⓾ フロラ木の契約団とファウナ革命戦線





 しゃらしゃら、と干しツタを束ねた仕切りを分けて男が入ってくる。


「情報部局より報告が入りました。」


 木々を組んだテーブルの端からそう入室者は告げた。

 地図を広げていた上座のユクジモ人たちは苦々しい面持ちでその続きを待つ。


「ダジュボイ老およびその護衛組が連れ去られた模様です。『ファウナ』の連中かと思われますが担当部局員が着いた時には組員たちは全て、もう・・・」


 悲しむというより苛立ちを抑えるよう顔をしかめる。


「や、やはりヒナミが裏切っ――――」

「いや。あの男が本気でそうするつもりなら既に俺たちはココにいない。

 というより『ファウナ革命戦線』やファウナ人そのものに目を拡散させるため、と疑う方が賢明かもしれん。我々がファウナ人に過敏に反応すると踏めばわざと粗い足跡を残すのは必至だ。

 もう一度調べ直せ。身内の身体検査もしたいところだがな、今は士気を削ぐわけにはいかん。」


 一番奥の椅子でそう指揮を取っていたのはまだ若いユクジモ人だった。

 知恵も経験も彼以上に持ち合わせているはずの幹部はただ、その言葉に従い頷いている。


「しかしルマ様、ヒナミは家名復古のため〔ヒヱヰキ〕の存在、ひいてはそれを知るであろうダジュボイ老、モク老に関心を寄せていることはご存知のはず。せめてヤツに対する監視体制を強化しておくべきでは・・・」


 ルマ、と呼ばれた指揮官は額当てのエンブレムに手を宛ててひとつ目を瞑る。

 ユクジモ人を含めすべての人種や知恵ある者たちの共生を謳う[十葉樹]も、今ではその由来を記憶している者さえ乏しい。


「救出には無論、人員は割く。だがもし老が死んでいたら、もし誰かの手に〔ヒヱヰキ〕が渡ったら、それこそ我々にはもう希望などなくなってしまうだろう。

 ここまで追い詰められたのならもはや止むを得まい。情報部局諜報組は現状のまま任務を続行し、護衛組と管理・待機番たちを総動員し戦兵部局に合流させろっ!」


 がたん、と立ち上がり燃えるような目でルマは声を荒らげる。

 理解はできても納得したくない弱気な心が、それを見上げる幹部に覗く。


「ですが・・・ですがルマ様。ここで同志を失いながらダジュボイ老を取り戻せたとしても枢老院からの協力は確約されておりません。いたずらに兵を失くす徒労に終息してはそれこそ戦機を逃してしまいます。」


 十余円前、聖都を急襲するクーデターが現在の『フロラ木の契約団』の前身組織により企てられたことがあった。

 そんなユクジモ人の独立を謳った一世一代の大博打に、彼らも新たな時代の革命児たちへ自由を託してその背を押したのだ。

 しかし結果は内部による情報の漏洩が元で画策段階で頓挫してしまい、旧『フロラ』の信頼は完全に失墜してしまった。

 そしてそのクーデター未遂以降はユクジモ人種の自衛・保護を掲げた穏健守旧派の枢老院に権限と支持が集中している。

 それはルマを「総代」に据えた現在の新生『フロラ』であっても変わらなかった。

 だからこそ「ファウナの力に怯えながらの争いのない暮らし」を選ぶ枢老院にも、それら全ての元凶であるファウナの存在それ自体にも、自分たち『フロラ木の契約団』に正義があるからこそ知らしめなければならないものがある。

 そう信じることがルマにとっての活動原理であり、目的であった。


「じゃあ黙っていろと? それでは枢老院と同じだっ!・・・しかし同志を失い、何も遂げられないことすら当然、可能性としてはあるだろう。

 だがな、花は咲くばかりが華か? 散る花は流れゆく時をさえ抱くものではなかったのか?

 花をつけぬ木や草に映えてこそ華。咲かすことのできる我らが観手になってどうするっ! 我らは花っ! 華たる花っ! 雨に嵐に怯えて世界をどうして彩れるっ? 腹を決めよ同志たちっ!

