⑧ カーチモネ邸のみなさんとオールド・ハート






 トントントン。


「どうも失礼いたします。もしよろしければ下へいらしてはいかがでしょう。みなさま縁起が良いとお待ちかねですよ。」


 それからしばらく経ち下階に賑わう声が響き始めた頃、ギヨ人の執事が風読みたちを呼びに上がって来た。


「はぁ。お気持ちはありがたいのですが私たちは病人の安否を待つ身。事情は伏せたままどうか、その旨お伝え願います。」


 そんな風読みの気遣いとも口実ともとれる返事に執事は会釈で返して下りていく。

 それはさておき、


「ったくよーっ! ナニやったらこんなに時間が掛かんだっ? もう夜だぞ! 会うのもダメなのか? 何様だ! ここは地獄か? ふざけるな! 時の迷路か? ばか言うな! おれとリドだぞ? リドとおれだ! わかってるのか? 愛と夢だ! 同義だぞ! リドの何を知ってるってんだ? さてはまさか―――」


 うるさかった。

 アヒオは陽が暮れてからもずっとこの調子だったのでさすがの風読みもキペも取り合おうとはしなかったが一人、果敢に想像を膨らませてはボヤいていた。


 そこへ、


 トントントン。


「失礼。いやぁ、やっとワタシも抜け出せたところなのでお待たせしてしまいましたなぁ。さ、下階へどうぞ。

 ふぁっふぁっふぁ。なに、我が医法衆は優秀な者ばかりです、心配には及びますまい。

 それよりも同じ待つなら優雅な音楽と上等な料理に囲まれていた方がかえって時が早く過ぎるというものですぞ。さ、どうぞ。」


 さすがに今晩の宿まで用意してくれた屋敷の主にこうまで言いくるめられてはやりようがない。


「・・・はぁ、そうですね・・・キペ、アヒオ、一緒に来てくださいな。」


 観念した風読みはアヒオとキペを連れて豪勢な宴に向かうことにした。



「おぉー、あれがかの風読み殿かぁ。」


 そしてその荘厳とした法衣の上に奇体な頭の風読みが階段を降りてくると集っていた商業連合の重鎮たちは割れんばかりの拍手と嘆息で迎えてくれる。

 来訪していた人種・部族は多岐に渡り紹介されたところで憶え切れそうもない面々だったが、皮肉なほど高価な礼服もお揃いのユニホームのように見えてしまうから滑稽だ。

 村で着れば何事かと思うようなそれも、寄せ集めてしまえばそんなものなのかもしれない。


「初めてお目にかかると思われます。私は行脚の途上の一介の神官。どうかお手柔らかに願います。」


 こんな大人数を前にしてもさすが場馴れした風読みは気遅れすることなく雰囲気を和ませてみせる。見渡した限りどうやら敬虔な信者というものはいないようだが、驚きと興奮に顔を覆う者もあったためかお堅い教義の引用や説教は聞かれなかった。


「・・・アヒオさん、圧倒されますね。」


 予想していたとはいえ、簡単に予想は覆された。

 もちろん、キペたちを圧倒している料理の話だ。


「ほうふぁふぁ・・ふぁあ、ふぉっふぇふぇふぉひぃふぁふぁ。」


 他方、風の神官に特に興味のない客人たちはというと人目も憚らず食べ続ける二人の連れに目を向けている。

 品性に疑問が残ってもその食いっぷりは見ていて清々しいからだろう。


「おやまーこれぁたまげたなや。風読みサマがいるってんでもしやと思えば。」


 濃緑と白の礼服に身を包みながらも羽を挿した帽子はそのままなようだ。


「ふぉ、ふぁいーふぁふぁん。」


 いつもの大きな背負い袋のないダイーダはそれでも悪徳商売人のような顔で笑う。


「しかし奇遇だなや。そちらのお兄さんも。えーと、どこかの町でそういえば会ったかなぃ。ま、いいかに。

 しかしなんだなや、その恰好から察するに・・・ひと儲けしたといったところかなぃ?

