エンジェル(左目の記憶)
柊 あると
ACT・1
パルステラ
エンジン音の鼓動が弱くなっていき、すべての船が休息の吐息をついて沈黙した。
それと反比例するかのように、乗組員たちのざわめきがポート内を支配し始めていた。
「キャプテン。あなたは地球に直行ですか?」
船医がパルステラⅤ船団の総指揮を執るカコウ・ナカシマに声をかけた。
「よう、船医。ご苦労さん。今回のキャラバンは、たいした病人も出ずに済んでよかったな」
「お陰様で。私が暇なほうがキャプテンも良いでしょう?」
二人は連絡通路を自然と地球行きの案内に沿って歩いていた。
「もちろんだよ。今回の報告書は楽に出来そうだ」
「その分、休暇も多くなりますね」
船医も安堵の頬笑みを浮かべていた。
「地球までの4日間の航行中に仕上がるだろうな」
カコウが満面の笑みを浮かべた。
「直行ですか?」
「ああ、別に寄りたいところはないからな」
「ほう。他の乗組員は、寄り道するものが多いのに」
「キャラバンが終われば、古巣に帰るのが俺のやり方なんだよ。ゆっくりと地球の重力の中で眠りたいんだ」
「なるほど。やはり、地球の重力は安心感がありますからな」
船医が学者らしい表情で頷いた。
「君は? やはり直行のようだな」
「私は妻と子供たちがおりますので」
「なるほど。待っている人たちがいるって訳だ」
「あなたも直にそうなりますよ」
「どうかな? 俺は身軽なほうがいいからなぁ。キャラバンに慣れすぎちまった。宇宙を渡り歩いているほうが好きなんだよ。待っている奴がいると思うと、地球から離れにくくなる」
「優しすぎるんですよ」
船医がくすくすと笑った。
「そうかい?」
カコウは照れたように笑った。
「キャプテン。船医。地球に直行なんですか?」
若い乗組員たちが通り過ぎながら声をかけて行った。
「おう! おまえら、遊びすぎるなよ」
カコウが大声を出した。
「大目に見てくださいよ。久しぶりの太陽系なんですから」
彼らは笑いながら、木星方面への連絡通路に消えて行った。
「ガニメデですかね?」
船医がにやりと笑った。
「その辺だろうな。若い奴はあそこでさんざん金を使って遊びほうける」
カコウが呆れた声を出した。
「あなたが行っても、誰も不思議がりませんよ」
「何度も言わせるなよ。俺は古巣に帰る。それで、今回のキャラバンが終わるんだ」
「私もですよ、キャプテン」
「君の場合は、待っている人たちの元へ帰るんだよ」
「そうですな」
「俺は違う。産まれた大地に帰り、ゆっくりと眠るんだ」
カコウはにやりと笑って手を挙げた。
「じゃあ、ここで。レポートを書きながらの地球帰還になるな」
「そうですね。私も簡単に済みそうですよ」
「お互い、良い旅だったな。また3週間後に会おう」
カコウは自分のコンパートメントに入ると、ベッドに大の字に横たわった。
キャラバンが蘇る。
巨大な船団が無言でチタニアを出発し、惑星を横切り恒星に影を落とす。
惑星に立ち寄り再び出発する。
そしてまた、恒星に船体を焼かれ、輝きながら移動を繰り返す。
何度も何度も、何日も何カ月も、無言で宇宙を渡り続けた。
そしてその旅も今日で終わり、地球に帰る。
ベッドの上で大きく息をついた。この瞬間が彼は大好きだった。
地球までの4日間をレポート作成に費やしたカコウは、地球を見下ろしていた。
地球に戻るのは5カ月ぶりだった。
「帰ってきた」そう実感するのみだった。
キャラバンの日々は大いに気に入っている。
そして地球に戻ると、安息の予感に満足を覚えた。
それが好きだと言えるだろう。
星から星へと渡り歩き、宇宙の埃を身体中に溜めこんでいた。
その埃を大きな音を立てて払える場所だ。
彼の起点と終点はこの地にある。
カコウは自分自身に向けてにやりと笑った。
(俺はただ旅をする。旧世紀時代、サハラ砂漠の住人であった『青い種族・トゥアレグ人』たちのように。砂の上を、まるで水上を渡るように歩き、砂嵐の中ですら、音もなく移動する彼らのように……)
カコウはゆっくりとゲートに向かった。
地球は―――故郷は―――彼を出迎えていた。
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