愛を求め捧げる化け物達。
さんまぐ
第1話 森林樹。
【無償の愛なんてあるのか、今もそれを考える。彼の望む答えを答えられなかったあの日の事を今も悔やんでしまう】
刑事になって3年。
大小様々な事件を追い、優秀な結果は残せないが、平凡な結果は残せてきたと思う。
そんな刑事人生4年目の梅雨前、とんでもない事件にでくわした。
全身がコレでもかと破壊された死体が河川敷で発見された。
元々は大雨で川が増水し、その後からイノシシを目撃するようになったと通報されるようになり、所轄の警察官が出動した際に遺棄された死体を見つけていた。
恐らくイノシシやカラスなんかが食糧にしたのだろう。
多少の歯形なんかの痕もあり、切断面がわからなくなっていたが、手足が無く、顔も損壊が激しくて、身元の特定には至らない。
来る日も来る日も行方不明者を探し、数少ない特徴と照らし合わせるが、身元の特定には至らない。
マスコミはセンセーショナルなニュースとして、連日焼き直したような特集を組み、捜査の進展がない警察を、応援していると言いながら馬鹿にしていた。
そう見えただけかも知れないが、芸人のコメンテーターが「しょうもない犯人を見つけるくらいなら、こういう時に本気を出してもらいたいですよ」なんてドヤ顔で言う姿には悪意を感じてしまった。
・・・
捜査が行き詰まり、同僚達と困った時、先輩の花田光一は「ヒント貰うか」と呟くと、私を連れて廃墟のような一軒家に向かった。
「都内にこんな敷地を持つなんて」
そう言いたくなるほどの大きさの土地は、ちょっとした公園みたいで、門戸に書かれた表札は[森林]で、目の前に広がる手入れされていない鬱蒼とした木々は、どちらかと言うと密林で、森林ではなく密林にすればいいのにと思ってしまう。
花田先輩は心でも読んだのか、「シンリンじゃない。モリバヤシだ」と言いながら中に入っていき、インターフォンも鳴らさずに扉を開けて「俺だ。入るぞ」と言う。
中に入っていき、大きな屋敷の中を自宅のように進むと一枚の扉をあける。
そこは生活感のない黒基調の部屋で、黒いテーブルの上にはノートパソコンやデスクトップパソコンが並んでいて、その前に置かれたマッサージチェアの上で男が寝転がっていた。
黒くボサボサな髪、黒いシャツに黒いズボン。
カラスのような男。
花田先輩が「予想通りか?」と声をかける、「30分遅れだ。信号、トイレ、躊躇。後はわからない」と男は返す。
森林家にいる男なのだから、この男が森林さんなのだろう。
「まあいい、紹介させてくれ」
「前に聞いた。
このやり取りに私は慌てて「はじめまして!日向陽子です。よろしくお願いします。森林さん!」と挨拶をする。
「知ってるよ。花田が組んだ時に『ランチにタンギョウを食べて「臭いです」、「セクハラです」なんて言われたらどうしよう』と漏らしていたからね。俺の名前は
穏やかというより、気だるそうな覇気のない声。
自己紹介が済むと、花田先輩が「資料は?」と聞きながら「庭木の剪定と不法投棄の処分でいいんだろ?」と確認をする。
「支払いはいつも通りでやってくれ」
「わかってる」
何のことかわからないが、2人の会話はどんどん進んでしまう。
森林さんがスマホを取り出して「今転送した」と言うと、スマートフォンに何かを受け取った花田先輩は「当たってたら感謝する。手配はしておく」と返す。
花田先輩はそのまま部屋から出て行こうとして、私は会話に参加する事もなく、森林さんに会釈だけをして花田先輩の後を追った。
森林さんは会釈に反応せずにマッサージチェアの上で虚空を眺めていた。
・・・
外に出ると花田先輩はスマートフォンを取り出してどこかに連絡する。
「ああ、森林の代理人です。また今回も庭木の剪定と不法投棄の処分をお願いします。支払いはいつも通り私まで請求書を回してください」
突然そんな会話が始まり、花田先輩が「はい。はい。木曜日ですね?勝手に入って勝手にやっておいてください。じゃあよろしく」と言って電話を切ると、「よし、仕事完了」と言ってスマートフォンを眺めた。
そのまま「成程な。あり得るな」と呟くと署に帰って指示を出す。
その結果、被害者の名前は緒方翔伍だと判明した。
昨日までの苦労は何だったのか?
