kiss

怪々夢

kiss

 旦那様はわたすを拾ってくれました。家族からも疎まれ、捨てられる寸前だったわたすをお屋敷に住まわせてくれるばかりか、嫁に貰ってくれると言うのです。立派な祝言をあげて貰って、そして初夜を迎えますた。

「どうした絹代、そんなベットの端っこに腰掛けてないで、もっとこちらに来なさい。」

恥ずかしい話ですが、わたすは生まれて初めてベットと言う物に触れますた。いつもは物置にワラを敷いて寝ていたのですから。

「だども、こんな高価な物をわたすが汚してしまったら申し訳ないのっす。」

「私たちは今日から夫婦になったのだぞ、そのベッドは絹代のものでもあるのだ。さぁ遠慮するのはやめなさい。」

わたすはおずおずと旦那様の下に近づいて行きますた。

「わたす、旦那様の嫁っ子になったからには一生懸命働きますので、なんでもお申し付け下せぇ。」

「一生懸命働く必要などない。この家にいてくれるだけでいいのだ。」

「だども、夫婦生活って、何をしていいか分かりません、何か1つだけでも構いませんのでご命令頂けませんか?」

「では、私にキスをしなさい。」

「キスって言うと、接吻のことですか?」

「そうだ、構わないな?」

旦那様はわたすが返事をする間も与えず、唇に吸い付いてきました。わたすは思わず「んんっ」と声が漏れてしまいますた。1分くらい唇を重ねていたでしょうか?最初は腰を抜かすかと思いますたが、段々と心地よくなってきて、いつまでもこうしていたいなどと贅沢な願いをしたのですた。

 願いは叶わず、旦那様は身を引かれたのですが、わたすは自分でも分かるくらい耳を真っ赤にしていますた。

「旦那様、ありがとうございますた。」

「うむ。」

旦那様は満足されたでしょうか?すぐに布団被ってお休みになられたので、不安な気持ちになりますた。

 

 旦那様は仙台にある大学病院にお勤めされています。今日も外套にシルクハットを被って病院に向かわれますた。旦那様の腕は一流で患者様が順番待ちをされているんだそうです。

 世の中は高度成長期で街はどんどん発展しているそうですが、わたす達が育った村はそんな事とは無縁で、田んぼと山が広がるばかり。勉学に打ち込むには不向きな環境で旦那様は独学で勉強し、学費を自分で稼ぎながら大学に通ったそうです。わたすはそんな旦那様を心から尊敬しております。わたすは本当に幸せ者です。


 この夜も旦那様はわたすに接吻を求められますた。その翌日も、その翌日も。

「旦那様、よろしいでしょうか?」

「どうした絹?」

「旦那様がわたすに接吻以上の事を求めないのはわたすが醜女だからでしょうか?」

旦那様入る激しく動揺したようですた。震える声で「そんな事はない。絹代は綺麗だよ。」と仰りますた。

「だども、わたすは旦那様に抱かれたいのです。それは贅沢な悩みでしょうか?」

わたすの手は温もりを求めて虚空を彷徨っていました。旦那様はその手を両の手で包み込んでくれました。

「すまない絹代、お前がそんな風に思ってしまったのは私の責任だ。私の罪悪感と、お前に捨てられるんじゃないかと思う恐怖心の所為なのだ。」

「わたすが旦那様を捨てる?そんなことあるわけないですだ。」

「絹代、1つ聞くが、私の職業を知っているか?」

「はい、旦那様の職場は目のお医者さんです。」

「そうだ、私は眼科医だ。ではなぜ絹代の目の手術をしようとしないのか、不思議に思わないかい?」

「そんなこと考えたこともなかったのす。私の目がよっぽど悪いんだなぁ。」

「お前の目の手術は難しいものではない。」

旦那様は搾り出すようにして仰いますた。旦那様の不安が震える手を通して伝わってきます。

「絹代お前は美しい。醜男なのは私だ。絹代の目が見えたなら私とお前は到底釣り合うことができず、こうして夫婦となる事はなかっただろう。だから絹代の目が治って私の顔を見られるのが怖いのだ。」

わたすは何と愚かなのでしょう。一緒に暮らせるだけで幸せなのに、もっと愛されたいなどとわがままを言って旦那様を困らせてしまいますた。今のままで良いのに。

「わたすは目が見えません。だから代わりに心の顔が見えるようになったのす。」

「心の顔?」

「はい、心にも顔があります。旦那様の心の顔はとても優しげでハンサムです。だども、旦那様が気にすると言うのならわたすは目が目えないままでいいのす。」

旦那様が「はっ」と息を吸うのが分かりますた。そしていつもの意思の強い声を取り戻して「明日手術をしよう。そのつもりでいるように。」と仰りますた。

 わたすにはその時、悲しげだった旦那様の心の顔が困難に臨む時の凛々しい顔に変わるのが見えました。


 翌日、旦那様のお勤めの大学病院に向かいました。看護婦さん達はわたすみたいな田舎者にも優しく接してくれるです。手術をあっという間で、麻酔をかけられたと思ったら、もう終わっていますた。包帯を取れるようになるには1週間もかかるようです。

 わたすは産まれた時から目が見えなかったので、例え包帯を巻いていても1人でご飯を食べることができます。だども旦那様は私の食事を手伝ってくれますた。


「今日で1週間経ったな、包帯を見せてみなさい。」

「旦那様、白雪姫って知っていますか?」

「ああ。」

「わたすはずっと目が見えずに生きてきますた。だからずっと眠っていたみたいなもんです。包帯を取る前に目覚めのキスをして頂けませんか?」

旦那様は何も言わずに包帯に手を掛けますた。

包帯が少しずつ外されていく度に暗かったわたすの世界に光が差し込みます。そしてついに全てが取り除かれ、わたすの瞼が顕になると、旦那様の唇がそっと触れました。それは長い口付け出したが、わたすに対する思いやりの心、2人の未来に対する不安、様々な旦那様の思いが染み込んで来るようですた。

 

「さぁ、ゆっくりと目を開けてごらん。」

わたすは旦那様に促され瞼を開けますた。

夢にまで見た旦那様のお顔がそこにある。わたすは思わず叫んでしまいますた。

「ああ、やっぱり思った通り、旦那様はハンサムです。」



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