 今より我らは浮島シオンへと向かい、メタローグたる大白樹ハイミンを奪還するっ!」


 その気骨ある宣言に先ほどまでの懸念が嘘のように晴れ、幹部たちも息巻くルマに同調して拳を掲げた。

「英雄、ルマ!」と、幾度も幾度も唱和して。





 すぅー、がこん。


「はいよー。レオンジの町に到着でさあ。」


 着岸のやり方には少々問題があったものの、こうして午前のうちに着くことが出来たのはやはり大きかった。

 レオンジからなら聖都まで急げば半日で着いてしまう。ウィキの町から陸路で目指していたら十の日巡りは要していただろう。ナナバの村やカーチモネ邸での時間ロスを考え合わせてもまだお釣りがくる、といったところだ。


「ありがとうございました、船頭さん。ふう、それにしても今度は大きな町ですね風読みさま。」


 マノア川をもう少し下ればそこは海になる。

 湾になっているこのあたりでは港町としても栄えているため、ひと頃は聖都オウキィの首都機能分割案まで浮上するほど発展を遂げていた。ただ、それだけに人種・部族の種類も人数も同じように多かった。


「あ、あーん、ちょっとよ・・・その、おれ行ってくるトコがあるから。リドを頼むわ。見ての通りの危険地帯だからな、風読みサンの威力で守っててくれ。頼むぜ? けけけ。」


 と珍しく自分からリドミコを放し、猫背のままひょこひょこと怪しげな路地裏へと走っていくアヒオ。

 その先で「おうっ」とマントから何やらキラリと光るものが落っこちると斬新な眼差しで周囲を見回しながら彼はそそくさと拾い上げてまた駆け出していった。


「・・・。か、風読みさま。あれって・・・。」


 初めはお腹でも痛いのかなと思っていたのだがいつもと変わらず元気だったので特に心配していなかったキペもさすがに勘付いてしまう。


「えぇと・・・キペ。・・・私は目が見えないものですから何のことだか・・・」


 細い手を出してリドミコと手を繋ぐ風読み。

 見えもしない目で青く澄み渡る空の雲を涼やかに見上げて素知らぬふうを装う。


「か・・・・風読みさまぁ。」


 そんなあたふたするキペの手もリドミコは握ってにっこりとする。

 心配ないよ、とでも慰めるように。


 そして四半刻。


「おーリド。いい子にしてたかー? ほーら、体力つけるために焼きたての肉とか買ってきたぞー。ほれ、キペも風読みサンも。」


 そうしていい子にしていなかったアヒオが屋台で食べものを買って舞い戻ってくる。

 キペはまだわなわなと震えていた。


「あ、あの、アヒオさん? このお金って―――」


 被害者にはなったことはある。しかし・・・


「いいかキペ、よく聞け。いいか、持ちつ持たれつって言葉、知ってるよな。金持ちが「特にいらないなー」と思うものを欲しがる店に持っていって渡してやる。

 いいか、これはその手間賃なんだ。いいかキペ。おれはいい事をしたんだ。わかるな?」


 屁理屈とはまさにこのことだ、とキペは思ったが腹と財布が空っぽではこれ以上の旅が続かないことも理解している。そのためには屁理屈も理屈のうちと呑むしかなかった。

 仕方がないのだから、そしてせっかくなのだからおいしくいただこう、そう自分に屁理屈を突きつけるキペだった。

 弱者なのではない。敗者なのだ。


「あと、ほい、キペ。風読みサンは施しでやってけるだろーがおまえさんはそうはいかないだろ? ふっかけたら思ったより高値で・・・いい店主が手間賃を弾んでくれたんだ。半分はおまえさんが持っていけ。肩の傷もあるからな。」


 ごそ、と持たせた布袋はキペが村を出た時よりずっと重いものになっていた。

 自分の家が思っていたより貧しかったのか、カーチモネにとって失くなっても気付かないモノが高価だったのかは判らないが、とりあえず複雑な涙が世界を歪めたそうな。


「さてアヒオ。私たちの目的地は聖都ではなくその近くの陸上兵団の施設であることはもう話したと思います。『スケイデュ』に用があるのでね。

 あなたたちは聖都のどのあたりを行くのでしょうか。」


 聖都といっても広く大きい地区なので、この町からの経路も聖都のどこを目指すかによって道が分かれてしまう。

 また聖都を囲う隔壁のために東西南北の入り口をどれかひとつ選ぶ必要があるのだ。

 キペと風読みは山沿いに兵団施設を目指し、聖都「東区」を抜けるつもりだった。


「今は正確な位置がわからないんだ。いろいろ当たって探し出す、ってところだな。海伝いの賑やかな「南区」から見て回る予定なんだが。まあ割とすぐに見つかるとは思う。

 そうだ、そっちの用が済んだら会わないか? 一杯くらい付き合ってくれよ。」 


 きっとアヒオの「用が済む」とは、「リドミコと別れる」ということなのだろう。

 娘のように溺愛しているアヒオが事を遂げた夜に一人でいられるとは思えなかった。


「うん、そうですね。でもどうやって連絡とります? ひとまずはこの町で二手に分かれてしまうんですけど。」


 まだ早い午後の今、話しながら歩いているうちに町の終わりはあっけなく視界に入ってきた。

 いろいろと思い出して語りたいものの、まだ何も片付いていない今この時は未来に顔を向けていたい。


「兵団んトコはオウキィから半日も掛かんないだろ。んだったら明日の夜、オウキィの旧大聖廟公園前の店のどっかで会おう。ササが飲めるところな。そうすりゃ店も絞れる。

 じゃ、達者でな。キペ、風読みサン。」


 肉入り練り焼きを食べ終え丸薬を飲み下す頃にはもう、分かれ道だった。

 レオンジの町の中に入れば大きいと感じただろうが、ここは通過点。

 後ろ髪を引くのは町ではなかった。


「うん。・・・リドミコ、楽しかったよ。聖都では気をつけてね。アヒオさんにしっかり掴まってるんだよ?