 だははは。とすればこれは絶好の機会だに。実はココへ来る途中に秘草と謳われるジンニンライコウを見つけたんだなや。ふふふ。お安くしておき――――」


 見事に何かを勘違いしたダイーダの「大特価限定商品ベスト20~オマケも値切りもやっちゃうよセール玄陽の得々ポイント還元バーゲンカウントダウンと夢の後~」はとうとうと続いた。



 他方、風読みはといえば各地から訪ねてきた紳士たちにあちこちから話しかけられている。しかし情報の収集も役目のひとつなのだろう、事情や展望を尋ねながら話を繋いで歩いていた。

 右から来た者と左から来た者の共通項を広げておけばあとはその二人を置いていっても呼び止められる心配はない。

 そんな社交界を華やかにする中二階での演奏は浮世の疲れをやわらげてくれる曲が続いていた。ただ、大概の者はそれに耳を傾けることなどなかったが。



「・・・ふう。さすがに堪えますね。キペ、すみませんが果汁水があれば取ってもらえますか。いつもよりも体力を使ってしまって。」


 階段から降りて散り散りになった三人が同じテーブルに就くまでなんと数刻もかかっている。

 ちなみにキペとアヒオは風読みが難儀している間おいしい料理につられてあちこちへと移動していた。


「あ、はい。どうぞ。・・・それにしても、リドミコの結果はまだ出ないんですかね。」


 お腹が満たされたキペは壁に掛けられた装飾品をのほほんと眺めながら疑問を口にする。

 出身であるセキソウの村の家宝を寄せ集めてもここまでゴージャスにはならないだろう。そんな思いを込めるとそれだけで、いくつもの驚きは褪せなかった。


「だな。様子見てくるか。場の邪魔しちゃマズイってんで来ないのかもしれないしな。」


 などと言いながらも食事に満足したアヒオはササを飲み始めている。

 酔ってはいないようだが、ちょっと臭った。


「あの、すみません。」


 すると来客と同じように整った服装の男が畏まって話しかけてくる。

 空いた皿や陶杯を持っているから生活衆だろう。


「もうじき旦那さまが二階で代表の方々と大事なお話をなさるので、お荷物のほう、宿部屋へ運びたいのですが。」


 荷物?と思って、ああ、着替えや皮袋かと思い出す。アヒオのマント以外はあの後すぐに洗って干したなら乾く陽気だった。


「あ、じゃ、僕も行きます。」


 何かを失くされても代わりが手に入りそうな屋敷とはいえ、キペも自分のものはわかるように管理しておきたかったらしい。


「お、んじゃおれも行くわ。この広間じゃ正面開けて出ていくと目立つしな。けけ、ヘンに注目されるのは気持ちのいいモンじゃない。」


 二階から行った別のところにも出口はあるだろうし、浴場を通って裏口へ出てもいい。

 屋敷の中はおもしろそうなところばかりだからキペとしては屋敷探検のもっともな言い訳をサポートしてくれたようなものだ。


「あぁー。では、私も。」


 すかさず乗り出す風読みにキペたちは頷いて返し、三人は生活衆の青年に続いて二階へ上がっていった。


「うーわー。涼しいなあ。」


 と、二階に上がると感じる冷気。

 ヒトでごった返していて気付きもしなかったが一階は少々むっとしていたようだ。


「では、お部屋をご案内します。」


 そう生活衆に言われるがまま廊下に出てゆくと、そこにはもてなし用の部屋が両隣に幾つも並んでいた。


「申し訳ございませんが、今夜はこの部屋で泊まっていただこうと思っております。お客様の中でも泊まられる方が急に、ということもありますので。」


 酔い潰れたりする者もいるだろうし、密談を申し出る者もいるだろう。突然の来訪者であるキペたちに部屋が振舞われただけ幸運というものだ。


「あわ、構いませんよ、そんなこと。ね。」


 そんな中。


 ・・・がしょん。


「ん?」


 と二階にちらほらいる者のぺちゃくちゃ話で聞き取りづらかった中、

 キペにもアヒオにも何か重たい音が聞こえ――――

 

 がしょんっ!


「あっ!」


 と発する間もなく二階のベランダに赤く光る目の鉄巨人が・・・下にいる巨人を引き上げているらしい。

 そして程なく響いた「なんだーっ」やら「きゃーっ!」などの声が二階を満たしそこにいた全ての者が大きな透き石の窓戸から離れると


 バルコニーに二体の鉄巨人が現れた。


「・・・キペ、武器取ってくる。」


 声より早くアヒオは二階広間を抜け出して荷物を置いた部屋へ走る。

 キペはもう二度も出会っていたためか、他のヒトより落ち着いてその動向を見張っていた。背中に風読みを庇って。


「「だーっはっはっは。えいっ!」」


 がっしゃーんっ!


 と何の躊躇もなく破壊された窓戸はけたたましい音と共に破片となって飛んでくる。

 それを聞きつけた階下の野次馬まで上がってきてしまい逃げる者とぶつかって階段はごった返していた。


「な、何者ぞなっ!」


 それを見止めるともはやどこの訛りだかわからないカーチモネが前に前に出てきちゃって無謀にも声を張る。

 とはいえそんな虚勢で精一杯のようだ。


「風読みさま、逃げてください。」


 下へ続く階段はぎゅうぎゅうになっていて逃げられない。

 しかしキペにはそう言うしかなかった。


「「ぬーん? あんたカーチモネかい? バファ鉄はどこだあーっ!」」


 そう円筒巨人が女の声で怒鳴り、見せしめのためか右手の大槌を壁に叩きつける。


「きゃあああーっ!」


 その遠慮のない響きと共に壁も美術品も焼き菓子のように砕け散る。


「な、な、なにをす・・・なにやつだっ!」


 そんなカーチモネをようやく取り囲めた警護衆が人ごみを掻き分けて通路を確保する。


「「ちいっ、ココじゃないのかい? コマっ! んじゃあ奥の宝物庫だっ!」」


 そんな女の声に従うよう、ぶいーん、と目を光らせた箱型巨人が右手のギザギザ円錐を高速回転させる。

 それをよく知るキペはだから叫ぶ。


「風読みさまっ! あれ危ないですっ! みんなも避けてっ!」


 そして低く太い音をぐおーんと鳴らしてギザ錘が壁に打ち込まれると


「ぬぉぉぉぉぉっ!」

「うきゃぁぁぁっ!」


 客たちが逃げ場を失いいよいよパニックになって悲鳴を上げる。

 一方の風読み・キペもそれらを押しのけて逃げるわけにもいかず、ただ弾け飛んでくる石つぶてを避けるだけだった。


「「ちいっ、邪魔だねえ。ケガしたくなかったらどっか行きなっ! こっちゃ命なんざ欲しかないんだ!」」


 ぐろろろろ、とギザ錘を突き立てる巨人はなおも掘り削り、壁一面にヒビが入ると、がしゅん、っと後ろに下がった。

 ちら、とその穴から垣間見えた部屋にはキラキラした宝が伺える。


「ま、ま、待つでおじゃるぅぅっ!」


 さっさと逃げてくれればいいのにそうもいかない屋敷の主は警護衆の制止を振り切って巨人へ向かおうと必死だ。

 この段になって来客はどうやらみんな逃げおおせたようだが、逆に今は警護衆が押し寄せてきてしまいキペたちはまたしても出られなくなっている。


「「うるへー。いくぞぉぉぉっ! ヒマあああっ!」」


 の雄叫びで円筒形の大槌巨人が穴の開いた壁目がけて右手を叩きつける。


「「けっけっけっけっけーっ!」」 


 ずっどぉーん!


「待ぁーっちょくれええええいっ!」


 そんな七変化するカーチモネの声も虚しく、ガラガラと崩れ去った壁をまたいで槌筒巨人は宝物庫へ入っていく。

 他方の広間の窓側ではギザ箱巨人がこちらの出方を伺うように、ただ不気味に右手を回して鳴らしているため安易に動くこともままならなかった。


「ちょ、ちょ、通してくれっ・・と。あ、おまえさんたちやっぱまだいたのか。」


 巨人を警戒する警護衆は武器こそ構えているもののどう対処していいか迷っているようだ。とりあえずの急務としてカーチモネを安全な場所に連れていきたいのだろう。

 しかし手を離せと命令されては何を優先したらいいか判断がつかなかった。


「「ぬあ、ないじゃんかぁーっ! こらーカーチモネーっ!、バファ鉄はどこだーっ!」」


 宝物庫をさらっと見渡してさらっと帰ってきた槌筒巨人にぽかんとする者もあったが、カーチモネは半狂乱だ。


「だ、だ、だから無いのだっ! ココにはもう無いっ! 統府にすべて売ってしまったのだっ!・・・欲しければ・・売ってやった、のに・・・

 こ、・・殺せぇっ! この者たちを殺せいぇえーっすっ!」


 そこで何か意味がありそうななさそうな語尾を添えてもうどうでもいい感じの有無を言わせぬ攻撃命令が下された警護衆は、ざ、と弓矢を構えて一斉に矢じりを二体の巨人に向ける。

 せっかく助けに来てくれたアヒオには災難だがキペたちにはしゃがんで様子を見守るしかなかった。


「射てええいぃえっすっ!」


 しゅんしゅんしゅん、と十人ほどもいる警護衆は合図と同時に矢を放ち距離を保ってカーチモネを避難させる。

 しかし矢が風を切る音が重なり雨のように射たれているにも拘わらず、槌筒巨人はそのまま錘箱巨人のところまで歩み寄った。もはや余裕さえ伺える。


「怯むなぁぁぁっ! 射ち殺せぇぇいっ! 射ち殺せぃいえっすっ!」


 矢が虚しく弾き返される圧倒的な不様を目の当たりにしながら警護衆は突き刺さることを信じてただ、矢を放った。


「「なんだっ! 無いのかよーっ! けっ、仕方ないねえ、帰るよっ! コマっ!」」


 まだその後ろで叫び続けるカーチモネもどうやら保護されたらしい。そんな安堵の声も掻き消すような矢の雨はまだぶつくさ言う二体の巨人の背に降り注がれている。

 他方の巨人たちはうるさいハエでも睨むようにギロリとやっただけでバルコニーへ踵を返して立ち去ろうとしていた。

 しかし。


 ぎゅくんっ!


「「はい?」」


 飛び降りようとしたその時、一本の矢が槌筒巨人の膝の裏の関節にきれいに命中した。


「「あちょ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁーっ!」」


 それに続いてグスっと妙な音が足で鳴ると巨人はバランスを崩してどかーんと二階から地面に叩きつけられてしまう。


「やっ・・・たのか? し、仕留めたぞぉぉぉぉっ!」


 そのダイナミックな光景に警護衆も景気づいたのだろう、おおおーと鬨の声をこだまさせるとそのまま追い込むようにキペたちを押し出しながらバルコニーの縁まで前進する。


「あ、うあ、えと、うああ。」

「ぬおおお、押すなっ! あ、あれ? ちょ、キペっ!」


 警護衆も昂揚して見境がつかなくなっていたのかもしれない。ずんずん後ろから押してくる同僚を制止し切れずついにキペをバルコニーから突き落としてしまう


「ふあぁぁぁー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っと。」


 も、なんとか尻もちで着地に成功したキペ。

 ただそれを最前列で見下ろすことができた者の目には、その近くになんとも不思議なものが映っていた。


「・・・おい、ヒトだっ! 巨人の中にヒトがいたぞぉーっ!」


 狂ったように仲間へ呼びかける警護衆の手には改めて弓が握られ、矢は巨人から振り落とされた二人のヒトを狙っていた。


「あ、ちょ、ちょっと待ってくださーいっ!」


 一階の扉も閉ざされて灯りの漏れない前庭は二階からではよく見えないばかりか落ちたキペの声も届かないため、放り出された二人の呻き声が女性のそれとは解らないようだ。


「おいちょ、キぺが何か言ってるぞっ?・・・って押すなっつのっ!」


 そうとは気付かない二階の警護衆は巨人から投げ出された者たちを狙って矢を放つ。


「畳み掛けよっ! 無頼な無法者を許すなぁぁぁぁっ!」


 勝った。警護衆たちがそう確信したのも束の間、まだ動ける錘箱巨人が倒れたままの二人を庇って両手を広げる。


「あれ?・・・あ、いいや。警護衆のみなさぁーんっ、ちょっと待ってくださぁぁいっ!」


 その巨人の陰から声を張り上げてはみるものの上階の喧騒で掻き消されるだけだった。

 それでもまだ意識を取り戻さない二人のうちの一人に闇に慣れたキペの目が留まると、体は次第に熱を帯びる。


「へ?・・・子、ども? ちょっと、ねぇ、きみ・・・大丈夫?」


 ヘンな帽子をかぶっているが間違いなく、それは林で見かけた小さな女の子だった。


「うぅ・・・んぐぅ。」


 これだけのことをやってのけた罪はある。

 だがまだ死ぬには早すぎる。

 殺されるなんて間違ってる。

 そう思うより早く、キペの体は動いていた。


「やめてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」


 ついぞ出したことのない大声とはいえ、疾る心が喉を震わせる。


「なんだあぁぁっ? あのヌイは仲間だったのかぁーっ!」


 疑念は怒号に変わり、巨人の陰に隠れ切れないキペすらも警護衆は容赦なく狙い打つ。


「は? お、キペーっ? おまえさん何やってんだぁーっ!」


 もはや猶予のない状況にアヒオもバルコニーから半身を出して声を張る。

 そんなやりとりすらもう警護衆の耳には入っていなかった。

 殺すべき敵が増えた。

 それだけだった。


「アヒオ、何が見えます?」


 まだまだ降り注ぐ滝のような矢の雨に両手を広げて立つ巨人がかすれて見えるばかりだったが、夜目に優れたアヒオには細くしなやかな足と長い髪が見えた。

 キペの反応から鑑みればそれが女だと判らないでもない。


「女だ・・・ちょ、ちょっと待ておたくらっ!」


 前のめりになったままアヒオが警護衆に呼びかける。


「よく見てみろっ! ありゃあ女じゃないかっ!」

「そうさっ! そしてかわいいっ!」


 そんな一歩前へ出たアヒオより一歩前へ出て感想を謳うエレゼ。

 人ごみの中で傷ついたのであろう商売道具の錘絃の絃など切れっぱなしだ。


「おおいつぞやの、また会ったな。元気そうじゃないか。」