気になった私は花田先輩に聞いてみると、花田先輩は「ああ、困った時だけ森林の奴にヒントをもらってんだ」と言ってスマホを見せてくれた。
それはメールで、[お疲れ様光一!今ニュースとか見てるけど、事件とか大変だよな。早くゆっくりできる日を待ってるよ!]という書き出しで、読んでいる私の横で花田先輩が「この文章を書いたのはあの森林だからな」と言う。
昨日会った森林さんからは到底出てこなさそうな文面に「え!?あの森林さんですか?」と聞いてしまうと、花田先輩は「おう。一応、友達として砕けた文章で送ってくる」と教えてくれた。
続きを読むと、[ねぇ、テレビで見た事件ってさ、あれ絶対にガテン系の人だと思うんだよね。何日も仕事を休んでも行方不明扱いされないイメージあるしさ。で、そういう人って虫歯とか多そうだから上流から発見現場までの歯科医に予約を無視したガテン系で探したら案外身元が判明したりして]と書かれている。
なんて思い込みが強く痛い文面だ。
だが、本当に緒方翔伍は解体業者で歯科医を受診していた。
呆れと困惑に囚われる私に、花田先輩は「アイツなりの裏付けなんかはある。でもそれをここに書いていいわけじゃないから、こんなふざけた内容になっているんだ」と説明をしてくれた。
気になる私に「聞きにいくなら、今度の金曜日にしろよな」と言う花田先輩。
どうやら質問は許してくれるらしい。
・・・
金曜日、行く前に花田先輩から、チャイムを鳴らさない事、お風呂とトイレ以外であの部屋から出ることはないから、部屋に誰もいなくても、部屋で待てばいい事を説明されて行くと、森林樹はまた気怠げにマッサージチェアの上で寝転んでいた。
「やあ、来ると思ったよ。誤差10分は気持ちいいね」
虚空を眺めたままそう言って、私を出迎えた森林樹は「外、マシになってたかな?」と聞いてくる。庭木の剪定と不法投棄の処分の件だろう。
「はい。随分とスッキリされていました」
「良かった」
「見ていないんですか?」
「うん。マシになっていればいいからね」
相変わらず存在感がないというか、不思議な会話になっている気がする中、「興味を持ったんだね」と聞いてきた森林樹。
「プロファイリングに近いというか、沢山考える。可能性を逃さない。それを組み立てた中で1番あり得そうな事を花田に伝えただけだよ」
森林樹は突然そう言った。
「歯が無くて、目も耳も鼻もない。そうなると歯の治療履歴を追う事は後回しになる。そして突然の休みが常態化しても捜索願も出ず、クビになりにくい業種をおおまかに絞ったんだよ。報道ではやや筋肉質と言われていたからね」
「それだけで…」
「そうだよ」
私はその時に森林樹が何か知っている気がしてしまい、「他にも…、他にも何か知ってますか?」と聞くと、森林樹は「ふふふ」と笑った。
「そうだね。一度やってしまったから止まらないんじゃないかな?足がつかないギリギリ、だが止まれないから行動をする」
そう言って虚空を眺める目を細める。
「それって…。次の犯行が!?だとしたら犯人は!?森林さんは犯人がわかるんですか?」
「まだ無理だよ。情報が足りないからね」
「その情報ってどうすれば足りるんですか!?」
「事件が起きることさ。次の被害者の名前や職業なんかがわかれば、もしかすればね」
この言い方で、防げないと気づく私は「そんな…」と声に出てしまい、初めて私を見た森林樹は「偉いね。キチンとしてるんだ」と言った。
「花田は本当に困った時しか来ないから、気になるなら、君ならいいよ。通っていれば気付けた事を伝えるよ」
その言葉に私は感謝をして「また来ます」と言い、森林家をあとにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます