も、名声も、肩書も
現実データで着飾ることはできない。
あるのはここに存在するキャラクタのみ
中身が小学生であろうが、婆っさまであろうが、どこかのお偉方であろうが、関係ない。
嬉しいことだ。これがゲーム世界の良い所でもある。
「えっと、コホン!」
女の娘なんだから、喋り方も考えなきゃね。
「どっちへ向かえばいいの?」
「あちらの方角です」
空中に矢印が浮かび上がる。便利だなぁ、さすがゲームだ。
「遠くに集落らしいものが見えませんか?」
目を凝らすと、遠くに建物らしきものが見える。
腕輪が指し示す方向に歩き始める。
「それでは、基本事項を説明いたします」
足が砂に取られて歩き難い。照り付ける日差しが肌を焼く。
「いま装備されているアイテム類が “初期装備„ です。必要最低限のものが各プレイヤーに支給されています」
「みんな同じものが貰える?」
「いえ、そのキャラクタのに才能と初期能力に応じた装備をシステムが選んで支給します。あなたの場合は、割と良くあるタイプのものですね」
まぁ、普通の装備なんだけど……
「あの、下着も?」
「下着も装備品です。当然です。色々なタイプが用意されています。着脱可能です」
「
「もちろんです。それなりの能力を付与されています」
「んで、俺、女の娘なんだけど」
「システムが相応しいと判断した
「そうなの……か?」
「それに」
「ん?」
「俺っ娘も可愛いですよ。ボクっ娘も良いですが」
口調に関しては検討の余地がありそうだ。
「
「最初のポイントにチュートリアルがあります。ここでは敵が出ない仕様になっています」
「まずは動作に慣れるってことなの?」
「そうです。いきなり激しい戦闘に対応できませんので」
確かに、歩いていると、時間と共にこの身体に馴染んでくる。
腕や指を動かしてみる。大丈夫、現実と同じ感覚で動かせる。
なるほど、最初は身体操作の学習なのか
ふと気付いて質問してみる。
「君って、人間なの? 随分柔軟というか、コンピュータが対応しているとは思えないんだけど」
「私は、人間ではなくAIです。テスト開始以来、様々なテスターやプレイヤーの方々に会い、学習して来ましたので、各種の対応が可能なのです」
「学習するんだ」
「AIもディープ・ラーニングで賢くなるのです」
「長い間には、いろんな苦労があった?」
「ええ、中には変わった方もいるので」
苦労人……じゃなくて、苦労AIなのか
「ユーザー・インタフェイスに関わる部分のAIは苦労が多いです。私なども、×××とか、***とか、?#$&”とか言われて……罵倒用語だけは豊富になりました」
「そ、そうか、気を付けよう」
「あなたのような人ばかりなら、苦労は少ないのですが」
集落らしきものが、だんだん近くなり、建物などが判別できるようになる。
「あれが、最初のポイントだよね」
「はい、プレイヤーの出発点となる “初めての村„ です。ここにはプレイヤーのためのチュートリアルなど、これからのゲーム・ライフの基本となる数々の要素を学べるようになっています」
「いよいよ始まるのか、ワクワクするな」
「あなたがこれまでやって来たゲームと、そう大きな違いはないと思います。すぐに慣れますよ」
「ところで、気になるんだけど」
「はい?」
「課金ってどうなってるの?」
「本ゲームはユーザーに対する課金はございません」
「それじゃあどうやって開発・運用資金を?」
「このゲームは基本的に人間行動の研究をしています。そのため、各種団体から資金が投入されています。また、いくつかの企業は広告を出しておりそこからの収入もあります。企業広告は世界観を壊さない範囲で、さり気なく提示されています」
「企業って行儀いいんだね」
「いや、なかにはとんでもない要求を出してくる企業もあります。具体名は言えませんが……
町の真ん中に広告塔を建てろ!とか、一定時間ごとにCMをプレイヤーに流せ!とか、プレイヤーの視界の一部にロゴマークを常に表示しろ!とか、空に企業名を掲示しろ!とか、商品名の星座を作れ!とか……それはそれはゲームを根本からぶち壊したいのかと」
「運営も苦労が多そうだな」
「スポンサーとユーザーの板挟みなのはどこでも同じでしょうが」
「でも、なんでプレイヤー・ガイドがそんなに詳しいの?」
「プレイヤーの質問は多岐に亘るのでアクセス範囲が広いのです。中には運営テスターが居て愚痴を……あわわわ……」
「聞かなかったことにしよう」
「優しいですね」
“初めての村„ の入口前に立つ。これから先は大勢のプレイヤーが居るらしい。
いよいよ本格的なゲームの開始だ。腕輪との会話もこれでおしまい。
「最後となりますが、”緊急連絡„ についてご説明いたします。
ゲーム内での出来事に関して運営と直接連絡できることはございません。ゲーム内でどのような事態が発生しても、運営が介入することはございません。それがどんな理不尽なものであろうとも決して介入することはございません。
例外として、プレイヤーが緊急時に運営と連絡を取りたい場合、あるいは、運営側がどうしてもプレイヤーに直接連絡せざるを得ない状況が発生した場合には、緊急警報として私とコンタクトすることになります」
「結構厳しいシステムなのね。運営コールとかできないの?」
「このゲームが開始された時点では、運営コールがあったのですが、あまりにいい加減なコールが大量に送られてきて、対応不能となり、機能停止になりました」
「みんな、運営コールを軽く考えすぎ……」
「まぁ、夕飯だから××まで転送しろ! とか、金がなくなった無制限で提供しろ! とか、就職を斡旋しろ! とか、半端ないものまで」
「みんな裏技大好きだから」
「こういうのも人間行動研究に役立つそうです」
「さて、これで私のガイドは終了いたします。今後のご活躍を期待いたします」
「ここまで、いろいろとありがとう。頑張ってみるよ」
「良きゲーム・ライフを、そして幸運を」
生命の腕輪からの最後のメッセージを聞いて、前へ踏み出す。
ゲーム・ライフが始まる!
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