⑬ ダジュボイと〔ろぼ〕
そうしてカシャカシャと先のお姉さんも片付けにいそしむ中、ようやくテーブルに戻って仲良く四人座って落ち着けた。
「すみませんね、ケタ外れに大騒ぎしてしまいまして。」
お店と迷惑を掛けたお客さんには風読みが直々に謝罪してくれたので引き続きこの店に居座ることができている。ちなみにそんな心遣いも例の二人にはまったく届いていない模様。
「で、ええと・・・アヒオ、こちらの方は?」
四人目が誰か分からなかったがとりあえず座ってもらっていたのだ。言うまでもなくリドミコは頭数に数えられずにアヒオの肩の上にいる。
「え? もういーだろそんなの。なー、リドっ! くけけけ。」
さっきからよだれと鼻血が垂れ流しだったアヒオがそろそろ面倒になってきたので誰も指摘しなかった。幸せならそれでいいだろう、そう誰もが判断した結果なのだ。つべこべは言うまい。
「・・・。あ、これは挨拶が遅れてしまいまして。風読み殿とこの男がこんなにも親しかったとは思いもよりませんでした。
では、失礼して。わたしはホニウのザリスルに名を置くヒナミ=キシと申します。細事は省かせていただきますが、お察しください。」
ホニウの中でも耳が真横にあるのは珍しい部族だ。おそらくそれに合わせた耳かけなのだろう、眼鏡の形も不思議だった。耳も大きくないから落っこちてしまいそうだ。
「これは丁寧に。アヒオとリドミコは知っているようですね。こちらはヌイのキペ。弟のハユを探して『スケイデュ遊団』本部のあるこの都まで来たところです。」
そう風読みが言い終わるかのところでヒナミがキペに鋭い視線を向ける。
「失礼に当たるかもしれませんが、その・・・ご存知ないのですか?」
ひとしきり堪能したアヒオはリドミコを前に抱き、ただならぬ様子のヒナミに続きを促す。
「・・・キペくんだったね。その姿からおそらく黒ヌイの部族じゃないかな?・・・やはりそうか。
・・・すまないが席を外してもらえるかな。このリドミコちゃんと。」
え、と戸惑うキペより先に声を発したのはアヒオだ。
「リドを外すならおれも外す。だがな、風読みサンひとりに重たい事実を背負わせるわけにゃいかねーだろ。
そしてキペ。たとえ弟さんが殺されたって話でも、聞きたいだろ?」
それがまるでたとえ話とは思えないような口ぶりなのが心を惑わせた。
それでも、答えは決まっている。
「はい。重要であるほどに必要があります。ヒナミさん、お願いします。」
その前に、とヒナミがガウンをリドミコにかぶせる。リドミコはアヒオの反応を伺うもヒナミのするがままだったので抵抗はしなかった。ヒナミとアヒオの関係は結局リドミコにも解らず終いだが今は敵同士ではないらしい。
「アシナシ。君もまた派手にやってくれたものだ。今『フロラ』がどんな位置にあるか知っていれば・・・まあいい。
まず、風読み殿。〝嘘見〟を用いてわたしの話を聞いてください。それがおそらく口で説明するより確かな信用を得られると思いますので。」
客がちらほらとまだ残っていたがもうこちらに興味はないようだった。
「・・・ええ。わかりました。」
どうやらそれは「本当に聞かれてはマズい話」というより、「表立って言うことでないながら知っておくべき話」というものであるらしい。ここで漏れずともいずれどこかで耳にすることなのだろう。
「ではキペくん。弟さん以外の家族は、まだ村に?・・・そうか。
・・・先日、ヌイの村が焼き払われ――――」
「な、・・・」
カーチモネの言葉がよぎる。
バファ鉄を奪いにまたあの一団が襲ってきたのか?そんな疑念に頭が掻き乱されたまま、ただ、堅く軋ませる拳だけが心のうちを物語っていた。
「な・・・ん、・・・いえ。すみません。」
酌むには至らないがせめて、と風読みがその肩に手を乗せて制する。
それを見届けてからひと呼吸し、ヒナミは続ける。
「ここでは詳しく言えないが、セキソウの村で『フロラ木の契約団』の兵が武装した恰好で発見され、『スケイデュ遊団』と交戦し殺害されたそうだ。
アシナシ、君は理解してくれ。とりあえず今『フロラ』に対する監視の目が厳しくなっている。わたしも余りウロチョロしたくはなかったのだが、さすがに逃げ出した幼いフロラ系人種の少女ひとりを街に放つわけにはいかなかったし、『フロラ』でファウナ種となれば今はわたしくらいしかいないのでね。」
キペはまだ信じられないでいた。
ハユに会えなかったと肩を落とした気持ちがようやくなだらかになったというのに、また音を立てて黒い渦に呑み込まれてていくようで。
「キシ家のヒナミ。情報の提供、感謝いたします。」
風読みの声にも抑揚はない。リドミコが無事だったことを喜んでもいい場面ではあったが、もともと数の少なかった黒ヌイ族はこれでほぼ全滅したことになるから。
「・・・ヒナミ、場所を移そう。詳しく聞かなきゃなんなくなってきた。」
詳しく聞きたいのはヒナミも同じだった。
「ああ、そうだな。・・・キペくん、君にも来てもらいたい。いいかな。」
ほとんど放心状態のキペは虚ろな中でひとつ、頷く。
「申し訳ありませんが私も同行させてもらいますよ。キペをこのままには出来ませんから。」
無論そこにもリドミコはくっつき、今までのように四人でヒナミの隠れ家へと向かう段取りになる。
やがて〈神霊祭〉を迎える通りに燈された灯りは、静かに立ち尽くす巨大な旧大聖廟をゆらゆらと怪しく照らしていた。
それから一行は橋の下の抜け道や『フロラ』協力者の敷地を通って小さな物置小屋の地下に築かれた別の隠れ家へと歩いた。
中では聖都での指揮を補佐するユクジモ人がリドミコの無事を喜んだものの、キペとアヒオ、風読みまでやってきたので驚いているようだ。
「先ほどは言葉足らずで申し訳ありませんでした、風読み殿。
見ての通りわたしは『フロラ木の契約団』に属しここで指揮を取る者です。それではどうぞ、掛けてください。続きをお話しいたします。」
決して広くないその部屋に、ヒナミ、アヒオ、リドミコ、キペ、風読みと二人のユクジモ人が座った。灯りは抑えられているため互いの顔を見分けるのがやっとだ。
「セキソウの村で見つかったのは我々が協力を要請していたダジュボイという人物を警護していた者たちです。
彼らは事の起こる前、何者かによって連行、あるいは拉致されました。おそらく村で発見されたというのは捏造でしょう。そもそも我々『フロラ』にヌイの村を襲う動機がありません。『ファウナ』や統府との対立で手いっぱいなのですから。
そこから導き出される解答は単純に考えて二つ。
一つはこれらが『スケイデュ』単独の含みを持たせたデッチ上げ、というもの。
動きの読めない教皇肝入りの組織なのでその意図は明確に判りませんが、村での「交戦し殺害した」という見解にはどうしても疑義が残るためです。彼らほどの精鋭が証言者となる捕虜を一人も手にしないまま息の根を止めてしまうとは到底思えませんし、我ら護衛組がセキソウの村で元々死んでいた、あるいは殺されていたのであれば「交戦した」などと嘘をつく必要がありません。
もう一つは連行、あるいは村の焼き討ち、そして『フロラ』護衛組の殺害までを『ファウナ』または他の組織が行い、『スケイデュ』が後始末をした、というものです。
『スケイデュ遊団』もまた『ファウナ』と対立関係にあることは周知のことですが、可能性を挙げれば以上の二つに真実は絞られるはずです。
そして両者に必ず関わってくる『スケイデュ』の動向こそが、我々の目下の一番の関心事となります。」
そう一息に話すとヒナミは口を潤した。そのコップの立てる音だけが迷ったように部屋にこだまする。
「〝色〟が見えない以上、あなたの見解にあなたは嘘をついていないと私が保証します。問題は・・・」
焼き払われた村の生き残りであるキペの探す弟・ハユが、それに関わったとされる組織、つまり『スケイデュ遊団』にいるかもしれない、という点だった。
ハユが『スケイデュ』と関わることになった経緯が偶然なのか、それとも組み上げられた必然なのかによって全く異なる意味合いを含ませるからだ。
ここに挙げられている情報は少なくとも『フロラ』寄りなのかもしれない。しかし焼き払われたのは事実であり、『フロラ』と交戦した、というのも『スケイデュ』の公式な見解としていずれ発表されるだろう。その場に『スケイデュ』がいなければまだ否定もできたが、残念ながらそうはいかないようだ。
「身元を明かしてまでここへ連れてきたのは君の情報が欲しかったからなんだよキペくん。巻き込むことになるからと先ほどは躊躇したが、君に覚悟があると見込んで頼みたいのだ。
わたしたちも万能ではないのでね、率直に聞きたい。胸が痛むところ申し訳ないがなぜ君の村が狙われたと思う?」
傷に塩を塗るような真似をしてでも、特定組織の動向に関する情報を一刻も早く手に入れたいと思うのは自然なことだ。
闘争を繰り広げる者たちとは次元の違う世界に生きてきたキペにも納得できたが、それは飲み込もうとしても喉につかえてしまう類の話だった。
「えと、そこに鉄鎧の巨人がいなかったのなら、わかりません。・・・いや、もしかしたらやっぱりバファ鉄かも。・・・あの、信じていただけないかもしれないのですが―――」
「〔ろぼ〕のことなら心配はない。わたしも把握している。」
キペの不安を救い上げるように取り除き、ヒナミは話の続きを促す。
「・・・?〔ろぼ〕って、あの箱型とか筒型の巨人のことですか? あ、とりあえず見たことがあるなら進めますけど、あれに乗った、入った? ヒトたちがカーチモネさんという大金持ちの家からバファ鉄を奪おうと来たことがありました。
それでその時、カーチモネさんが言ってたんです。統府に買い占められたって。確か『スケイデュ遊団』って統府の管理下なんですよね?・・・あ、教皇の直轄なんですか。あ、じゃすみません、間違えました。今の話はナシです。」
組織体系というものはキペが思っているよりずっと複雑だったらしい。
「ん? いや、その路線でいいんじゃないか? 買い取りゃいいだけで焼き払わなきゃならない理由はやっぱりわからんが、キペの村に貯蓄してあるバファ鉄のことなら統府も把握してるだろうから教皇が知りたきゃすぐに調べられる。教皇は『スケイデュ』も動かせるが統府議閣の議員だっていくらかは自由に操れるだろ。
ヒナミ、おまえさんトコの情報員とか使って探させてみ。動機のひとつも解明できるかもしれないかんな。」
意外なフォローの後の一言にひっかかる。
だからだろう、片足はもう突っ込んでしまったものなので行けるとこまで行ってしまおうかとキペは思う。頭は朦朧としていたが、だからこそ問うてみたくもなる。
「動機のひとつ、って目的は他にもあるってことですか?
村を、全滅させること・・・・とか?」
考えればあり得ることだった。
ひとつの事象に対してひとつの動機・ひとつの目的しかない決まりはないのだから。
ただ、いずれにせよバファ鉄の行方と『スケイデュ遊団』の関係は濃厚になり、そこから垣間見える「教皇」が村の焼き討ちに関わっている可能性は留意しておく必要があるだろう。
「ふむ。どちらにしても虐殺の理由だけはわからない、か。・・・まあでも糸口は掴めたかもしれないな。こちらで情報を集める必要がまだまだあるがバファ鉄関連の経路や価値相場も調べさせよう。」
思った以上の収穫が得られたからか、ヒナミは楽しむように隣のユクジモ人を伝令に走らせた。キペとしても誰かの役に立てたのはよかったものの暗澹たる気持ちがそれで遠のいたわけではない。
「あの、ヒナミさん。その、村のヒトたちはどうなったんでしょう。」
事実、事実、と知らされながらも、キペにはまだその惨劇に実感が涌かなかった。涌かないながらも、ハユの身だけは心にわだかまっていた。
今となっては村以外のどこかへ行方不明になっていてくれた方が安らげそうだ。
「家の中の者も焼けてしまって特定は極めて困難な状態だろう。遊団員や近隣の信者などが墓を作ったはいいが墓標に名前は記されていないのだそうだ。・・・すまないね、『スケイデュ』がウロウロしているとこちらの部局員も自由に動きが取れないのだよ。」
仲良しが少ない村だった。ニビの木を仕入れてくれる者としか話もしなかったし、恋人もいなかった。襲われた時や、ハユが傷つけられた時はすこし嫌いだったが、そこには家族がいた。思い出があったのだ。きれいな空や季節を色で飾る草花が。
だからだろう。
あった、という響きが、隣にあったハユを描き出す。