「ははは。彼女のナマ脚を見てたら急に元気になったんだよぉ。あ、そういえばあの少女はどうしたんだい?」

「あぁそれがな、来る途中で・・・」


 世間話を繰り広げる二人を尻目に警護衆は目もくれず次々と矢を番える。

 そしてそれをただ見上げて矢の雨を待つばかりの庭では放り出されたもう一人の女が目を覚ました。


「ぬおぅ・・・起きた。あ、そこのあんたっ! パシェに何して――――」


 だがまだ頭は混乱気味だったのだろう、そのミズネ族の女は少女をかくまって抱いているキペに状況も構わず飛びかかってくる。


「うわっ、今は動かない方が――――」

「パシェっ・・・無事だったかい。・・・・・・はぁ、よかった。」


 まだぐったりしたままの少女が息をしていて安心したのか、ミズネの女は盾になっている錘箱巨人にこちらを向くよう指示した。


「射て射て射て射て射て射てぇええーっ!」


 そんな不穏な動きに二階からは矢だけではなく砕けた石まで降ってくる。

 弱った侵入者を退治しようと警護衆が一階に降りてくるのはもはや時間の問題だ。


「いくぜ、コマ。」


 上階のそれにも構わず錘箱巨人の腹にある手のマークに女が手を押し付けると、その認証に呼応した巨人の体から、くおーんと咆哮のような音が鳴り響いた。


「なんだっ? ヤツらは何をしているっ?」


 その大きな音に警護衆が目を丸くしたほんの刹那に錘箱巨人はがきんがきん、と脚を畳んで車輪と取り替える。


「え、なにそれっ? かっこいいっ!」


 そして目をぱちくりさせて驚くキペを見下ろすと、女は少女を引っ叩いて起こした。

 だが


「うおう、オカシラぁ。・・・ぬあっ、なんだアンタぁっ!」


 とキペに驚き飛び退く少女。


「待ってっ! 危ないよっ!」


 パシェと呼ばれた少女はキペの手を避けようとそのまま地面に突き刺さった矢に足を取られ―――――


「うあぁぁっ!」


 そんなパシェを庇おうと伸ばしたキペの左肩に、降り来る矢が容赦なく尽き刺さる。


「むぅわああああっくっ! うぐっ!・・・うんぐっ! かぁはっ!」


 そして激痛によがるキペの体が巨人の陰から丸出しになると、


「射て射て射て射て射て射てぇええーっ!」


 好機とばかりにその背や腰を狂気に駆られた幾つもの矢が掠めた。


「ちょとあんたっ?・・・なんだってんだいこの黒ヌイっ、くそっ!」


 そこで奥歯を鳴らす女は巨人の陰へとキペを引っ張り込み、胸元から丸薬を取り出してキペの口に含ませる。


「うぐ。」


 丸薬の苦さではなく無遠慮な手がキペの肩の傷をモロに掴んでいたからだったのだが、ミズネの女は知る由もない。


「痛み忘れだよ。・・・悪いね、ヌイの。どうやらノンビリできそうにないみたいなんだ。」


 ドカドカドカと一階大広間を駆けてくる警護衆の足音は確実に近づいていた。


「ちぃっ、コマっ! ヒマを担げっ! 撤退だっ!」


 車輪を出した巨人はギリギリギリ、と足を不自由に鳴らすもう一体の巨人を持ち上げる。そして陰に隠れたままの女とパシェは錘箱巨人に飛び乗ってしがみついた。


「んじゃ、あたいらは逃げさせてもらうよっ!」


 その声に従い、ぐいん、と巨人は方向を変えて走り出す。


「待って! きみたちは――――」


 そんなキペの問いも搔き消される地鳴りが近づくと、どーんと一階広間の戸が開き眩むほどの灯りがキペの目を射抜く。


「そいつも巨人の仲間だぁっ! 射―――」


 そこに。


「だから待てって言ってんだろぉーがぁぁぁぁぁぁっ!」


 地響きのような大声を張り上げてバルコニーからアヒオが降ってくる。

 二階では風読みが残った警護衆に何かを諭しているようだ。


 降り続いた矢の雨と音が、

 そこでやっと収まった。


「話は風読みサンに聞いてくれ。・・・おれは、こいつを運ぶ。」


 庭のずっと奥へ逃げ出していた来客たちも、侵入者を取り逃がしてしまった警護衆も、何も言えず何もできないままキペを抱き上げるアヒオの背中を見送るしかなかった。

 頭と心の整理をつけるのに、その夜の静寂はあつらえたようだった。


 

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