ヒーローと敵の幹部が結ばれる

日村響

第一章 1話

特に理由はなく、急に今日はフランス料理が食べたい、という欲がでてきたから、今晩はフランスの家庭料理となり。

 食材を買いに出かけたら、たまたま寄った近所のセールが特売をやっていた為、必要な食材が全部買えてしまった。


「これはあれだね、運が良すぎたから後で怖いことが起きるというやつだ」


 幸運が発生したら対価として不幸が帰ってくると、過去に旦那が語っていたことがあって、科学者である私からしたらとても非科学的だと言って最初は信用していなかったんだけど。

 その後、一度だけ不幸な目に遭わされた思い出があるんだよな。

 幸いにもその不幸は、命に危険が及ぶことでもない不幸だったから安心したけれど、今は調理中、火と刃物には十分気をつけながら、晩御飯の準備を進めた。


 といっても私が料理で危険を起こすことなんてそうそうにない訳で、素人でもないから苦戦することはなく、とても順調、順調。

 それに以前の職を失い、放浪者となってしまった時に興味本位で取得した調理師免許を持っているし。

 私の旦那さんと娘の誕生日や、クリスマスなどの特別な日には何度もフランス料理を振る舞ってあげる回数が多く、味もプロ並みと評価されているから失敗なんて起こりえないんだよね。


「これは無駄に警戒していたね」

 

 私は一度経験したら、二度目はなくそうと気を引き締めようとする悪い性格を持っているから、仕方がないことだ。


 ガチャ!


 おや? リビングのドアを優しく開ける音だ。

 夕方に入ってくる人物なんて一人しかいないので、おそらくあそんでほしいのかな? でも今は晩御飯を作っている最中だし、後にしてもらおうと。


「お母さん、本を読んで」


 ショートの黒髪に、ふりふりとしたドレスぽい衣装を着た幼い女の子が、そこそこ分厚い本を両手に持って、私に見せながらおねだりしてきた。

 この娘は私の娘、英里、今年で5歳になりました。


「本? ちょっと待ってね……」


 献立の一品を調理中で、今中断する事ができない状況だから、私の娘、英里には悪いけど、少しだけ待たせた。


「よし、お待たせ……って!」


 完成した料理を綺麗に皿に盛り付けるところまで終わらせてから、数十分も隣で立って待っていてくれた英里の方を振り向いたら、見せてきた本に見覚えのあるやつで、言葉が詰まっちゃった。


「ああ、あのさ英里、読んでほしい本はそれがいいの?」

「うん!」


 とてもニコニコしてるな。

 もしかして私の娘はこの本が気に入っているのか、いやぁ、それは困るな。


「ねぇ、英里、別の本にしない?

ほら、お父さんの知り合いが書いた本とか面白いと思うわよ」


 この本読むのが嫌って本音を英里には悟らせないように、交渉を試みたんだけど、目を閉じ、顔を左右に振られてしまった。


「嫌だ、英里はこの本が読んでほしいの」

「……でもその本は前に読んであげたじゃない」


 前だけじゃなく、その前も読んでいたし、更にその前も読んであげているのよね。

 多分、指で数えるよりも沢山読み上げていた筈だから、そろそろ飽きてもらいたいわ。


「また読んでほしいの」

「やれやれ、どうして同じ本を繰り返し読んでほしいのかな?」


 軽いため息が出てしまい、結構困りはてている表情が表に出ているんじゃないかしら、今の私。

 悩んでいる顔が隠せないまま、立ち位置を英里の目の前に立ち、視線を合わせた。


「だって英里、この本が大好きなんだもん」


(もしかして読んでくれないかな)とでも思ったのかしら、私を視線から外して、顔が下へ向いていた。

 若干涙目になっていて、落ち込み始めてしまった。


 やれやれ、これはガチめの感想みたいだね。

 まったく、この本の製作者には後で文句を沢山言ってやらないとだわ。


「もう、そんな顔をしないでちょうだい英里」


 両手を英里の頬に優しく触れて、涙を拭ってあげながら視線を私の方へと戻した。


「いいわよ、この本を読んであげる」


 ここで本音を言ったら効果なんてないから、ここは口には出さず、英里の要求を単刀直入に受け入れた。


「いいの?」


 まだ悲しそうな顔になっていて、信用されていない問いかけを投げかけてきた。


「ええ、いいわよ。

 晩御飯の準備が終わるまで少しだけ待っててちょうだい」


 本心の方は、娘に断るのは無理だと、凄く落ち込んでいるのだけど。

 ここは誠心誠意、余計なことを言わないで続けた結果、効果は的面みたいね。

 

 英里の表情が最初の明るくて可愛い笑顔だった時に戻り、嬉しくなってくれた。


「うん、英里大人しくしている」

「ふふ、ありがとう」


 可愛いく頷いてくれる英里に、頬から手を離して右手で頭を優しく撫でて感謝を伝えた。


 しばらく撫でられるのを堪能してから、私の手から離れてリビングの方へと移動し、最大3人位は座ることができる大きなソファに座って待機して……。

 いや、ちょっと待ちなさい。


「ああ、英里……、先に自分で本を読んじゃったら、私が読んであげる必要がなくなると思うよ」


 何故私に頼んできたのかが分からなくて、意味もなくなる行為には、流石の私には理解できなくなっているわ。


 すると本を横に置いて、私に上を向いた右人差し指を左右に数回振ってから、自信満々な表情で説明してきた。


「この本は、自分で読む時よりもお母さんに読んでもらった方が一番面白いんだよ」

「え、そう……、かな?」


 疑問で返答しようとしたけど、そういえばあの本には本来書かれてない事を私は読み上げていたわね。

 自分の過去が題材となっている本だったからとはいえ、つい細かい真実を語っていたことが、今になって恥ずかしくなってきた。

 しかも実の娘が私の音読を大変気に入ってしまっているから、更に恥ずかしさが増しているわ。


「くぅ……」


 駄目だ! ここまで冷静を保ち続けていたけど、もう無理、限界だわ。

 恥ずかしくなっている顔を娘には見られたくなくて、つい顔をキッチンの奥に隠して感情を落ち着かせていたら。


「……ふふ、恥ずかしいね」


 もう今は、当たり前のように様々な感情を出せているけれど。

 彼、私の旦那さんと結ばれる前までは恥ずかしいという感情を出すどころか、焦ったり、困ったり、笑顔になることすら出せなかったんだよ。


 何故そんな状態になってしまっていたのかというとね、それは後で読み上げる本に私の過去が書かれているから、晩御飯ができるまで待ってちょうだい。

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