 それから、えっと、具合が悪くなったらちゃんと伝えるんだよ? アヒオさん鈍感だから。あ、でもイタズラで心配させちゃだめだよ? アヒオさん敏感だから。

 それと、アヒオさんのこと、よろしくね。わかると思うけど・・・えっと、それから・・え、と・・・」


 もう、笑えなくなっていた。

 思い出すのはあとで、って決めてたのに。


 うん、うん、と頷くリドミコも懸命に笑顔に努めようとして、それも続かなくなって、目の縁を真っ赤にしながらキペに抱きついた。


 膝をついて受け止めるキペはそれよりもっと、ぎゅっと、リドミコを抱きしめた。

 力を込めると熱く疼く肩が痛かったが、それよりもずっと、痛かった。苦しかった。

 胸が張り裂けるような想いを、ただただ流れる涙を、とめどないしゃっくりを、溢れ出てしまう感情と一緒に押し留めようとした。リドミコを悲しませないようにと、ただその一心でキペは怺えた。


 そんな大きな三叉路の真ん中で抱き合う二人を風読みもアヒオも見守るしかなかった。

 本当は、これは喜んでいいことだから。

 こんなにも離れたくない者に出会えたなんて、素晴らしいこと以外の何ものでもないのだから。


 ただ、そう心が納得するにはまだいくつもの月の巡りを数えなければならないだろう。

 出会い別れの世の常を受け容れるには、二人はまだ、未熟だった。



 そうして、いつまでも泣いていられないと意を決したキペの「さよなら」に一同は従い、まだグズるリドミコの手を引いてアヒオは海側の道へ、少しだけ大きくなった青年の背を見守る風読みは山側の道へ歩き出した。

 凪いだ風が海へ流れ出すのにそう時間は掛からなかった。



 それから落ち着きを取り戻し、風読みに話しかけたのはもう辺りが闇に包まれた頃だ。


「先ほどは、その、すみませんでした。」


 先導するように前を行く風読みは振り返ることなく、もう少し灯りの多い街路を探して歩を進めている。


「キペ。いいのですよ。・・・どうやらあなたはハユが好き、というよりも子どもが好きなのですね。リドミコもそうですし、あの一団の一件でも確かそうでした。」


 言われてみるとそうだった。槌筒巨人から二人のヒトが飛び出てきた時も迷わず小さな子の方に体が動いていたし、それを不思議とも思わなかった。


「そう、かもしれません。でも、そうやって仲良くなることでまた、リドミコを悲しませてしまいました。」


 リドミコは風読みに懐いていなかったわけではないが、このくらいの距離を保っていたら悲しむのは自分ひとりで済んだのだ。

 それが、キペにはつらかった。


「困りましたね。それではアヒオの時はどうします? アヒオはリドミコを悲しませる悪者でしょうか?」


 試すように、諭すように、風読みは囁く。

 宿が見当りそうな路地に、道は続いていく。


「いいえ、そんな・・・。でも・・・」


 人通りのない道に「聖都」の繁栄は見られない。

 壁に四方を囲ませた「大きい街・オウキィ」も、どうやら中身には幅があるようだ。


「誰も彼女を悲しませなければ、いつまで経ってもリドミコは本当の笑顔、本当の幸せを知ることができません。

 あなたがつらく感じ、それをリドミコに重ねて思いやることでヒトを想うやさしさが生まれたように、彼女はこれでさらに強く、やさしくなったのですよ。

 あなたがいたからですよ。あなたに出会ったからです。

 キペ、胸を張りなさい。

 リドミコに出会えたあなたもまた、強く、やさしくなったのですから。背を丸めてはリドミコに失礼ですよ。ふふふ。」


 そんな温かなたしなめが、トゲトゲしていたものをすっ、と丸くする。

 自分が役に立ったことを誰かにではなく、自分を育んでくれたそのヒトに誇るのであれば己の一挙一動に自信が持てそうだった。少なくとも、そこに罪責感はなくなっていた。


「はい。」


 そんな返事ひとつで決着する。

 顔を上げればそこには今夜の宿が灯りを漏らしていた。


「では、今日は休みましょう。そして明日、会いに行きましょう。」


 そう。この旅はハユを連れ戻すことが目的なのだ。

 まずはそれを成し遂げねばならない。


「はい。」


 そして二人は安宿へと入っていった。

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