ものがたり
山井
プロローグ
全ての決着の刻。
希望が絶望に色を染めてなお、痛みを堪えて女は希望に呼び掛ける。
「なあ。・・・なあ、こんなの終わらせて、きてよ・・・チペ―――」
倒れるようにその温度にもたれて、ニポは微笑む。
「・・・ぐるる・・るるる・・・」
その声に、その笑顔に、獣は鎮まる。
「またササなんかさ、呑んでさ・・・なあ、チペ。」
燃え上がる本能をすら
「ぐる・・・・・・・る。」
静かにさせる。
「チペ。・・・チペ。」
精神構造の簡略図。
その多くを複数の本能が占めている。
だから強大で、
だから御しがたい。
しかし死への恐怖は本能を上回る。
そんな「死」も、「喪失」に容易く踏み越えられてしまう。
失いたくないものを失う時
本能を超える死を超える、「絶望」が支配する。
しかしもし
絶望の先に「大切なヒトの笑顔」があったら
本能や死や絶望など、鼻歌交じりに飛び越えられる。
あたたかな心が暗闇に灯ればもう
いったい何者に
それが覆せるだろう。
「・・・・・・うん。・・・」
赤い赤い赤い涙が、ぽかぽかな涙がだから、
その澄んだ瞳からこぼれ落ちる。
「・・・帰ろうね、ニポ。」
そして青年はニポを寝かせ
「・・・ふ、ふふふ。諦めなさいキぺ。」
進む。
「・・・そろそろ諦めろキぺぇっ!」
するとそこへバファ鉄の大神像から粘菌が噴き出す。
やがて原体はジラウの姿をまたかたどる。
今度はずっと、もっと大きく。
「・・・もう、諦めてるよ。」
そうこぼす青年はしかし
「なにを・・・何を考えているんだキぺっ!
おとなしく歴史の守護者となれっ!
これが見えていないのかっ!
これが繰り返されないよう守護者がいるんだっ!
この光景が世界に広がらぬよう守り伝えねばならないんだよっ! なぜわからないっ!
ここできみらを解放してみろっ!
これが世界になるんだぞっ! 犠牲はこんなものでは済まないんだっ!」
笑う。
その正義はわかったから。
自分が未熟だということもわかったから。
それがこんな悲劇を招いたこともわかったから。
だから。
「みんな。・・・・耳を塞いで頭を丸めてっ!」
キペは
「くそっ、もう呑み込むだけだっ!
所詮は
駆ける。
もう痛みも疲労も感じなかった。
肉体がそのシグナルをやめたのだ。
肉体も、諦めたのだ。
生きようとすることを。
「なんだっていいよ・・・でもさっ!
僕はっ、僕はただ守りたいだけだっ!
血塗られたこの身でできるのはいま生き残ったヒトたちを守ることだけだっ!」
もはやヒトの形さえ留めていない原体。
それはキペを取り逃さぬよう体を広げて網になる。
「術などないっ!
ここは意志で翻る仮構帯ではなく現実なんだぞキぺっ!
どこまで愚かなんだっ? くははははは!」
原体とはすべての被造子の元となった存在。
そこから発せられるマザーノイズは被造子に干渉する。
キペたちヒトビトを操る術を得たこの原体とは、
いわば神。
「そうやって驕っているから見落とすんだっ!
自分を神さまとか思っているから聞き逃すんだっ!
刃向かわれたことがないから何も学べなかったのがあなたなんだっ!」
異金属との衝突で発するバファ鉄の音がマザーノイズ。
だからヒトはその音に触れるだけで機能障害まで引き起こす。
被造子にとってそれは、神の音。
「違うなキぺっ! 刃向かえなかったんだよっ!
なんぴとたりとも、アズゴですらこの原体には敵うこともないのだからなっ!
限界を知れキペっ!」
ただもしそれが神の音であるなら、
何と名付ければいいだろう。
「なら超えるっ!
なら壊すっ!
あなたは習ったことがないから知らないんだっ!
なんで鉄打ちだけがバファ鉄を扱ってるかのその意味がっ!」
ぶにゅぶにゅぶにゅと伸ばされる触手をかいくぐり、
ナコハの手槌を引き抜き、
「呆けたかキぺっ? 今さら鉄打ちがなん・・・
な?
ま、待てキ――――」
その奥の大神像へ
「もう遅いよっ!
神殺しの音で冥ってぇぇぇぇっ!」
高純度バファ鉄製の大神像へ
「ダメだキぺぇっ!
そんなことをしたらきみも――――」
バファ鉄製の手槌を打ち込む。
「うおりゃあああああああああああああああああっ!」
打ち鳴らす。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
そして打ち放たれた手槌は
「・・・・・・・・だから、
諦めたって、
言ったでしょ。」
からるりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりぃーん!
同種共振動で粉になりながら
「うおおおおおおおあああおまえぇぇっ・・・き、ぺぇえぇえええぇぇぇ――――」
誰にも抗えない衝撃を与える。
「片耳守っても・・・ダメだったかぁ・・・・みんなは、大丈夫かな。」
そして―――
そしてキペは短い夢に浸る。
たかだか月のひと巡りほどのささやかな冒険譚を。
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