「・・・ハユ、・・・・・・・ハユ。」
兄ちゃん、兄ちゃん、と内気なキペの遊び相手になって、ダメなキペの真面目な性格を褒めてくれたり小バカにしたりして、病気の時はがんばって草粥を作ってくれて、両親がいないのに全然悲しむ素振りを見せないようにして、いつも、兄ちゃん、兄ちゃん、と呼んでいたハユを思い起こさせてしまう。
大切な、大事な、大好きな、ちょっと生意気な、本当はやさしいハユを、呼び覚ましてしまう。
だから。
「あの、風読みさま・・・」
何がそこで掴めるわけでもない。
でも、熱い拍動を諫めるためには向かうしかなかった。
「えと、確かセキソウの村の近くには陽の神殿がありましたよね。」
聖都から一番近いのがキペの住んでいたセキソウの村の北にある陽の神殿だった。
「ええ。・・・急ぎますかキペ。」
呑気に明日も同じ返事を聞くため『スケイデュ』の基地へ行く余裕などなかった。
「勝手ばかりですみません。神殿には必ずお供いたします。」
なにやら要領得ない話を二人で始めたので他の者は顔を見合わせてしまう。
「なんだ、急ぐってどういうこった? キペでも風読みサンでもいいから説明してくれ。こいつらはどうか知らんがおれとリドは仲間だろ?」
キペの中にとぐろを巻き始めた怒りにも似た感情も、そんなアヒオのあたたかな一言で影を潜める。仲間の口にした、一言だからだ。
「ふう。致し方ありませんね。」
風読みとしてはあまり口外したくなかったものの、こちらも『フロラ』の内部情報を手にしてしまったこともあり《六星巡り》について簡単に説明することにした。
各神殿を風の神官が巡り各所で儀式を行うことで霊像の代わりを果たし一円ほどの猶予を得ることができる、といった大雑把なところを。もちろん、仕方がないので霊像が盗まれたことにも触れておいた。
「なあ、ヒナミ。リドの世話はもう任せなくていいってことはおれもお役ご免、って事だろ? だがおまえさんはおれを買ってる。ついでにおれは内部機密まで手にしちまった。
な、手放すのは賢くねーよな?」
イヤな予感が走る。盗んだ物を売っ払ってそれを手間賃だと豪語する男だからだ。
「何が望みなのかなアシナシ? 君はいつから商売人になったんだか。」
話には乗ってくれそうだった。どういう関係なのかは不明瞭ながらヒナミは悪者ではなさそうだ。
「馬を貸してくれ。『フロラ』には属さないが協力はする。丁度いいくらいだろ?」
馬を駆らせればセキソウの村まで二、三の日巡りで行ける。キペの心臓は高鳴った。
「また勝手なことを。・・・ふう。あとで手形を渡す。これで『フロラ』に情報の出し入れが出来るだろう。無論、誤解を招いて『ファウナ』に狙われることもあるがそれは覚悟してもらう。条件が呑めなければ話はここまでだ。」
やられっぱなしも困るので、飼い慣らせないならせめて首輪くらいは付けてもらおうといったところか。
「ああ、わかった。それでいい。じゃ後で蟲をつけといてくれ。伝令には要だろう?
さーてキペ、せっかくだからなー。な、おれたちも連れて行けよ。いいユクジモの村を見つけたいんだ。
おれもリドも納得する村があるならそれは別れじゃない。別れるつもりは毛頭ないが、いつまでも放浪ってワケにはいかないからな。おれとリド、二人で暮らせる村を探したいんだ。
けけけ、アテのない旅ってのもいいが、おまえさんらとココでオサラバってのは腑に落ちないんだよ。どうだ、リド。」
うん、とやってアヒオにキペに微笑む。
「もう少し付き合っていただくようになりますね、アヒオ、リドミコ。あなたたちにも、ヒナミあなたにも本当に感謝しています。悲しい時世ですが、出会えたこと触れ合えたことを私は誇りに思いますよ。」
村はもう、ない。
ハユがどうなってるのかもわからない。
それでも今、キペには為すべき事が見定まったのだ。
《六星巡り》を遂げること。
その「ついで」でセキソウの村には寄るつもりだが、今度は責任を負っての旅路となるだろう。
その夜、光さえ届かぬ小さな地下室から世界を巡る風が生まれた。
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